2‐2‐1 Elimination
白いドレスの少女は、お辞儀をしながら言葉を述べる。
「先日は、兄を倒してくださりありがとうございました」
「君から憎まれこそすれ、感謝されることではないよ。しかし、彼は君が死んだから狂ったのではないのかい?」
違和感とでもいうべきか、何か異質なものを明は彼女から感じていた。あるいは、それは教会という特殊な空間が持つ霊的な何か、なのかも知れないと明は感じていた。
「白の教団員として、殺人を犯し過ぎていたためか、原因は定かではありませんが兄は明確に狂っていました。半端に理性が残っていたために、自責の念から死にたいとも思っていたようです。それに、あなたになら兄を殺す理由もあった」
自身の肉親の話をしているのにも関わらず、その声には感情が全く感じられず、機械を思わせる冷たさだった。
「あいつが、黒木先生が、納得していたとでも言うつもりか」
「死にたかったというよりは、解放されたかったのでしょう。負の連鎖から」
戦いに勝利し全てを奪い、あるいは、戦いに敗れ全てを奪われ、敵を殺して仲間を殺される。そういった負の連鎖から生き延びた勝者は、いずれ自分自身の死という形で敗者となるまで繰り返される地獄。
ある者は憎悪を、又、ある者は快楽を糧に、この戦いに挑み果てていく。
「それを断ち切るために白の教団に所属していたんじゃないのか? 自称ではあるが、彼らは司法組織であり、その目的は仮想での秩序の構築だろう」
自分と彼らは、電研が公的な組織で白の教団は私的な組織であるということぐらいしか違いは無かった。バックボーンに国家と言う後ろ盾がない分、彼らは純粋に実力のみがその存在証明であり、それゆえにその強さには定評があった。
「今となっては、真意は解かりません。ですが、彼が死にたがっていたのは事実です。疑問に思うのでしたら、水月さんに確認してもらっても構いませんよ」
自分の兄のことであるのに、どこか他人事のように話す彼女。彼が本当に守りたかったのは彼女だったのだろうかと疑問にさえ思える。
「それで、その黒木愛が俺にどういった要件なんだ?」
「ですから、黒木智樹の代わりとしてお礼が言いたかったというのと」
くすり、と彼女は笑ったようにみえたがその表情に相変わらず変化は無い。
「……明様。あなたには、これから何度もお会いすることもあるかと思いまして。あいさつに参りました」
深く礼をして、顔を上げるとそこには表情の読めない顔がのぞく。
ぞくりとするような少し冷たく、そして、怖いくらいに美しい笑顔を浮かべる。
「これから起こるのは、仮想空間上で起こっている戦争の縮図。そして、あなたはそこで力を示さなければならない」
静かにつぶやくと彼女はくるりと反転しその姿がポリゴンとなって霧散する。
「消えた、いや、《Return》したのか?」
「やっぱりここにいたんだね、明」
しばし呆然としていた明に声が掛けられる。
「……水月か」
今度こそ、彼女の姿を認め、落ち着きを取り戻す明。
「ふふ。明、なんか難しい顔しているよ」
「なんだそりゃ。どんな顔だよ」
苦笑しながら答える明。
「今みたいな顔だよ。考え事しているときとかは、明はいつもそんな顔」
思い返すかのように目をつむり、微笑む水月。
「でも今は笑顔になった」
指を口の前に立てて、おどけるように水月は話す。それから、苦笑いだけど、と付け加えるのも忘れなかった。
「そうか。だけど、俺は黒木師を越えられたのかな」
「少なくとも黒木先生は、あのとき本気なっていたはずだよ。それに、多分だけど彼は明に感謝していたと思う」
明の脳裏に今さっき聞いた言葉が思い出される。
(ですが、彼が死にたがっていたのは事実です。疑問に思うのでしたら、水月さんに確認してもらっても構いませんよ)
「はあ。なんか、それをお前から聞いたら少し楽になったよ」
「どういたしまして、かな」
「さて、英気も養ったことだし大会に向けて気合を入れるとするか」
「そういえば、大会の日程はいつなの?」
「あれ、言ってなかったか。大会は明日だ」
「そうなんだ。明日っていうと、明後日の前の日のことで、て、ええぇぇっ!」
このとき明は、久しく見ることのなかった水月が驚く、という場面を目撃することとなったのだった。
微修正。