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ROG(real online game)  作者: 近衛
一章
12/151

1‐3‐2 Again

 

 《Permission》


 合成音声による許可を示すシステムアナウンスが響き、水の中に入り込むかのような浸透感が全身をすり抜け意識がヴァーチャルへと没入する。瞬間的に、現実のオフィスは広大な電脳の都市へと姿を変える。

 視界に映る景色が現実のモノからサイバースペース上の模倣物へと変わり、現実の自分の肉体を再現したアヴァターが仮想空間上に出現する。思考デバイスを操作すると自身のアヴァターの近くにウィンドウパネルが自動で複数立ち上がり、ローディングの終了と同時に追加でコマンドを送りつける。


 《Translation》


 記号変換のコマンドが実行され、サイバースペース上で自分自身を構成するアヴァターのプログラムロジックが変換されていく。現実に存在しないものが書き換えられているだけであるはずだが、あたかも自分自身が変身するかのようにさえ感じる。

 そして、人間の肉体を模したアヴァターは青白い機械の妖精へと姿を変える。

 無法地帯である仮想空間を駆け回るにはこちらの方が安全であるし、人の姿をして動き回るには広過ぎた。

 初期状態から瞬間移動である『転送』が使えないのは不便なことこの上ないが、瞬間的に敵に包囲されることがないと考えれば都合がいいとさえ思える。そして、未だに明自身、転送のアビリティを入手できていなかった。

 ワールドマップをARで展開しつつ目的地を設定し移動を開始する。

 AAの背面部にある赤く輝くフライトユニットを展開して飛行しつつ自身AAのステータスの再チェックを済ませる。先日手に入れた情報は不確定要素が多いが、他に頼るものもないのも事実だった。それに名目上は、情報屋からの情報を頼りに仮想空間を探索する任務であり、私情であることを気にする必要もない。

 目的地までの灰色の空を徐々に速度を上昇させて飛行する。そこで感じられたのは、雲を構築する水滴の一滴一滴、吹き抜ける風の温度、頭上に広がる青々とした大気までもが近くに思え、圧倒的な美しさに目を奪われる。

 空から臨む雄大な自然の眺望は、現実と非現実の境界が曖昧になるほどに美しく、精緻だった。水平線に日が沈み、視界に映る映像がその色を変えていく。音速を遥かに超えて移動するので、国内エリアであればどこに行くのも大して時間は掛からない。

 そして、高速で変化する視界に飛び込んできたのは、戦場という名の地獄だった。

 しかし、それが彼にとっては見慣れた日常でもあり、その認識が狂気であるとも自覚していた。自身AAに設定された円形の交戦『エリア』が戦場に重なり同時に複数のウィンドウパネルが立ち上がり戦場の勢力図が表示される。

 示されたのは、複数の信号(マーカー)不明機と一体の友軍機が交戦中という情報。敵の詳細な位置関係はジャミングが展開されていて不明だが、敵対勢力の構成は二体のヘッジホッグタイプと八体のソルジャータイプだった。


 「あの馬鹿。なんだって、こんなことに」


 舌打ちし、援軍として友軍の勢力に加入する。


 【REINFORCEMENT】


 援軍として、戦闘に乱入する際に表示されるエフェクトが視界に浮かぶ。エメラルドグリーンの燐光に包まれた直後、一対十という戦力差の中で孤軍奮闘する鏡のウィザードの姿があった。


 「援護するぞ、鏡」


 オープン回線越しに話し掛けながら、空中から戦闘に乱入する。

 レーダーは完全に沈黙していたが、最低ラインで確保されている有視界の範囲内での通信は可能だった。中空から俯瞰して見えるフィールドは、高層ビルの乱立する極めて現代的なオフィス街。

 複数の敵に追われながらも全ての攻撃を(さば)きつつ迎撃するウィザードの機動は見事としかいえないが、数の暴力にいまいち責め切れない。ましてや、敵対勢力は情報戦もこなせるソルジャータイプ。ジャミングを展開しながらの市街戦は相手の得意分野だ。


