2‐1‐2 Demonstration
時は、午前九時。
場所は電脳技術研究所の、新城大地の研究室にて。
グレーのスーツ姿の青年こと新城明は、父である新城大地と対面していた。
「と言うわけで、これに参加しろ。我が息子よ」
「仕事中にいきなり拉致して、ムービー見せて次に言う発言がそれか。親父」
「確かに、これでは様式美に欠けるな。では、最後までご鑑賞ありがとうございました、作者の続編にご期待、と」
「そんな十週打ち切りの漫画みたいなコメントはいらないから。ああもう、まともな応対を期待した俺が馬鹿だったよ! もういいから話を続けてくれ」
「ふふ。よくわかっているではないか、馬鹿息子よ」
不敵に微笑み、眼鏡を中指で吊り上げる大地。光の加減で白く輝いて見えるレンズがなにやら悪役染みた雰囲気を醸し出す。
「ったく。俺が馬鹿だってところには、きちんと反応するんだな」
「さて、先日は困難なミッションを成功させたようだな。まずは、ご苦労。見事な手際だな、新城明中尉」
事務用のデスク越しに白衣を着た大地が少々大げさに言葉を並べる。
「毎度ながら回りくどいな。本題は何だ、親父殿」
呆れるような声で明が答える。問題行為が発覚して罰則でもくらうのかとタカをくくっていた彼であったが、どうやら違うようである。
「親父ではない、新城大佐と呼べ。とりあえず、さっき見せたものに電研の任務として参加しろ。AIが月例で主催する、ゲームとしての『GENESIS』だ」
「月例大会に参加するのが仕事なら拒否するつもりも無い。だが、何の冗談だ? その大佐だとか中尉というのは」
「これは、冗談ではない。もともと電研という組織は、『神国』陸軍の下部組織だ。詳細については書面を確認しろ」
そういって、父である新城大地が紙の書面を明に渡す。
「本当に冗談ではないみたいだな。内容や事情は書面に書いてあるのか?」
一瞬で軽く目を通し明が返答する。
「そこには、フリーランスの傭兵が正式に軍属になった旨の契約しか書かれていない。詳しい事情はこれから口頭で説明する。回答は保障しないが、即時質問は認めよう」
「了解、とでも言っておけばいいのか」
両手を挙げて降参だとでも言うように応える明。聞き返すだけ無駄だと、納得したのか諦めたのか、言われればすぐにでも敬礼でも何でもするといった様子だ。
「そういうことだ。まず、階級に関してだが電研では少尉が一番下の階級だ。そして、私がトップダウンの形で全権を握っている。階級が上がるごとに面倒な仕事が増えて給料が上がるという話だ。今はそれだけ理解しろ」
「ここまでは了解した」
姿勢を正し、短く思考した後に明がうなずく。
「では、現在仮想空間で起きている状況を説明しよう。米帝国が開発したアルゴリズムによって旧来の通信網を完全に掌握している現在、各国は秘匿性の高い通信網を独自に手に入れたがっている。そして、仮想がその役割を果たす訳だ」
「それで、ここまで不便な通信網を国家レベルで欲しがるものなのか?」
仮にも上官である人間の話を遮るのは褒められた行為ではないが、即時の質問を認められているのなら、その場で問題を解消しろと言うことなのだろう。そう考えて明は質問をしながら会話を進める。
「不便に感じるのは、お前が奥まで辿り着けていないからだ。よりセキュリティレベルの高い階層のフロアに進むにつれて通信や情報のやり取りは逆に自由度が高くなっていく。そして、『フロアマスター』の『ツールコード』を手に入れることにより、それを独占して利用することが可能になる」
仮想空間上では、個人情報や電子マネーなどを含む『パーソナルデータ』、通行許可証にあたるパスコードや情報系の各種プログラムを含む『ツールコード』、主にAA同士の戦闘などで役に立つ『アビリティ』の三種類に大別されている。
派手で目立ちやすいAAの戦闘に目を奪われがちだが、仮想空間を使用する本来の目的は通信網の確保である。そのことを考えれば、ツールコードの確保が優先されるのは当然の帰結と言えた。
「つまり、仮想の中で国取りゲームが起きているって理解で間違いないのか?」
「大意は外れていない。帝国の支配からの脱却は、所属する多くの国が望むところであり我々電研は本国である神国の先兵と言うわけだ。そして、この情報は正式に軍属になったものにしか与えられていない。階級を取得していないものには口外しないように」
「状況は理解したが、具体的には何をすればいいんだ?」
うつむき、短く思案した後で明が疑問を口にする。
「理解が早くて助かる。まあ、『白の教団』の元幹部である黒木を撃破したお前に関しては大尉の階級になってもおかしくないのだが現状は中尉だ。やることと言えば、少尉の者に対する連絡係と上からの作戦命令に従って行動するだけだ」
「今聞きたくない事実を聞かされた気がするが、要するに今までの仕事に加えて連絡係の仕事が増えた訳だな。ここまでは了解した。それで、『黒の旅団』は過去の最大ギルドだろ。解散して消えたんじゃないのか?」
わざとらしく呆れた後に、さも大げさに大地が言う。役者染みた動作がくせになっているためなのか、あるいは、単に息子を馬鹿にしたいだけなのかは不明だった。
