1‐4‐2 Opt
「助かりましたよ、明さん。報酬は弾みますよ」
「敵の敵は味方。それに、目の前で死なれちゃ寝覚めも悪いだろ」
正面の敵をリニアライフルで牽制しつつ、ビルの陰に潜り込むフェアリー。この戦場において数少ない味方である、黒いソルジャーと合流する。眼前の敵は牛の頭にコウモリの羽を持つ、いわゆる悪魔を模した黒いAAのデーモン。
現状は二対一と有利だが、フィールド中に伏兵がいる現実を鑑みれば戦力差は歴然としたものだ。すでに五体ほど片付けてはいたが、それでも数の優位は動かない。
「やれやれ、情報屋の情報が間違っていたからといって、仲間の報復に来るとは律儀なものです」
「いや、あんたの情報は正しかったよ。多分、俺と鏡が暴れたから結果的にはその報復だろ。責任の一端はこちらにもある、だから、報酬は無しでいい」
「まったく、あなたも律儀ですねえ。まあ、そこが気に入ってもいるのですが」
危機的状況にあっても冗談めかして話すヘイフォン。これが素の姿であるのか、それとも場を和ませようとしているのかはわからない。あるいは、現状を危機として認識していないのかもしれないが。
「正面から突破する、援護してくれ」
「やれやれ。戦闘は本職ではないのですが、仕方ありませんね」
ビル影から空に向かって飛び出すフェアリーに一時火線が集中するが、その直後には、明とヘイフォンの射撃によって撃墜されていく。もとより、空を飛ぶ相手に銃火器で迎撃するのでは最初から分が悪いのだ。
互いの命中精度の差は、単純に腕だけでなくとも歴然だった。
しかし、その優位性が認められながらも、海賊連中がフライトユニットを嫌うのは火力と機動性を両立させるには装甲を、機動性と装甲を選べば火力が失われるという選択に迫られるからであった。
それはプレイヤーの思考にもよるだろうが、彼らにしてみれば命懸けの戦いで装甲が薄いというのは狂気の沙汰なのだろう。そして、火力を捨てて、高い操縦技術の要求されるエンジェルシリーズを選択するということも無い。
「大した腕だよ。あんたも」
「そちらが相手の位置情報を送ってくれましたので、そこに撃ち込んだだけですよ」
背中合わせに戦う二人は、逆境にありながらも絶望など微塵も感じさせない。自身の実力を、積み立ててきた経験を、そして、仲間を信じているから。あるいは、裏切られるかもしれないという現実を認めたくないだけなのかもしれないが。
「それをその通りに実行できるのが実力だよ。こちらは上空から敵を掃討する。引き続き援護を頼む、ヘイフォン」
「了解しました。明さんも御武運を」
「あんたもな」
通信を切り、戦闘に意識を集中させていく。
眼下に見えるのはヘッジホッグが五体とソルジャータイプが四体、正面にはデーモンが三体確認されている。
十二対二という戦力比は、数字の上では絶望的な現実だった。
しかし、そんな状況でも明の思考はひどく冷静だった。
あらゆる敵と幾千回と切り結び、何万体という敵を打ち倒してしてきたという自尊心が、幾億回と繰り返してきた動作が、彼を突き動かし生き残らせる。アビリティにより加速していく機体の速度に対応するべく、早くなっていく自身の反応速度。
「もっと早く、もっと正確に」
それは、地獄のような訓練を続け、呪詛のように自身に言い聞かせてきた言葉。
そして、それは小遣いを稼ぐような気楽さでここにいる海賊連中との明確な意識の違いでもある。眼下のソルジャーに対しリニアライフルの射撃を仕掛けるモーションと同時に、新体操にも似たアクロバティックな制動で火線を外す。
放たれた弾丸は、正確にソルジャーを撃ち抜いてその数を減らしていく。
(残り十一体。次はどいつだ)
左右からはヘッジホッグの多弾頭ミサイルが放たれるが、これは正面のデーモンにあえて突っ込むことで回避する。読み通り、同士討ちを避けるために軌道を外し、砲弾は反れて彼方へと消えていった。
眼前に迫る三体のデーモンは、矢のような陣形で隊列を組み、一体が先行して二体が追い掛ける布陣だった。
