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ROG(real online game)  作者: 近衛
一章
18/151

1‐4‐3 Opt

 

 「やれやれ、午後の間探し回っても収穫なしか」


 愚痴りながら拡張現実を介して認証を済ませ、自宅の扉を開ける明。

 あれからすぐにでも再戦したいという気持ちではあったが、鏡を含め連戦でベストコンディションとはとても言える状態ではなかったこともあり、対策もせずに安易に勝てる相手ではないと考え、通常の業務をしながら情報収集に努めていた。

 そして、最後に回していた『SCS511』の座標では、先日やられた仲間に対する報復とでも言うべき状況が展開されていた。ヘイフォンによれば、その時点で既に自分以外の情報屋が何人か糾弾され殺されていたらしい。

 また、鏡と明の件が無かったとしても、パスコードなしであの場所にある変化と言えば、情報にすがり付いて群がる海賊自身であり、状況を勘違いして勝手に殺し合いになっていただろうというのが、ヘイフォンの言葉だ。

 結局、今日の収穫としては味方の情報屋に裏切り者はいなかったという事実が確認できたことくらいだった。

 靴を脱いで手を洗い自室へと向かう。

明が扉を開けると、そこにはベッドの上に乱れた着衣で寝そべる女性の姿があった。


 「おかえりなさい、旦那様。なんてね」


 不法侵入であるにも係わらず、少しも悪びれもせずに冗談を言うのは鏡。

 明がここにくるまでは眠っていたのか髪は少しはね、ベッドの足元には黒いコートが放り出されている。


 「なんでここに鏡がいるんだ? 住所は教えてないし、セキュリティだってちゃんと機能しているはず」


 自室への突然の来訪者に驚きを隠せないが、その相手が知り合いであったのでわずかに安堵をしている明。


 「釣れないわね。大家に自分は新城明の妻だって言って、あなたの詳細な情報を教えたらパスコードを貰えたわ。親切ね、彼女」


 「どこまで教えたのかは聞かないで置いてやる、……怖いからな。とりあえず、目に毒なそのポーズを止めてくれ」


 「いけずね。恥ずかしい思いをした立場がないじゃない」


 からかうように大きく胸元の開いたワイシャツ姿で話す鏡。少し汗ばみ湿った長い黒髪はどこか誘っているような怪しい輝きを放つ。


 「自分で恥ずかしいと自覚しているところだけは褒めてやろう。不法侵入も、まあ許してやろう。だが、事情だけは説明してもらうぞ」


 「そうね、まずはシャワーを借りるわね。話はそれから」


 「もはや依頼ですらないのか。ふん、勝手に使え」


 明がはき捨てるように言い放つのを尻目に、鏡はバスルームへと消えていく。


 「紳士過ぎるのは、悪徳よ」


 通り過ぎる際に小さくそんな言葉が聞こえた気がしたが、疲れた明の耳にはおぼろげに響くだけだった。




***




 「明の馬鹿、甲斐性なし」


 薄っすらと明るいバスルームには流れる水の音と鏡の声が小さく響く。鏡面に映る自分の姿に向かって、鏡は話しかけていた。

 そこに映っていたのは、しっとりと水に濡れる長い黒髪、すらりと伸びた手足、ふくよかなバスト、くびれたウエスト、控えめなヒップ。

 そして、泣き出しそうな笑顔だった。

 最後かも知れないと思って、やってみたが自分にはこういったことが向いていないということが改めてわかっただけだった。

笑いたくもなる。

 友人を裏切る行為だとは理解しているが、死地に赴く前のささやかな願いだった。

 悩んで、迷い、抗って、やっと踏み切った決断のつもりだったがそんな彼女の思惑など明が知る由もない。

しかし、同時に安堵している自分もいた。

 彼自身が、そんな黒い欲望に身を任せないのを知った上で彼を誘惑したのだから。考えてみれば卑怯で自分勝手な話だ。もとより、簡単に誘惑に負けてしまうような人間なら好きになっていなかっただろう。

