1‐5‐1 Start
明の視界が一瞬、白い光に包まれる。
【JIHAD】
前回と同じように、聖戦を意味する文字列が表示されるとシステムのアナウンスが脳に響き渡る。システムよって選ばれた開始地点は、前回とは異なり石畳の床。
視界を埋め尽くすのは、無数の白い石柱とキューブ状の石。それらが紡ぎ出すのは視界の果てまで連なる螺旋の階段。そして、それ自身が巨大な塔の内部であった。レーダーの反応によれば黒木はこの塔の頂上にいる。
「登ってこい、ってか。本当に神様気取りだな」
垂直に加速し、塔を一直線に上昇していくフェアリー。
視線の先には、出現しつつある三体のケルビム。モザイクのようにぼやけていたAAの輪郭が徐々に形となっていく。
ヒット判定が出現するタイミングを見抜き、プラズマライフルとリニアライフルをしこたま撃ち込んでいく。しかし、こんな程度で終わってくれる敵ではなかった。細い塔の内部でさらなる増援が五体出現する。
「出し惜しみはしない。何体でも、何度でも、撃墜してやるよ!」
脇の下に隠された二本のサブアームを展開して、四本の腕に二本の剣と二丁の銃を構え文字通り阿修羅の如く敵に向かう明。
背面部のブースターをさらに吹かして、上昇速度を上げていくフェアリー。
人間の反応速度の限界ともいうべき速さで戦う彼は、鬼神あるいは、羅刹とでも言うべきだろうか。右から左から次々と出現する増援を、切り捨て、打ち付け、叩き伏せ、撃ち抜き、破壊し葬り去る。
後方から迫る敵も何体かいたが全て背面撃ちでこれを撃破する。ポップアップの瞬間と初動のモーションさえ視認できれば、この程度のことは不可能な芸当ではなかった。
フェアリーを駆り、明は目の前に守り手がそもそも存在しないかのようにただ一直線に進んでいく。一分と立たない間に撃墜した数はもう何十体になるだろうか。
「お前が、本体かぁぁぁっ!」
正面にいた複体を唐竹割に叩き切り、その先にいるケルビムの本体を目指す。
もう何体破壊したのかも覚えていなかった。
視界の先には頂上が見え、終わりが見えなかった戦いも一段落を迎える。塔の側面にあった空洞を抜けると狭く薄暗い視界が一気に開け、神の座とも言うべき場所に辿り着く。塔の頂上に向かい迂回してそこへと降り立つ。
そこにいたのは、探し求めていた敵。
白い神の化身、あるいは仮想でならば本当に神なのかもしれない。
「歓迎しますよ。あなたこそが、私の求めていた、神の心を奪う敵ぃぃっ!」
「ちっ」
(予想したタイミングよりも早い!)
こちらの動きに合わせ、奇襲される形で接敵する。
耳障りな金切り声を上げて、ケルビムが踊り掛かる。
鍔迫り合いになる形でフェアリーの持つ二本の剣とケルビムの持つ大剣が交差すると中空で火花を散らして白煙を上げる。ギリギリと音を立てる剣ごと円形のフィールドの内側に押し込まれるフェアリー。
「ど、けえぇぇぇぇっ!」
弾き飛ばすように横薙ぎに切り払うが、受け止める大剣の重心を完璧にコントロールして身を翻すケルビムに攻撃の衝撃を完全に殺される。
正面にいる相手に二丁の銃で追い討ちするが、発射した時には既にこちらの真横にいたケルビムがフェアリーをフィールドの内側へと蹴り飛ばす。
「くそっ」
フェアリーは、剣を地面に突き立てて勢いを殺す。大地に爪跡を残し、その場に踏みとどまりつつも二丁の銃で射撃を続けるフェアリー。時に交わし、時に弾丸を弾きケルビムが高速で迫る。
塔の頂上にある円形闘技場のような場所で両者は殺し合う。
「さあ、さあ、さあ。私の掌の上で踊り狂って死ぬがいいぃぃっ」
自身に迫る弾丸を叩き落し、切り払い、交わして素通りするかのような気軽さで近付くケルビム。連射性能に乏しいライフルタイプの武装が裏目に出た形だが、そもそもこれだけハイレベルの相手と戦うのであれば、武装の相性など大した意味を成さないだろう。
「ったく、強さも狂ってやがるのかよ。ふざけているのは、脳味噌だけにしておけ」
そんなことは、誰よりも自分自身がよくわかっていた。それでも、やりきれない思いが明の思考にちらつく。
「神を侮辱した罪、その身で受けるがいい。今度は時間切れなどで逃がしたりはしませんよ、確実に、確実にあなたを殺す」
半狂人の黒木の妄言をただ聞いているのもいらだつだけなので、オープン回線越しに話しかける明。あまり期待はしていないが、上手くいけば相手の注意を逸らすことくらいはできるかもしれない。
あるいは、正気に戻すことができるのかもと考えてしまう。
一瞬で縮まる距離を刹那にするべく、機体を相手に向けて加速させる明。明確な策があるわけでは無く自身の力を信じて突進する。
刹那に肉薄した両者は、互いに剣を振る。
巨大な石柱に囲まれた円形フィールドの中央でぶつかり合う両者。
半身に構え、左で突き出した一本目の剣を打ち落とさせ、返す手首で首を狙う。大地を蹴って左に飛んだケルビムの頭部を掠める斬撃。敵の回避運動中に右の剣を突き出すが、これも剣で弾かれる。
しかし、突き出した右腕部から伸びたショットアンカーが敵の装甲を捕らえる。
だが、引き寄せる瞬間のワイヤーの硬直時にこれも切断される。
(そう、この瞬間を待っていた)