先頭のデーモンが槍の上部に斧を付けた近接武器、ハルバードを手に迫るが眼前で半身を逸らして唐竹割の一撃を回避。逆に懐に潜り込み、右の手でミスリルソードを抜剣し斬り捨てていく。
「次は、どいつだ」
背後ではミサイル同士が誘爆し、後方の視界を奪う。
真二つに切り捨てられたデーモンの金属塊にショットアンカーを左右の腕から打ち込み、さらに迫る二体のデーモンに投げつける。ヘイフォンの援護だろうか、明のレーダー上ではヘッジホッグが一体消える。
敵からの援護射撃はない。眼前に迫りくる二体のデーモンをその射線に巻き込むような位置取りが、功を奏している。そして、次の接敵までの数瞬に銃を収め、ミスリルソードを鞘から引き抜く。
投げつけた鉄塊に相手が気を取られている虚を付き、二体の間をすれ違い様に鉄塊ごとまとめて切断する。
二人が六体の敵を減らすのに要した時間は、僅かに十秒程度。
「でたらめな、はは」
「ば、化け物め」
通信が駄々漏れになっているために聞こえた声は、おそらく本音だろう。だが、目の前で起きていることは、少なくとも明にとっては当然の現実だった。電研の人間がチームではなく単独で行動しているその意味は、馬鹿げた訓練の量に裏打ちされた実力と人海戦術による効率を重視するためだった。
反応速度、射撃の精度、回避技術、どれ一つとっても海賊連中に負けることなどありえない水準だった。
おそらく彼は、一対一であれば半死人の状態であっても負けることはないだろう。
「お前らから見れば、俺ですら化け物なのかもしれん。だが、俺くらいの実力の人間はいくらでもいるさ」
地上を見下ろし、目視でヘッジホッグを捉え加速する。
絶え間なしに打ち込まれる弾丸の軌跡さえ、肉眼で見えているかのような感覚。
加速した意識下では、敵の攻撃はあたかも水面に生じた波紋のように映る。自身を追尾するように放たれるガトリングガンの弾丸も、複数に分離して自身に襲い掛かってくる多弾頭ミサイルも、その波紋さえ見えていれば回避することは容易だった。
砲身から放たれる初撃を回避した時点で、自身を追従するその軌道が機体に当たることなどありえないことだと理解できたのは、一体いつの頃だったか。
戦場に入り乱れる波紋を迂回し潜り抜け、ビルの真横にいたヘッジホッグに肉薄しミスリルソードの刃を頭上から付き立て撃破する。レーダー上で反応が一つ消え、その直後にさらにソルジャーの反応が二つ消える。
「味方ながらに恐ろしい実力ですよ。あなたは」
オープン回線越しにヘイフォンの声が聞こえる。敵はかなり戦力を減らしているので、話ができる程度には余裕ができたのだろう。
「地上戦で三体仕留めたそちらの実力も、似たようなものだろう。あとは、ソルジャーが一体とヘッジホッグが三体だ。とっとと終わらせるとしよう」
「っと、危ない。おいたが過ぎるソルジャーは、私が倒すとしましょう」
狙撃でも受けたのか、そんなことをつぶやくヘイフォン。
「援護が必要か?」
「個人的な事情で恐縮ですが、煩わしいハリネズミの相手をお願いしますよ。使えるものは利用する性分ですので」
「まったく俺の依頼人様は、毎度毎度、無茶な注文をしてくれる」
「私は、あなたを買っているのですよ。色々な意味で、ね」
「言ってくれるな、依頼人様。なら、その期待に応えるとしようじゃないか」
黒いソルジャーが、地を這うように姿勢を低くしてブーストダッシュでビルの間を蛇のように蛇行し火花を散らしながら駆け抜ける。そして、時折、『透過迷彩』を起動しては、それを解除することを繰り返し、敵の攻撃をことごとく回避して肉薄する。
レーダー上で表示されていても、視界に全く映らなくなる『透過迷彩』を使いこれをやられると、下手なプレイヤーはレーダーと有視界の二つをみてしまうために動きが激しく乱れてしまう。
「あなたが悪いのですよ。それでは、さようなら」
動揺して乱れた敵の射線を掻い潜り、右腕に持ったサバイバルナイフを振りかぶる。