 それが、嬉しくもあり同時に切なくもあった。

 親友を裏切らないで済んだという安心感と、こうまでしても振り向いてくれない彼の態度が少し悲しくもあった。


 「大好きだよ」


 小さく発せられたその言葉が届くことはなく、狭い個室の中で反響して、やがては水の音の中に飲み込まれていく。


 「愛しているのに」


 その言葉を口にすることもない、開いた口を空気が通り過ぎただけだった。

 頬を伝う透明なしずくは、ただ流れていく。

 髪についたシャンプーの泡を流しつくすと、彼女は水を止める。


 「はは、似合わないことなんてするものじゃないね」


 壁に掛けてあったタオルを手に、顔と身体を拭きその場を後にするのだった。 


 


 ***


 


 一時間後、リビングにて。


 「それで、話してくれるわけだな」


 「せっかちね。甲斐性なしなのに」


 「不法侵入を不問にして、シャワーまで貸してやって何が不満だ」


 スルーしているのか、そもそも気にしていないのか甲斐性なしの部分には触れない明。


 「えっと、君の態度かな」


 ぷうっ、と頬を膨らませ鏡がそっぽを向く鏡。揺れる髪、横から見える白いうなじが薄っすらと赤い。そんなことを言っている場合ではないのは理解しているが、感情と理性は別物だった。


 「まあ、飲め。紅茶だが、温まるぞ」


 そういって、白いティーカップに注がれたミルクティーを差し出す明。カップは来客用に用意していたもので、自分のものは黒いマグカップに注がれていた。


 「もう、温まっているよ」


 文句を言いながらも、差し出された紅茶に口を付ける鏡。

 風呂上りだからか、彼女の顔はほんのりと上気していた。


 「落ち着いたか」


 「ほどほどに」


 「なら、本題に入るとしよう。まず、どうやってここを突き止めた?」


 「それは、以前君に渡したアメに発信機をつけてですね」


 「って、おおい。もし、俺が食べちまったらどうするつもりだったんだ」


 内容の突拍子のなさから、動揺して思わず突っ込みを入れる明。

 普段はクールぶっているが、戦闘以外の突然の振りにはめっぽう弱い彼であった。


 「袋の方だから問題ないよ。それに君の性格を考えると舐めないだろうから、どっちに仕込んでも問題なかったろうけど」


 「まあ、実際に机の上に置いてあるが、ナノマシンタイプを体に吸収して全身を発信機にされるのはぞっとしないんだが」


 「技術屋相手にそんなことやらないよ。ばれるし」


 くつろいだ様子でティーカップに口を付け、ミルクティーを飲む鏡。


 「ばれなきゃいいのか。はあ、次だ」


 「私も、次だ」


 顔をうっすらと赤くして、いそいそとマグカップを差し出す鏡。どうやらお変わりをご所望らしい。そんな様子に機嫌を良くした明の声はどこか楽しげであった。


 「気に入ってもらえて何よりだ。少し待っていろ、注いでくる」


 席を立ちキッチンへと向かい冷えたカップをお湯で洗い、サーバーに再度火を付ける。次にマグカップ自体を暖めるためにポットのお湯を注ぎ、熱を巡らせてからお湯を捨てる。適温になったところで火を止めて、サーバーから紅茶をティーカップへと注いでいく。


 「はやく、しろう」


 「はいはい、すぐにできますから、待っていてくださいませ。お嬢様」


 冗談めいた口調で明が言うと、お嬢様と呼ばれまんざらでもない気分なのか鏡がおとなしくなる。そんな様子を楽しみながら、明は作業を再開する。ほのかな香りが人を惑わすブランデーを、透き通るような純白のミルクを、濃い目の黒みがかった紅茶へと垂らしていく。混ぜ合わせると、三つの色が一つに溶け合っていく。