攻防の中で、明は相手の行動が確実に読めるタイミングをうかがっていた。引き寄せられてできる大きな隙を嫌うのであれば、力が釣り合う瞬間に合わせ確実にそれを阻止しようとする。
そして、その瞬間だけは先読みができる。
自身の勝利を強く確信して、サブアームに携えたリニアライフルとプラズマライフルの武装を解き放つ。
ワイヤーの切断と同時にこちらの首をはねる軌道で迫る大剣を、バックステップでかわして離れる瞬間から同時に火を噴く二つの銃口。
「天使という偶像が、神を名乗るな。砕け散れ」
ガンスモークと砂塵で視界が白く染まる。
弾丸が放たれる瞬間は、互いに肉薄していた。
意識レベルで反応ができていたとしてもAAの動きは仮想の中では実体を持つと言う制約を受けるために実質的には不可避の攻撃である。
「破壊までのタイムラグ、あるいは生存か」
勝利に酔いたいが、しかし、フィールドやシステムに対して何らかの介入できる相手であるのならば戦闘終了時のビジュアルエフェクトが発生しない可能性も考慮して様子を見なければならない。
白煙が揺らぎ、霧散していく。
次の瞬間に何体ものケルビムが自身を通過したかのような錯覚に陥る。
(なんだ、この殺気は)
反射的に突き出した二本の剣。
白煙を突き抜けて振り下ろされる剣。
派手な衝突音を鳴らし、吹き飛ばされるフェアリー。スモークが消えたフィールドの中央では、赤々と 燃え立つ剣を手にケルビムが剣術で言うところの残心を取り構えなおす。
「神は死なないのだよ。偶像だと言うのなら、私を破壊してくれたまえ。あはは、あは、あはははははは」
狂笑を上げ、黒木の駆るケルビムがゆっくりと上昇する。薄っすらと白煙を上げるその姿はつい先ほど造りだされたかのようにさえ映る。
光を背に見下ろす神と、その影から反逆する被造物。
それは、キャンバスに描かれた一枚の絵画を思わせる光景であった。
「いよいよ、絶望的だな。鏡と合流する前に殺されそうだ」
現状に対して明の考えた可能性は、そもそも自分が相手にしていたのが最初から複体であったというもの。そうでないのならば、超人的な反応速度で全て防いだといったところだろうか。
乱れた体勢を立て直し、ケルビムを見上げる。
「鏡? ああ、もう一人の方なら私の人形たちと遊んでいますよ。どうしてなかなか奮戦しておられる」
先程から複体が出現しないのは、おそらく彼女が引き受けているのだろう。
とはいえ、複体を任意の地点に出現させることができるのであれば、どんなタイミングでこちらに増援として現れるのかはわからない。不意のポップアップを警戒しないわけにはいかなかった。
「さあ、足掻いてください。醜くもがき、この私にその命を実感させるのです」
「まるで、あんたが死にたいみたいだな黒木智樹」
「願わくは、私に誇り高き死を、愛のある世界を与えてくれたまえ。この戦いは、神に捧げられる聖なるものなのだよ」
「言われなくても、くれてやるよ。黒木ぃぃっ!」
口を動かしつつ、武装や機体の設定を変えていく。
二丁の拳銃をホルスターに収め、リニアライフルを速射するべく意識を研ぎ澄ます。
サブアームを収納して意識を全面の敵のみに集中する。
二本の剣を掲げ天上のケルビムへと向かう。敵に近付くにつれて視界が徐々にぶれ遠近感を失っていく。
「蜃気楼か。さっきは、そもそも攻撃した場所にいなかったってとこか」
「ご名答。くくく、私にここまでさせた相手は本当に久しぶりですよ」
トリックを一瞬で看破されたと言うのに、それが楽しくてしょうがないといった様子で、黒木は話す。そして、明の目には幾重にも重なり合った虚像が歪んで見えていた。有視界による戦闘を諦め、即座に対物センサーを起動。
ケルビムが正面にいることがわかるが、その情報だけでは遠近感を失って高速接近している現状では致命的である。ケルビムの次の行動を防御ないし回避運動へと誘導するべく左の剣を投擲。
半瞬後に右の剣を投げ飛ばす。
空に響き渡る、金属同士の衝突音。投げつけられた剣を弾き攻撃後の隙に迫るケルビム。このタイミングで自身の本体よりも前に幻影を配置する意味はない。
幻影を配置して攻撃タイミングをずらすことはできるだろうが、残された射撃武器によるろくに狙いもしない射撃であっても、まぐれ当たりをさせる可能性をわざわざ作ることなどしないだろう。
つまり、今このときの明の正面にいるケルビムは本体である可能性が高い。
直後の死を確信して脱力する明。
だが、それは諦めでも絶望でもなく希望への挑戦だった。
「俺は、諦めが悪いんだよっ!」
【Double strike】(二重攻撃)
発声する時間すら惜しく、一瞬の思考と同時に肉体は的確に動きを再現する。瞬時にホルスターからリニアライフルを取り出し、撃鉄を起こし引き金を引くと同時にさらに撃鉄を起こし銃撃を重ねる。
響く銃声は一つ、しかし、放たれた弾丸は二発。
居合いで鞘からの抜刀の方が単に刀を振るうよりも早いのと同じ要領で、構えからモーションを起こす方が全体としての速度は上昇する。
神速の攻撃がついに敵を捉える。発射音と同時に着弾音が打ち鳴らされ、大きく剣を振りかぶったケルビムが爆発したかのように吹き飛ぶ。
着弾の白煙に視界が白く染まる。
そして、静寂の中で耳に響く音が聞こえた。
とりあえず、一章終わったら一息いれます。