X‐X‐X Crossroad
人は死後、天国か地獄に行くという。
『仮想空間』なる、意識完全没入型のネットワークが登場するようになった科学万能時代。未だに、否、そんな時代だからこそなのか、都市伝説となってまことしやかにうわさされているのが、電子幽霊。
いわゆる、ワイヤードゴーストだった。
それは、仮想空間上での『死』を現実でのものとして受け入れられない者が作った『異端』なのかも知れないが、そんなものを信じてしまうほどに、あっさりと何事も無かったかのように仮想での死は起こり得る。
肉体はほとんどそのままに、意識のみが刈り取られ、眠るように逝く死に様は、夢と現を誤認させる。現実で死んだ者が楽園や地獄に召されると言うのならば、仮想で死に仮想で蘇った彼らは、一体どこから来て、どこへ向かうと言うのだろうか。
そして、ここはそんな狭間の世界の一端。
どれだけの始まりと終わりがあっただろうか。
幾千、幾万、幾億回の出会いと別れを繰り返して、二人はそこにいた。
「やっと、会えた」
青年の頬には歓喜の涙が流れ、声無く震える。
「……私の声が聞こえますか?」
青年に呼びかける少女の声が静かに響き渡る。
「聞こえているよ、君の声が」
「ふふ、夢ではないのですね」
「ただいま、愛しい人」
穏やかな笑顔で少年はいう。
「お帰りなさい、私の愛しい人」
微笑を浮かべて白い少女は答える。
「「愛している」」
重なり合った声は、ただ闇へと融けていく。
***
そして、これはそんな彼女が観測し続けてきた未来の一端。
漆黒の闇を月明かりだけが照らす。
大理石で作られた神殿で両者は向き合っていた。
「お前を殺すためにここまで来た」
青い機械の装飾をまとった片割れが言う。その声に激しさは無いが、静かに淡々と言う声は強い決意を感じさせた。
「待っていたよ、新城明」
最高位の天使を模した、純白の機械天使が彼の声に答える。
「アティド・ハレ。あんたは誰よりも強く、何よりも正しかった」
「絶対的な正義などあり得はしないさ。君の正義もまた、一つの正しさだ」
正義という概念はあくまでも相対的なものであり、対立概念としての悪を必要とするもの。ゆえに観測する視点が変われば正義は悪に、悪は正義に転化し得る。結局のところ、対立してしまった正義は、戦うしかその証左の方法を持たない。
「だが、道は違えた」
共に戦う同士となり、同じ道を歩む未来もあったのかもしれない。だが、そんな未来は訪れなかったからこそ、今という現実がここに存在している。可能性という未来が収束して今という現実を形作り、過去となって確定していくのだ。
「復讐も一つの正義だ。君には、俺を裁く資格がある」
ここに来るまで、敵対する相手の同胞を一体どれだけ殺し合ったのだろうか。その行為をした当事者を恨む者、力の無さを悔やむ者、同胞の死を嘆く者は、多くがその望みを果たせずに朽ちていった。何かを望む者は、自ら戦い、切り開き、屍を越えていく。
「誰に認められるまでも無い。俺は、俺の正義を貫くだけだ」
妖精は挑む、頂に君臨する者へ。
「ならばその正義、証明して見せろ」
御使いは試す、その力を。
そうやって意思を貫き続けた者だけが前に進み、今こうして対峙している。
「決着をつけよう。これで最後だ」
「ならば、これで全てを」
「「終わりにしよう」」
重なり合う声の響きは、終わりと始まりを予感させる。
二人は戦う、望む未来を手にするために。
***
そして、これはあったかもしれない未来の可能性の一端。
玉座の間で少年の前に居るのは巨大な魔物だった。
王を喰らい、神さえも喰らうと言う悪の根源。強者を強者が喰らい、より高みに登ることを強制された世界で両者は戦い、今日まで生きてきた。今ここで二人が対峙するのは、偶然ではなく、あるいは、必然なのかもしれない。
「待っていたぜ、お前は俺を楽しませてくれるのかい?」
漆黒の悪魔は笑う、誘う、昂ぶる。
「戦士としてお前を倒す。ただそれだけだ」
青き機械の装飾を纏った青年は、その手に剣を掲げる。ここまで来るために幾つもの死を、困難を乗り越えてきた。その経験が彼の背中を押して、こうしてここに立っている。強者と対峙する恐怖はあるが、彼には支えてくれた仲間がいる。
「くくくく、それにしてもお前がくるとは。だが、できるつもりか? この世界の神さえも喰らったこの俺を殺すことが」
悪魔は嘲り、荒ぶり、そして、決意を問う。陽炎のように揺らめく黒き魔物の姿が波打ち、獣となったかと思えば、竜となり悪魔へと姿を変えていく。その姿は、あたかも内に秘めた獣を押さえ込むかのようにも映る。
「だが、お前は神ではない。それに御託はいらないだろう」
妖精の戦士は、静かに、そして、強く言葉を紡ぐ。
「始めよう、審判の時だ」
悪魔は鳴らす、終末の鐘を。
「なら、神話の通り朽ち果てろよ。憎しみの根源が」
戦士は、揺るがぬ決意を胸に言い放つ。
「悪意と共に我が名を呼べ、憎悪と共に我を殺せ。我が名は災厄、ニクム・ツァラー」
悪魔は望む、その敵として存在することを。
「新城明。推して参る」
一人の戦士でしかない彼が、歴史という大きな流れの中で何かを成すことはないのかも知れない。だがこれは、確定した歴史や決定付けられた運命ではない。一介の兵が王を討ち英雄となる未来もまた存在するのだろう。
とりあえず、全編に渡り修正作業と並行して本編の続きを一気に書いていきます。
内容的には、誤字の修正や表現の見直し等になるので、興味のない方は新しいとこだけ読めばいいと思います。