「明中尉、少し考えればわかることだろう。彼らは、いなくなったのではなく、単に奥の階層へと進んだのだよ。これは、彼らの敵対勢力であった『黒の旅団』に関しても同様のことが言える。君はその片方に対して喧嘩を売ってしまった訳だ。まあ、注意しろ」
「いきなり、気が重くなった。あんな強さのやつがごろごろいるギルドから狙われるとかお先真っ暗だな」
「全員が全員とも同様の強さという訳ではないから安心しろ。それと『白の教団』、あるいは、『黒の旅団』、それ以外の国家や組織に属する部隊からの勧誘があるかもしれないが全て断るように。そして、これは最初の命令だ」
大地が静かに強く言い切るその声は、人の上に立つ人間のそれであった。
「了解しました、大佐」
そんな雰囲気に気圧されたのか、思わず敬礼して返答してしまう明に大地は苦笑する。
「そうそう、言い忘れていたが口調に関してはそこまでこだわる必要は無い。階級も作戦行動以外では形式的な側面が強いからな」
形式上、電研は陸軍の下部組織であるためにこちらに幅を利かせようとする輩も存在する。そういった連中から口だしされないようにするための措置としてか階級が最初から将校扱いとなっていた。
とはいえ、知識の無い人間が仮想で指揮を執ることになっても被害が増えるだけなのでこの方がお互いのためになるといえる。
「てーと、親父殿でいいのか?」
「まあ、身内だけのときはそれでいいが外部のものがいるときはきちんと使い分けろ。それから『フロアマスター』を入手した以上、当面はそのエリアの死守と自身の生存が目下のお前の行動だ。理由はわかるな?」
急にフランクになった息子を見て、苦笑しつつ大地が答える。
「俺自身が、戦争の一部として狙われる側に組み込まれてしまったということだろ」
「そういうことだ。そして、最後にもう一つ」
「これ以上憂鬱な情報を増やしてくれるな、親父殿」
「パンドラの箱よろしく、最後に残っているのは希望であると相場が決まっているだろうが。そろそろいいだろう、入りたまえ、天宮水月少尉、神代鏡少尉」
「はい」
と、少し高めの心地よいソプラノボイスが聞こえる。
「は」
と、凛とした声が響く二人の女性が大地の後ろのある扉から入室する。
「彼女たちは、今日からお前の部下になる。両手に花だ、良かったではないか」
「待て、待て、待て。とりあえず、前から違う部署にいても同じ電研に所属していた鏡はともかくとして、何で水月までここにいるんだ?」
「この三人の中では彼女が最初に入隊条件を満たしたわけだ、何も問題は無いだろう。もとより提携校である宗光学院にいたのだから電研に席はある。それにお前としても知り合いの方が相手ならば管理が楽でいいだろう」
手続き的な問題さえクリアしているのであれば、彼女は貴重な戦力であった。現実の肉体が病み上がりといっても、イメージを理想的な形で再現する仮想空間での行動に支障はないだろうし、水月自身がそれを望んでいるのであれば止める理由はない。
何より、彼女は言い出したら聞かないのは友人である明と鏡が一番よく知っていた。
「はあ、まあ自分よりも年上の部下なんかよりはましなのか。それについては、了解した。しかし、部下を驚かすために、彼女達をわざわざ外で待機させなくてもよかったのではないでしょうか大佐殿」
明としては、せめてもの反撃のつもりだったがそんなことを大地は意にも介さない。
「お前の慌てふためく顔が見たくてわざわざ待っていてもらった訳だ。久しぶりに面白い顔を楽しませてもらったよ、くくく。それから彼女たちにはもう事情は説明してあるから追っての説明は不要だ」
「いきなり、信用が無いな。上官なのに下士官よりも説明が後回しかよ」
「そうそう、これ以降は調査や作戦のスケジュールは半日単位のものが多くなる。もっとも状況次第でいくらでも変化するが」
「えらくアバウトだな」
「それはそうだろう。作戦は必ず時間通りに終わる保障なんてなく、途中退出も認められず、最悪の場合は死ぬこともありえるのだから」
「当然のことか。理解した」
親子の会話としては非常に淡白な言葉の応酬、しかし、状況を理解するものには当然な事実を改めて確認する。
「まあ、そういうことだ。そして、今更だが大佐である私がこんな説明をしているのは少しばかりの親心と、他の連中がたまたまみんな出払っているからというのと、ささやかな嫌がらせのためだ」
「いらない補足だったな。ロートル親父」
「ふん。AAでの戦闘なんかは若い奴に任せておけばいいのだよ。話は終わりだ、今日はもう帰っていいぞ」
「それでは、失礼しました。大佐」
「本当に失礼だったよ、全く」
楽しげに笑い大地がはき捨てる。
「一言余計です、大佐殿」
「口の減らない中尉殿だな。まあ、頑張れ馬鹿息子」
用は済んだとばかりに手を振り退室を促す大地。毎度の事ながら、動作がわざとらしく明はからかわれているようで、それが少し不快だった。
「あばよ、クソ親父」
苛立ちを隠そうともせずに親指を下に付き立て、その場を立ち去る明。
「ふふ、失礼しました」
「はは。大佐、失礼しました。……全く、君という奴は」
明の後ろに追従する二人は、笑いをかみ殺して退室するのだった。
ガンガンいくよ。