1‐3‐3 Again
明がパスコードを使用して、ゲートを通過していくのを見送り鏡が立ち上がる。足取りは覚束ないが、明確な意思を持って目指す場所へと歩む。一見すると何もない場所でしかないここは、彼女にとっては意味を持つ。
『GENESIS』の中で手に入れたアビリティは仮想空間上でも適用され、『神眼』を持つ彼女にはここに同時に存在する彼女の姿が見えていた。
現実世界とは異なったロジックで構成された仮想空間では、同じ座標に多数の物体が存在するという状況があり得る。ただし、特定のアビリティを持たないプレイヤーはそこに存在するものを認識することができない。
「水月、久しぶりだね」
位相が違うためか、声は届かない。
鏡は、呆けた顔をする水月に微笑んで手を振ってみた。鏡の眼に映るのは、穏やかな景色の中に佇む白装束をまとった水月の姿。水月の眼が映すのは、廃墟となった街で微笑む黒衣の鏡の姿。
鏡写しのように対照的な景色が、互いの眼に映し出されていた。
二人はしばし呆然と見つめ合い、水月の呆けた顔は驚きへと変わり、次に笑顔になり、最後に涙に濡れた。
「こんなことなら、もっと早くに会いにくればよかったのかな」
目の前で口を開く相手の声は聞こえない、嬉しいとか、驚いたとか、あるいは言葉にならない叫びをぶつけているのかもしれない。
「ごめんなさい」
互いに伸ばす手は触れ合わず、すり抜けるだけ。
(なんて自分は無力なのだろう)
そう思いたくなかったから、今日までここに来ることができなかった。
目の前に、触れられる距離にいるのに何もできないのがもどかしい。
(いなくなってまで、彼の気持ちを独占し続ける彼女が憎い)
(ひと時とはいえ、親友の思い人を独占した自分の心が痛い)
(自分がどんなに思いを寄せても、それ以上に思われている相手がいるのが苦しい)
(親友の不幸にさえ、嫉妬してしまう自分の感情が悲しい)
「もう、終わりにしよう」
それは、悲痛な響きだった。
涙ながらに、二人は互いの肩を抱く。
溢れる感情、
触れることのない身体、
届くことのない言葉。
それでも、伝わる思いがあった。
「必ず、救い出してあげるから」
入り乱れた感情の中、それが一体誰に向けて放たれた言葉なのか自分でもよくわからなかった。それでも、その言葉に噓はなかった。判別の付かない感情を胸に、黒衣をはためかせ鏡はゲートへと向かった。
しゅうせい、と。いい加減バリエーションがなくなってきた。