 混沌としたその渦が、自身の迷いと重なるが、その感情を打ち消すかのようにスプーンで一色に染め上げていく。


 「お待ちどう様です。お嬢様」


 くすくすと笑いながら出来上がったオリジナルブレンドの紅茶を差し出す明。味にはそこそこ自信があったので、おかわりの依頼は彼の自尊心を大いにくすぐっていた。


 「君には似合わないよ、それ」


 「そうだな。本当に似合わない」


 二人そろって、笑いあう。


 「いつの間にこんなスキルを身につけたの?」


 「スキルってほど大層なものじゃないよ。趣味が高じたってところかな」


 自身のマグカップにも追加の紅茶を注ぎながら明が返答する。


 「まあ、いいわ。おいしいものも飲めたことだし、続きを話すとしますか」


 「ああ、本題に入るとしようか。なぜ、俺の部屋にいたのか?」


 「夜這い。というのは、半分冗談として。君が一人で無茶しないか、心配だったから」


 「残りの半分は優しさだよな? 某風邪薬みたいに。それに心配しているのは、こっちだって同じだよ。俺以上に無茶していたのはそちらだし、むしろ、ここに来てくれたのは好都合だった」


 「心配してくれるんだ。それから、君はもう少し自分の発言に注意するべきだと思う」


 少し赤くなった顔を隠すように、紅茶をすする鏡。


 (残りの半分が本気だ、と私が答えたら、彼はどうするつもりだったのだろうか?)


 鏡は内心を言ってしまいたい衝動に駆られるが、臆病な理性がそれを邪魔する。


 「夜這いに来たって言うのに、好都合なんて答えて済まないな。どうにも、注意が足りないな」


 「ふふ。その方が、君らしいよ」


 呆れるような笑顔で鏡がいう。

 また、失敗したと明も苦笑する。


 「さて、謎を解消していくとするか」


 「敵の能力に関して、お互いに思うところを話しておきましょう。といっても、互いに考えていることはそう遠くないと思うのだけど」


 「そうだな。『フロアマスター』と黒木が言っていたことを考えると、あのフィールド圏内の設定をある程度自由に変更できる能力といったとこが妥当だな」


 ある程度自由に変更できると言うのは明の推測でしかないのだが、システムを完全に掌握しているのであればそもそも戦闘などせずにこちらのデータを抹消すればいい話だ。わざわざ本人が出向いてきたのは単にサディストか狂人という可能性もあるが、そもそもできないと考えるのが妥当な線だろう。


 「その範囲で勝敗の条件を一般的な時間無制限のサバイバル戦から、時間制に変更したと考えられるわね」


 「数が多ければいいと言うものではないが、複体一体一体が黒樹智樹レベルの強さなら波の傭兵は雇う意味もないか」


 「そうね、合流するまでに複体に阻まれることになるでしょうし半端な強さの人間では死ぬだけだね」


 「複体制御の方は『支配者』の能力か。無制限に出てくるように思えたが、同時に出てくるのは本体を含めて六体までだったな」


 出現させられる数の上限ではなく、単に彼が同時に扱える機体数が六体である可能性もあるが、通常レベルのNPCであるのならばいくら出てきてもそれほど問題にはならない。


 「それ以上出て来ない、という確証はないけど使ってこないと言うことは出来ないと考えてもおかしくは無いわね。希望的観測でしかないけれど」


 「だが、俺たちがやっていることだって結局は、希望的観測なんだ。今更、偶然や憶測が一つ増えたって大して変わらないさ」


 「小さな偶然でもたくさん集まればそれは十分奇跡といえるさ。さて、ブリーフィングはこんなところかな」


 「ああ。決戦は明日。今日は、こんなところしよう」


 「そうね。では、私は君の部屋を借りることにする。お休み」


 どうやら鏡は泊まっていくつもりらしい。明日、作戦行動を共にすることを考えれば効率的ではあるが、あまりにも無防備な態度ではある。


 「はあ、わかったよ。俺はリビングのソファで寝るから勝手にしろ」


 そうして、夜は更けていくのであった。


 ちょっと加筆。若干の変更あり。

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