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ROG(real online game)  作者: 近衛
一章
11/151

1‐3‐1 Again

 

 それは、半年前の記憶だった。

 白い服を着た少女がこちらを向いて微笑んでいる。明にはそれが夢であると言うことがわかっていた。なぜなら、今はここにいない彼女の姿がそれを自覚させるからだ。こちらを向いて微笑んだ直後に彼女は音も無く消え。

 それを見送っているのは紛れも無く明自身だった。

そして、その瞬間だけが繰り返され、今も彼の目の前で一人の少女が音もなく消えていくというあっけないもの。


 (引き止めろよ)


 直後に視界が暗く染まり、再び光が見えると彼とその少女が親しげに話している場面が繰り返される。巻き戻った世界で結末の決まった未来へと時が流れていく。

 不幸な偶然で強盗に殺されるなら犯人を恨めばいいだろう。酔っ払いに事故で殺されたならば、そいつなり飲ませた奴なりを恨めばいい。だが、恨む対象すら見つけられずに死という事実だけを繰り返され、何度も愛しい人の笑顔を見せられるのは、当人にとっては悪夢以外の何物でもない。

 彼には、自分に向けられる笑顔さえ自身を責めるように映るのだから。いっそ夢の中でくらい憎んでくれる方がずっと気が楽だった。

 彼に背中を向けて少女が歩き出す。

 夢を見ている自分の意識が叫ぶ、彼女を行かせてはならないと。

 夢の中の自分が、声も無く見送る。

 

(もう見たくない)

 

そのたびに、何もできないでいる自分が悔しくも恨めしい。

 そして、しばしの別れは永久への別れになり。

 

(なんで笑っていられるんだよ!)

 

 彼女の後ろ姿が視界から遠ざかっていく。

 彼の目の前で、残酷な未来へと時が流れる。

 一人の少女の消失。

 そして、視界が光に包まれ、過去にあったことと無かったことが歪な形で繋がり、事実とは異なる場面が何度も繰り返されていく。あたりまえの、ありきたりな日常でしかないと思っていたそれは、失ってみて初めてその大切さに気付く。

 何度目かになる光のまぶしさに意識が覚醒する。


 「いくなっ!」


 熱病にうなされるような意識を振り払い、明は体を起こす。トンネルを抜けた直後のような感覚の誤差が引き起こす僅かな違和感を味わう。その感覚にここが現実の世界であると改めて認識させられる。

そうして、今日も朝がやってくる。


 「はあ。久しぶりだな、この夢を見るのは」


 先日、懐かしい相手と再会したのが原因かもしれない。

 嘆息し、着替えを済ませ仕事場に向かうのだった。




***




 「おはよう、平治」


 「おう、おはようさん。明」


 『電脳技術研究所』、略称を『電研』とする部署の扉を開ける明。薄暗いデスクに座っているぼさぼさ頭の友人にあいさつをかわす。そして、この部署はこんな名前ではあるが、国の直属の機関であり士官学校のような側面を持っていた。

 明の正面で明るい口調で話すのは同期の三島平治、仲間内での通称を『三等兵オサム』とする人物だった。


 「朝早くから精が出るな」


 「見習え、(あが)めろ、そして、俺に何かおごれ」


 「なんだよ、金欠か? ここの給金はかなりいいはずだろ」


 通常の給料に加えて命懸けの仕事が多いためか手当てが別個に付くし、それぞれがこなした仕事の報酬はさらに別勘定で加算される。若くして、年収数千万の人間はここではざらにいた。


 「ふはははは。独身のお前には、妻と子どもと親父と母親とその借金を背負う俺の気持ちなどわかるまい」


 そんな状況を理解できる立場には、絶対になりたくないと苦笑しつつ明は答える。


 「まあ、本当に困っていたら少しぐらいは貸してやるよ。俺は金を使う時間が無いから、たまる一方だからな」


 学生時代に言っていた玉の輿という夢を見事に実現した三島だったが、その希望が実現した直後に奥さんの会社が倒産し借金を背負うことになった。ある意味では一番劇的な人生を歩んでいるのは彼だった。


 「マジで、困ったら頼むかもしれん。……俺の家族を」


 「はあ、お前が言うと冗談に聞こえない。勘弁してくれ」


 朝から色々と重過ぎる話に嘆息し、自分のデスクに座りながら明が答える。


 「くく、三等兵が二階級特進して一等兵になったときは、頼むぜ。相棒」


 部屋自体が少し薄暗いためか、彼の顔にはより一層の悲壮感が漂う。仕事柄、スラングやブラックジョークには慣れているとはいえ、笑うに笑えない明だった。

ちなみに、二階級特進とは、兵隊が死んだときに行われる措置だった。


 「お前は、比較的安全な中東ブロックを担当しているだろうが。現実の中東と違って仮想のあちらはやばい奴なんてそんなにいないんだろ」


 「石油が枯渇しかけて文明的に後退しているからな。つっても、最近はPITの普及の所為でそれなりにはやばい奴もいるさ」


 とはいえ、あちらの方では裏取引などもアナログなやり方がまだまだ現役らしく、それに伴う情報のやり取りも仮想ではあまり行われていないのが現状だった。教育が行き届いていないことと、原始的な方法はアルゴリズムの抜け穴でもある。

