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ROG(real online game)  作者: 近衛
一章
24/151

1‐5‐4 Start

 

 それは、現実と虚構の狭間に明がみる夢だった。

 そこでは、いつものように水月が現れる。

 だが、その先はいつも繰り返される夢とは違っていた。

 彼女が微笑んで、自分に手を振っている。

 自分を呼ぶ声が聞こえる。

 そこでその夢は、終わり目が覚める。

 寝起きだからか、意識がいまいちと判然としていないらしい。明は、寝ぼけた意識を振りほどくように軽くストレッチして深呼吸をする。変な場所で意識を没入させていたためか、体中がきしむような感じがしていた。

 なぜ、こんなに硬くなっているかと言うと、実は鏡が抱きついていたために必要以上に負荷が掛かっていたからなのだが、夢を見て少し出遅れた明にはそんなことを知る由も無い。


 「あいたたた、体が石のようだ」


 鏡がいないところを見ると彼女は先に行ったのであろう。この部屋にはかすかな香りを残すのみである。何も言わないでいなくなってしまう辺りは、むしろ彼女らしいとさえ思う明だった。


 「鏡は、先に行ったみたいだな。俺も病院に行くとするか」


 当たり前だが、返答は無い。どちらかといえばこれは自分自身への確認だった。そして、手早く身支度を済ませ彼は病院へと向かった。




 ***




 「寝ているのかい。水月」


 白いベッドに眠る親しい友人に、鏡が声を掛けるが反応はない。

女神を思わせる美しい髪、同性から見ても嫉妬してしまう調った顔つきに思わず見とれてしまう。ベッドの脇に置いてあるパイプ椅子から立ち上がり彼女の頬をなでる。柔らかな頬は雪のように白く染み一つ無かった。


 「ふふ、くすぐったいよ、鏡」


 「起きていたのか。全く、人が悪い」


 「二人を驚かせようと思って」


 目を閉じたままで、水月が答える。

 そんな彼女をばつが悪そうな様子でみつめる鏡が口を開く。


 「色々と言って置きたい事があってね。喋らないでいいから、聞いて欲しい」


 そんな鏡にうなずき、先を促す。


 「あの日のことは、偶然ではあった。でも、嬉しかった」


 自嘲めいた声で話す鏡。

 それをあくまでも落ち着いたようすで聞き入る水月。


 「だけど、事情を説明する前にいなくなってしまった水月も悪い。少なくともあの時点では君たちの恋愛を応援するつもりだった」


 一呼吸おいて続きを話す鏡。

 静寂がどこか耳に優しい。


 「そして、今度は謝罪だ。出し抜くつもりで明にキスをしてしまった。君に謝っても仕方の無いことかもしれないが、すまなかった」


 しゅんとする鏡を笑顔で見守る水月。

 そんな情けない顔を手で叩き気合を入れ直す鏡。


 「最後に、水月。あなたの宣戦布告、受けて立つ」


 しばしの沈黙。

 そして、水月は笑顔で答える。


 「受けて立つよ。鏡」


 その声は、大きくは無くても決意の込められた確かなものだった。

 だから、鏡も答えるように強く言い放つ。


 「あの日の続きを始めましょう」


 「そうだね。あーあ、鏡が男の子だった良かったのにな。私だったら、こんなかっこいい人を放っておかないよ」


 「ありがとう。水月こそ、男の子だったら良かったのに……」


 「それはライバルが減って嬉しいってことかな。ふふ」


 そして、二人は涙ながらに笑顔を浮かべて抱き合った。

 それは、友達との友情の回復の証でもあり、恋敵との戦いに対する決意の涙でもあった。


 


 ***


 