 「邪魔にならないように、端っこの敵でも倒しておいて。巻き込むから」


 ノイズ交じりの音声で早口に一方的にまくし立てる鏡。実際、武装となる無数のソードビットを展開した彼女のウィザードは、あらゆるものを破壊する巨大な回転のこぎりなので近付くべきではないのだろう。


 「わかった。だが、死ぬなよ」


 「冗談? こんなゴミくずに負けるわけが……」


 「はは、色々と違いない」


 ぶつ切りの音声を聞きながら会話をしつつ、明もミスリルソードを振るい有視界で捉えたソルジャーを一体撃墜する。ここにいる連中は、複数の情報屋などを介して流された情報に群がってきた海賊連中が大半だろう。

 ヘッジホッグもソルジャーも彼らの専売特許と言う訳ではないが、待ち伏せに最適で扱いやすいこの二つのAAは、彼らが好んで使うからだ。


 「二体目発見、と」


 支援砲撃に特化したタイプなのか、大型のライフルを持ち、高層ビルの上で伏せ撃ちの狙撃体勢を取っていたソルジャータイプを背後からプラズマライフルで撃ち抜く。航空戦力を想定していなかったのか、何もできぬままに爆散して消えていく。

 こちらの攻撃に対して反応すらできなかったのは、複数の勢力が互いにジャミングを掛け合いレーダーが完全に沈黙しているからだ。ゲームのシステムとしてレーダーがジャミングに対して優先されるが、パラメータの振り分け方によっては盲目状態だ。

 上空から街の中心部に向けて近付くと、下方から幾重もの銃火が瞬く。弾道予測と同時に射線上の先に重なるように射撃をしつつ高速旋回して回避運動を取る。直後に空中で複数の爆発と、地上の何もなかった場所に火柱が立ち上る。

 視界から完全に消えるソルジャータイプの最大の売りである『(「)透過迷彩(ステルス)』のアビリティなのだが、明は経験でどんな場所に敵が潜んでいるか検討が付いていたし、銃火から瞬時に位置を割り出すという驚異的な反応を以ってこれに対処した。

 これで、四体のソルジャーと一体のヘッジホッグが撃墜された。自身の近くには敵がいなくなったようなので轟音が鳴り響く方へと加速する。眼下には、倒壊するビル郡と赤い暴風が吹き荒ぶ。

 回転する無数の刃でビルを破壊しながら突き進むのは、赤い死神。

 そして、海賊の連中と鏡のウィザードの相性は最悪だ。彼女はアビリティの『神眼』によって、ジャミングを無効にできるし遠距離武装のほとんどを自身の武装で打ち落として無効化できるからだ。


 「問題なさそうだな、適当に観戦させてもらうとしようか」


 明は周囲に警戒しつつ、鏡の戦闘を見守ることにした。

 敵の数が減りジャミングは既にほとんど効果を為さないレベルまで低下し、レーダーも回復した現在なら危険は少ない。むしろ、下手に介入して味方の攻撃に巻き込まれる方がよほど危険だった。


 「あいつ、戦闘になると結構見境ないしな。怖い怖い」


 「聞こえているわよ、後で覚えておきなさい」


 独り言をしていたつもりが、即座に返答される。この分だと、彼女の方にも余裕ができたのだろう。

 狩猟における、狩る側と狩られる側で言えば海賊連中が狩る側であり、ウィザードの方が狩られる獣といったところだろうか。数の優位性や地形と合わせたフォーメーションを展開する海賊連中だったが、実質的な立ち位置は完全に逆転している。


 「と、とにかく包囲だ、引き付けて一斉射撃で仕留めるしかない」


 「ビルの陰に回れ、発射タイミングだけ合わせて打ちまくれ。跡形も残すな」


 元の所属がばらばらだったのか、通信が漏れているのもお構いなしでオープン回線越しに会話する敵対勢力。悪魔染みた強さを誇るウィザードを倒すという共通の目的に対して一時的に協力しているのだろう。

