1‐4‐5 Opt
よじれるように場面が切り替わる。
大切な何かをすっ飛ばしているのかもしれないが、夢などと言うものに整合性を求めること自体がナンセンスと言うものだろう。今思えば、彼らにとって因縁の場所ともいえる国内ブロックのSCS511でそれは起きていた。戦闘の傷跡で、更地になりつつある市街地で交戦をする四体のAA。
そこにいる明は意識を切り替えて、決戦に臨んでいた。
三対一という状況ではあるが、相手は決して弱くは無い。
明の正確な射撃を見切っているとでも言うような動きで全て回避し、三人がかりの近接戦闘ですら確実に勝てるという保証は無く。プレッシャーを感じていることを差し引いても厳しい戦いだった。
そして、油断すれば死が待つという現実は学生の身である彼らには少々荷が重かった。
AIが操作するガーディアン、アークエンジェルは良くも悪くも機械的な動きをしていた。それは先読みがしやすい反面、こちらが操作を誤れば、正確な攻撃で的確に破壊されることを意味していたからだ。
「水月はそのまま支援を頼む、しばらくは俺と鏡が引き付ける」
オープン回線ごしに指示を飛ばす明と鏡は、フェアリーとウィザードで挟み撃ちにする形でアークエンジェルと近接戦闘を重ねる。同士討ちを避けるために距離を置いて隙をうかがうのは水月が駆る白いウィンディーネ。
ウィザードが剣と電気を武器として扱うAAであるように、ウィンディーネは水を自身の剣や盾として扱う機体だ。AAの基本的なデザインは、水で作られた巫女とでもいったところだろうか。どこか和服を思わせるひらひらした装束に、幾重もの水のヴェールのような武装を纏う姿は、踊り子といった方が近いかもしれない。
踊るような華麗な動きで翻弄しつつ、時に盾を形作り攻撃を防ぎ、剣や槍を以って攻撃をする水月。
三角形のフォーメーションを基本とした三人の連携は決して悪くは無い。途切れない攻撃が繰り出されてはいるが、それらはことごとくいなされ避けられていた。
「事前情報よりも、かなり強いようだな。どうする、明隊長」
こういう余裕が無いときは、鏡の軽口が精神を安定させてくれる。いらだっていた思考を冷ましあえて大きな声で返答する明。
「隊長は止めろ鏡。そうだな十秒後に時間差攻撃でも仕掛けてみるか。カウントダウンをセットしてくれ。タイミングをずらして俺が仕留める」
「了解したよ、明」
「了解した」
視界の脇に投射されるカウントダウンの数字が時を刻んでいく。
そもそも、二体が両サイドから攻撃して、残る一人が常に背後を取る布陣であるにも拘らず相手が未だに破壊されていないという現状がイレギュラーなのだ。時が経つにつれ、戦いの興奮は次第に薄れていき、逆に死の恐怖が頭をよぎる。
早く敵を倒して、終わらせたいという焦りが生まれていた。
カウントがゼロになり、両サイドから薙ぎ払われる水の槍と大剣。
二人掛かりの必殺の攻撃を宙返りするようにかわしたアークエンジェルを叩き伏せるようにフェアリーが剣を振りかぶる。
上下逆さまに向き合うフェアリーとアークエンジェル。
飛び掛るように切り付ける一閃は、ひらりと身を交わされる。
即座に反撃へと転じた天使の突きを、もう一本の剣でいなすフェアリー。
しかし、いなした腕ごと突きから蹴りへの連続技で吹き飛ばされる。
真横に吹き飛ばされた直後に、ミカエルが跳躍。
弓を引くように剣を構えたアークエンジェルが、眼前に迫る。
直後の死を予感し、明の体が硬直する。
機械であるAIからは殺気が感じられないが、それでも恐怖に身がすくむ。
(死ぬ、こんなところで)
明の目前に迫る銀の大剣。
それは、断頭台の刃のように無慈悲に迫る。
「そんなこと、絶対にさせない」
【Blue javelin】(青い投槍)
ARMによって高速かつ自動化された動きが彼女の意思を反映して再現される。無意識に動いた水月の体が槍を投げ、アークエンジェルの背後から突き抜ける。そして、直後に響く戦闘終了を告げるシステムアナウンスの機械音声。
【THE END】
そして、視界がぐにゃりと歪む。
「明の、馬鹿」
小さくて明には聞き取れなかった声を最後に彼女は消えた。そうしている間に水月の位相が変わり仮想の奥へと取り込まれた。もっとも、そのときはそんなものが存在しているとは明にも鏡にも理解は出来なかったのだが。
取り残された二人が何かを叫んでいるが、言葉としての意味を成さない。
視界が崩れるようにぼやけていく。
そう、これは夢の終わり。
そうして、明の意識は現実へと引き戻された。
***
「ん、鏡か。懐かしい夢をみたよ。俺たちの新しい始まりの日だ」
「あの日は、日常が終わった日でしょ」
「失ったものも多いけど、同時に得たものもあるだろ」
「そんなもの何も」
ないと言い掛けて、鏡が口ごもる。自分自身の本当の気持ちに気付いたのは、あの日があったからなのだ。そういった意味でなら、何も無かったとは言い切れなかった。
「俺は、何も無い日常ってやつが本当に大切なものだと理解したよ。当たり前に繰り返すと思っていたことが、次の瞬間にはなくなってしまうかもしれないものなんだと痛感させられた」
「そうね」
一瞬、自分の考えを読まれたのかと思ったが、見当違いの返答に鏡は安堵する。
「さて、行くとしようか。俺は、そこのソファから入るとする。鏡も好きなとこから勝手に入れ」
朝日を背に明が覚悟を決める。
気合を入れるために顔を二、三回ほど自分で叩き、ソファに座る。
戦闘は毎回、命懸けである。
だが、実戦でここまで相手と実力が伯仲したのは始めての経験だった。積み重ねてきた自信、改めて実感した恐怖、そして、プレッシャーから来る緊張といった様々なものを胸に彼は仮想へと突入する。
《Access》のコマンドを思考デバイス経由で転送し明は決戦の地へと向かった。
「こうして見ると眠っているようにしか見えないのね」
鏡の黒く澄んだ瞳が明を見つめる。
ソファに座り、意識を仮想に沈めた彼は死んだように動かない。そもそも、この状態を現代の医学において植物人間とすべきか生きていると定義するのかは不明だ。動かない明の唇を彼女のしなやかな指がなぞる。
「これくらいなら、許されるよね」
それは死を賭す代償としては安過ぎるものであり、しかし、彼女にとっては至高とも言える宝物だった。
静かに彼女は明の唇に顔を近づけさせていく。
ゆっくり、彼女のとっては永劫とも思える時間を掛けて、互いの距離が縮まっていく。
「気付いてくれない君が、悪いんだよ」
鏡の震える唇が、閉じられた唇に重なる。
触れるような、ささやかな、それでも彼女にとっては大きな意味を持ったキス。
息が熱い、胸が苦しい、心が痛かった。
しかし、それ以上の喜びが鏡の感情を埋め尽くす。
静寂が訪れるが、彼女の心臓はうるさいくらいに鼓動している。
「あなたを一人だけには、しないから。《Access》」
鏡は、大型のソファに座る明の隣に腰掛け意識を仮想へと没入させる。
決意を胸に、最後かもしれない戦いへと向かった。
まだだ、まだ終わらんよ。修正は。