1‐5‐5 Start
それから数日後。
普通に会話できる程度には快復した水月がいた。
全身がどこと無く白く、服も白いというのはいまでは見慣れた姿でもある。
そして、そこにあるのは病室のベッドで身を起こし、明たちとの会話に興じる姿だった。
「それで、これからどうするんだ。電研の方ならいつでも歓迎だ」
「進学するのも少し考えたけど、やっぱり鏡に差をつけられたくないから私も電研コースかな」
「何の差だかわからんが、あれからお前たち妙に仲がいいよな。一体何があったんだ?」
「女の秘密に突っ込んでくるのは、野暮というものだよ君」
リンゴの皮を向きながら、椅子に座ったスーツ姿の鏡が代わりに答える。そういわれてしまうと男の身である彼としては黙るしかなかった。女はずるいなどとは、口が裂けてもいえない小心者の明だった。
「ふふ、そんな君にはリンゴをあげよう」
皮を向き終えたリンゴをそのまま押し付けられる明。食べるつもりも無いのに皮だけ向くのは迷惑なことこの上ないのと思うが、鏡に食べる気はさらさらないようなのでそのまま食べることにした。
「美味いな、これ」
立ったまま、しょりしょりとリンゴをむさぼる明を放置して女二人は会話に興じる。
「水月なら、あのへっぽこな男なんてすぐに追い抜けるよ。それに、心配しなくても訓練があるからなんとかなるよ」
「本当に、素直じゃないなあ。鏡は」
「そういう性分なんだ。わかってくれる人がわかってくれればそれでいいんだよ」
「はは。お互い、先は長そうだね」
そこには二人して苦笑する女性陣がいた。仕事帰りに立ち寄った明と鏡であったが配属が違うために途中で合流してここに集まった。
「さっきから気になっていたんだけど。明が持っているその大きな袋は何?」
ちょこんと首をかしげてながら疑問を口にする水月。
「そういえば、ここに来る前から持っていたな。一体何なんだ、それは」
リンゴを食べ終えた明が、頭をかきながら勿体を付けるようにして答える。
「その、なんだ、見舞いの花束だよ」
袋から大きな花束を取り出して明が抱える。これは水月のお礼に対する明なりのささやかな意趣返しのつもりであった。
そして、照れた笑みを浮かべながら明は水月に花束をかかげる。仕方ないなと水月の隣に座る鏡が花束を抱え彼女の前に差し出す。胸の前に差し出された花束を前に香りを楽しみ微笑を浮かべる。
「いい香り。それに、すごくきれい」
明も水月も花の名前などに詳しいわけではなかった。だが、純粋にきれいであると思えればそれでいいのだろう。花束は病院の近くにあったフラワーショップで適当に見繕ってもらったものだ。
「喜んでもらえて、なによりだ」
素直に喜ばれてしまい、少しぶっきらぼうに明が言う。何がそんなに嬉しいのかと尋ねたかったが、その理由はおそらく三本のバラだろう。
明がフラワーショップの店員に長い間再会を果たせなかった女性に送る花といったら赤、青、白の三本を中心に花束を渡されたのであった。彼は、そんなことなど知らないであろうが、その花言葉は、『真実の愛』、『奇跡』、『純潔』だった。
当の本人にその認識はないが、これは完全にプロポーズであった。
「嬉しいよ、本当に嬉しいよ、明」
もちろん、彼にそんな気が無いのはわかっていたが、嬉しいものは嬉しいのだ。
「今日くらいは、認めてあげる」
立ち上がり、すたすたと病室の外へと歩き出す鏡。
「ごめんね、鏡。でも、嬉しいから」
追求しようとする明に対して、鏡は急に用事を思い出したといういかにもわざとらしい噓で黙らせると病室をあとにした。
「明」
「何だい、水月」
花束をベッドの隣にある花瓶に活けながら明が答える。
「大好き」
「ああ、俺も大好きだよ」
これはまだ恋にはなっていないのだろう。互いが互いを意識するという段階にはまだ少し早いのだから。ねこがじゃれているような可愛らしい恋だったが、もどかしさも含めて水月には大切なものだった。
だから、水月はこの素敵な時間が現実のものであると強く思う。
なぜなら、夢にしておくにはもったいないほどに世界は美しく色付いているのだから。
とりあえず、修正祭り一時終了。