 そんな中を悠々と歩くウィザードのAA。

 そして、敵対勢力の中央まで進んだ瞬間に鏡が凜としたとした声で言い放つ。


 「解放(リリース)!」


 束縛から解き放たれたように、ソードビットが自由に空を駆け向ける。円状包囲の中心である彼女のAAから放射状に、無数の剣が敵に向けて飛来する。

 その動きに対して僅かに遅れて敵の混成勢力が火器を放つが間に合う訳もない。

 丁度彼らは、武道などでいうところの、先の先を衝かれた形となった。自身が動こう、と思った瞬間には、もう攻撃されている状態となった彼らに待っているのは、ただただ死ぬことだけだった。

廃墟になった市街地で、断末魔の叫びを上げる間も無く、彼らは散った。

 戦闘の余波を受けて巻き上がっていた土煙が掻き消えていき、少しずつ視界がクリアになっていく。

 飛ばした武装を回収するウィザードの頭上から、躍り掛かる人影が明の眼に映る。

 白兵戦用のナイフの武装を手に、背後からの奇襲だった。

 レーダーは性能に関らず、至近距離で複数の敵が存在していると判別不能になるという欠点を利用した作戦だ。


 「馬鹿、油断するな!」


 空を一条の矢となって駆ける機械の妖精。

 戦闘継続時間に応じて速度の限界値が上昇していくアビリティ『(「)累進加速(ライジングスピード)』の効果で、一時的にフェアリーの速度は弾丸すらも凌駕していた。刹那の加速と同時に迷彩カラーのソルジャータイプを一刀のもとに両断する。


 「こんなところで死ぬ気か!」


 一瞬、呆けたような間を置いて鏡が返答する。


 「え、援護するって、言って、いたから」


 一呼吸の間を置いて、少し拗ねたような口調で鏡が言う。助けられたという事実を遅れて理解した彼女は、嬉しさと悔しさがない交ぜになって、怒りともつかないそんな言葉しかいえなかった。


 【THE END】


 短い沈黙をかき消すように、システムアナウンスがフィールドに響き渡る。


 「信頼の裏返しと受け取って置く。だが、無理はしないでくれ」


 「はあ、はあ。でも、無理をしなくちゃできないことをやっているのはお互い様だよ」


 呼吸を乱しながら鏡が言う。仮想空間上で体が疲れるということはないのだが、精神の疲労が肉体に反映されているのだろう。


 「それで、一体いつからこんなことをやってるんだ?」


 「朝から、かな。百人切り、達成しちゃった」


 「お前、待ち伏せされているってわかっているならなんで俺を呼ばなかった! それに無理にそんな時間から戦闘なんてしなくても、しばらく待っていれば奴ら同士討ちしたかもしれないだろ!」


  明の言うように、複数の勢力が入り乱れた戦場であえて一人でヘイトを集める必要はなかったはずである。目立った動きをすれば、それを潰そうと一時的に手を組む可能性は十分にあったはずだし、現実にもそうなっているのだから。


「最初は、君の露払いのつもりだった。でも、ありえないかも知れないけど、あいつら全員が同じ場所に向かって水月のところに行って、それで彼女が捕まったら、きっと酷いことされるから」


 途切れ途切れの言葉が、明の胸に響く。


 「それでも、それでも、お前が死んだら意味ないだろ」


 彼女を怒る気持ちなど、明の中からはとうに無くなっていた。そして、自分のことは棚に上げているとは思っていなかった。


 「少し、疲れちゃった。先に行って」


 「お前は、もう休め」


 「そうさせてもらうね」


 《Translation》


 巨大な戦闘用のAAから、現実の肉体を模したアヴァターへと姿を変える鏡。

 この状態でいれば、戦闘の余波に巻き込まれることはあっても、エリアが重なって敵性機体とエンカウントすることはない。周囲の敵が全滅した今現状なら、当面の間は安全だろうと明は踏んだ。


 「行ってくる」


 「行ってくるといい。だが、君が死ぬと悲しむ人がいることを忘るな」


 瓦礫に寄りかかり、少しかすれた声で鏡が言う。


 「ああ、生きて帰ってくるよ」


 そういって、明は街の外れにあるゲートへと加速するのだった。



 修正中と。

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