 それから数分後、病室に向かった明の前には黒いスーツ姿の鏡がいた。扉の横に寄りかかり下を向く彼女の目元は、光の加減か少し赤く見える。


 「なんだ、見舞いの品もないのか。君は」


 「そこは、それだけ急いできたと受け取って欲しいところだ」


 いつものように憎まれ口を叩く二人であったが、その様子は穏やかだった。


 「彼女は起きているよ。でも、医者にみせないといけないから手短に済ませるんだね」


 「本格的な再会は、後日か。そのときは見舞いの品を持ってくるさ」


 「いや、すぐにでも出来るさ。私たちは、繋がっているのだから」


 そういって、胸に付けた十字架型のPITを握る鏡。


 「そうだったな。積もる話は、そっちでだな」


 「そういうことだ。彼女にあまり喋らせるなよ」


 「わかったよ。それから、まだ言ってなかったな」


 「なんだい。その、明」


 君ではなく、名前で呼ぶという、彼女の小さな決意は明に気付かれることは無かった。

 しかし、


 「ありがとう。お前がいなければ、ここまでくることはできなかったよ」


 その言葉が全てを帳消しにした。


 「なに、当然のことをしたまでさ」


 彼に必要とされているという事実を再確認できた。それは、彼女にとっては何にもまして喜ばしいことだった。

 だから、今はこれでもいいと思う鏡であった。


 「行ってこい」


 そういう彼女の言葉がどこかそっけなく聞こえるのは、自分が泣いているのを気付かれたくなったからだ。

 そして、こんな時だけは、彼が鈍感であると言うことに少し感謝する鏡であった。


 「嬉しいときにも、涙は出るものなんだね」


 窓から差し込む朝日が、彼女をあたたかく照らしていた。




 ***




 「久しぶりなのかな、水月」


 「おはよう、だよ。明」


 病室での二度目の再会に、水月は笑顔で応じる。


 「それもそうか。おはよう、水月」


 「二人の顔を見て、それですごく安心した」


 あごの筋肉が衰弱しているためか、短い言葉を選んで話す水月。長くは喋れないというのは彼女の体力的な事情もあるのだろう。


 「俺もさ、水月」


 「ありがとう、明。これだけは言っておきたかったよ」


 拭うことなく涙を流して水月が話す。

 強い意志のこもった言葉に、明はただ耳を傾ける。


 「はは、ここにくるまでにいろんなことを話そうと思っていたんだけどな。水月の顔を見たらそんなの全部吹っ飛んじゃったよ。なんというか、俺も安心したらどっと疲れた」


 「起きているうちに、呼んでくれないかな」


 そういう彼女の視線は、ナースコールのボタンを示している。呼んで欲しいと言うのは、快復したという事実を医者に見せたいからなのだろう。

 そして、今の状態では体力的に限界なのだろう。


 「わかった。積もる話は、明日の朝に仮想でな」


 無邪気な笑みを浮かべ、明は呆けた顔の水月に微笑む。何のことだと、戸惑う彼女に自身の胸に付いた十字架を掲げ次に彼女の胸に付いたPITを指差す。その意図を理解した彼女も笑顔を返して答える。

 そして、明はナースコールのボタンを押す。

 そのあとのことを水月はあまり覚えていなかった。

 事情に関しては、職業のこともあり説明できるようなものではなく。ただ単に奇跡が起きたとしか話せないこともあるし、何より仮想での再会が楽しみで病院関係者の話は上の空だったからだ。




***




 仮想の草原で二人は向き合っていた。超えるべき相手であり憎むべき敵であった男の空間であったが邪魔が入らずに落ち着ける場所としては一番理想的だった。


 「いい場所ですよね、ここは」


 小高い丘から見下ろすように風景を眺めて水月は話す。服装はどういう意図があるのか捕われていたときと同じ白い服を着ていた。


 「先生を、いや、黒木を憎んだりはしてないんだな」


 グレーのスーツ姿の明が隣に座って答える。

 丘を吹き抜ける風が心地よい。


 「半年も一緒にいれば、少しは愛着も沸くというものです。それに仮初めとはいえ、私を愛してくれた人がいた場所ですから」


 「一方的な愛でも、そんな風に受け取れるんだな。あいつは、黒木智樹は狂っていたんじゃないのか?」


 「私の前では、そうでもなかったんですよ。多分ですけど、彼は私を通して別の人間を見ていたんだと思います。発言に整合性がないと思っていましたが、彼の言う愛というのはどうやら彼女の妹さんのようでして。ときどき、拡張現実の機能を使って写真をみたりしていましたし」


 「統合されたデータに写真があったが、なるほど、少し水月に似ていたよ」


 「女神などと、私のことを言っていましたが、死んだ人間が生き返ったように思っていたからなんでしょうね。そして、同時に強く愛していたからこそ絶対に手放したくない存在だったのでしょう」


 「ある日を境に、愛って名前なのかな。この子の写真の更新が止まっている。現実を認めたくなかったんだろうな、黒木師は」


 確かに可哀想だとは思うが、それでも水月のように憎まないでいることは明にはできなかった。愛しい存在を知っているのであればこそ、彼はそれを他人から奪うべきではなかったと明は思った。しかし、直接の被害者である水月が恨まないと言うのなら、明もそれを納得することにした。


 「私には、相手が考えている。本当のことがわかりますから」


 冗談めかして彼女は言う。しかし、その発言が彼女の持つアビリティによって裏付けられている事実であるとは明は知らなかった。だから、冗談めかして明も答える。


 「愛しているよ、水月」


 「ふふ、それは噓ですね」


 そんな言葉に対して短く断言する水月。


 「はは、その通り」


 わかりきった反応におどけてみせる明だった。


一部表現を修正。

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