水のように静かに、そして、地を這う獣のようなしなやかさでサバイバルナイフを突き立てるヘイフォン。
僅か数秒で流れるように行われた一連の動作は美しくすらある。
倒れ伏すソルジャーを横目に、中空でフェアリーが敵に向かい加速していく。自身の不利を悟ったのか、三体のヘッジホッグは密集しその火力を膨大なものとする。しかし、無数に見える火線にも一体のAAが通り抜ける程度の穴はいくらでも存在した。
いくら火力が豊富なヘッジホッグであっても、自身と相手の相手の間を三体程度の火力で埋め尽くす事などできるわけがなかった。左右に高速で移動し、射線の幅をを広域にしていけば、その全てをカバーすることなど不可能な話だ。
とはいえ、広域に放たれた弾丸自体が弾幕の役割も兼ねるのでこちらの射撃武器はそこまで有効に機能しない。確実に仕留めるのなら接近して切断するのがベストだった。前進と迂回を繰り返し、徐々に三体のヘッジホッグへの間合いを詰めていく。
弾丸の間隔が狭くなるにつれて回避できる場所の選択が難しくなるが、不可能と言うほどの難易度でもない。
敵に対して渦を巻くように移動し、敵の一体が自身の間合いに入った瞬間に最高速までフェアリーを加速させ下降する軌道で肉薄する。まずは一体が、反応する暇すらなく引き抜かれた銀色の剣によって切断される。
等速で動き事前にこちらの速度を相手に設定させ、安全であると勘違いさせることで、その虚を付いた攻撃である。三体のヘッジホッグが構成する三角形のフォーメーションの一端から直線状にいるもう一体に向け直進して返す手でこれを切り伏せる。
最後の一体に対して急旋回するが、動揺した相手は滅茶苦茶に攻撃をしてくるために地上すれすれの位置から上空へと退避する。
「くるな、くるな、くるな、くるなぁぁぁぁ」
「死にたくないなら、最初からこんなことするな」
その先の声は、激しい爆音に飲み込まれる真実を炎の中へと覆い隠す。地上と上空に向かって闇雲に放たれた何十もの銃火と砲撃、そして、ミサイルが市街地を無作為に破壊していく。
倒壊するビルディング、
吹き飛ぶ窓ガラス、
削り取られまき散らされる道路。
爆撃染みた攻撃で、そこにあった何もかもを吹き飛ばしてく。
「はあ、野郎は、はあ、死にやがったか」
脳内麻薬の過剰分泌のためか興奮気味な様子で、今という瞬間を生き延びた海賊が言う。その姿は、ハイになっているというよりは、むしろ、息も絶え絶えといった方が的確かもしれない。
巻き上がる土煙、所々から登る黒煙。
そこには廃墟というよりも、荒野といった方が近い有様のフィールドが広がる。
「逆効果だったな、そちらの攻撃は」
スモークを突き破り、剣を振り上げるフェアリー。
奇しくも敵が仕掛けた攻撃より生じた煙幕で奇襲が成功する。そして、振り下ろされた剣が鋼の機体を両断すると同時にビジュアルエフェクトが視界に表示される。
【THE END】
撃ち抜かれ、あるいは分断されバラバラになった金属片が、ポリゴンとなって中空に霧散していく。
そして、意識の無いただの情報が、虚空へと消えていく。
「戦闘終了ですね」
「そうだな。とりあえず、援軍が来ないうちに撤退するか」
「そうですね。では、あなたが知りたいであろう情報を渡しますので、ひとまずはそれで解散するとしましょうか。過不足があれば、いずれお渡ししますよ」
「了解した」
「それでは《Assignment》(譲渡)」
《Are you get these data ?》(これらの情報を受け取りますか?)
視界にシステムの選択画面が映し出され、それに対する選択を迫られるが、もちろんYESと応える。
「確かに受け取った。それと、個人的な感情だが、お前のことは疑いたくないとだけは言っておくよ」
「それでは、こちらも今はまだあなたと敵対するつもりは無い。と、だけは言っておきましょう。《Return》」
「それはこちらも願ったり叶ったりさ。いずれ、又、会おう。《Return》」
そして、二人は現実へと回帰するのであった。
もっと早く修正を。