 加えて単純にPITを使用している人口が少なく、広大なブロックの中でイカレタ連中と出会う可能性は低い。


 「それなりに、ならいいじゃないか。こっちは、日常的にサイコ野郎に会うんだぜ」


 呆れるように明は、少々大げさに両手を肩の辺りで広げる。あえて道化のように演じて見せるが、見ず知らずの人の生き死に、いちいち一喜一憂していては精神が持たないということでもある。


 「昨日もドンパチやっていたもんな。血の気の多いことで」


 先日の戦闘も『海賊』崩れのバトルマニアとのものだった。

 初めはただの聞き込み調査のはずだったのだが、ヴァーチャルドラッグをきめている奴らが仲間に何人かいたらしく、いきなり戦闘に巻き込まれる形となった。


 「好きでやっている訳じゃないさ。合法だろうが正当防衛だろうが殺しなんて後味のいいものじゃない」


 殺し、といっても、戦闘によって破壊したからといって確実に死ぬ訳ではないし、運がよければ手持ちの金を失うだけですむ。とはいえ、それだけでは自分が殺していないとは言い切れないので、常に嫌な感覚がつきまとう事になる。

 そして、その曖昧な感覚こそが、殺す側のモラルを崩している。自分は、誰も殺していない、これは正当なゲームの報酬でしかない。殺し殺されるという、非日常的なスリルも味わえるために、麻薬染みた魅力がこのゲームにはあった。


 「そう思えるうちは、俺たちはまだ大丈夫さ。ところで、明。面白い情報があるんだが聞いてみるかい?」


 おどけるように両手を胸の辺りで広げ、平治が言う。


 「勿体付けるなよ。そうだな、本当に面白かったら飯をおごってやろう」


 「約束だぜ。俺たちが使っている、この仮想空間やPITの製作者であるアハリ・カフリ氏が現在行方不明なのは知っているよな?」


 約束だぜというところをやたらと強調して平治が話し始める。案外、彼のお財布事情は深刻なのかもしれなかった。


 「そりゃ、俺たちのような仕事をしている連中なら誰でも知っているだろ。アハリ教授を知らない人間を探す方が難しいさ」


 「そう、関連する技術を軒並み一人で作り出した彼が失踪したことで仮想に関する技術は現代にありながらロストテクノロジー化してしまった。ここまでは俺達にとっては一般常識の範囲だが、実は『GENESIS』に関しては別の人間が作成しているんだ」


 「たいした技術者がいたもんだな」


 「しかも、何と半世紀近くも昔の奴らしい」


 「それは、どういうことだ?」


 仮想に関連する技術のほとんどはアハリ教授が生み出したものであり、ここ数年で出てきたものだった。単純に考えれば、そんなに昔の時点で既に存在している、ということはありえないことだった。


 「あれが仮想での戦闘ツール、って側面ばかり見ているとそう思うのは当然だ。しかし、仮想が普及して初期の頃はただのゲームだったんだぜ? そのベースになるソフトが昔に発売されていてもおかしくは無いだろ」


 「それもそうか。続けてくれ」


 一瞬の間を置いて沈黙し、冷静になってから返答する明。平治はそれを見てニヤリと笑い続きを話し出す。


 「研究者として成功していたアハリ氏は、このゲームがかなり好きだったそうでな。今の水準から見れば化石同然のレトロゲームだったこともあって、権利ごと格安で買い取ったらしい。それを転用したものが、俺達が使っているヴァージョンって訳だ」


 「確かに、興味深い話だったな。わかった、飯はおごってやる」


 「やりい、メシ確保。ついでに言うと当時販売されたゲームの説明を少し調べてみたんだが、どうやらこいつの基本的なストーリーは天使の連中と悪魔やいわゆる被造物が戦闘する話らしい。AAの種類が豊富なのは、天使対その他って構図だかららしいな」


 明の驚いた様子に、心底嬉しそうな表情で語る平治。


 「ストーリーが存在するって事は、シナリオが進行するってことか?」


 先日の話が、明の脳裏をよぎる。過去に実際にあったゲームであるなら、その攻略方法を見つけられれば特効薬的効果も期待できる。


 「おそらくは、な。つっても、単純に移植版なのかどうかははっきりしていない。何十年も前に発売されたマイナーゲームの詳細なんか調べたってでてきやしねえよ」


 「権利もアハリ氏が独占しているわけだしな。詳細を調べるのは無理か」


 「そういうことだ。さて、互いに仕事を開始するとしようか」


 「時間か」


 《Access》


 十字架のアクセサリーを握り強く思考する。

 PITを介して口頭でも入力は可能だが、現実では口頭での入力はしないのが『電研』の方針だった。

 指の神経を通じ、自分自身が機械の一部であるかのように脳にイメージを浮かべると、十字架型の端末から電気信号が衛星回線を通じて衛星サーバー上に転送される。


 「俺も、お仕事するとしますか」


 そうして、今日もいつものように仕事が開始されるのだった。


 修正しましたったと。

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