秘密のプレゼント
結局健人と当麻は一睡もせずに夜を明かした。
話が尽きなかった事もあるが、なんせ日焼けした背中がヒリヒリ痛くて
とても寝れるような状態ではなかった。
「あーあぁ、とうとう朝になっちゃった。もう今日は東京に帰らなきゃ
ならないんだね。もうちょっと、ここにいたかったなぁ…。」
健人の言葉に当麻も同意した。
「ほんとだね。なんか東京帰るのが嫌になっちゃう。また明日から時間
と人に追われる生活に戻るんだよ!考えただけでも気が滅入る。」
当麻が深いため息をついた。
沖縄に来ると、帰りは誰しもそう思う。
せわしなく生きる毎日から逃れ、心と身体の癒しを求めにやって来て、
ゆったりと流れる沖縄時間に身をゆだねるうちに、いつしか心身共に
再生し、また日常へと戻る日がやって来る。
その時には皆が思うのだ。「あーあぁ、帰らなきゃならないのか…。」と。
「でも、楽しかったね!今度はまったくの仕事抜きで、時間を気にせず
この島に泊まりたい。また三人で来れたらいいよな、夕日を見に。」
「今度はちゃんと荷物を持って泊まろう!この状態で俺ら、誰にも
見つからないでホテルまで戻れるといいけど…。」
健人と当麻は、二人の間で熟睡している雪見のボサボサの髪と、ほぼ
すっぴんにまで剥げた化粧の顔を眺めながら、そうつぶやく。
と、その時、雪見がパッチリと目を覚ました。
「あれぇ?私もしかして寝ちゃってた?二人ともずっと起きてたの?」
「起きてたよ。当麻と二人でゆき姉の寝顔、ずっと見てた!
結構寝言いうんだね、ゆき姉って。面白かったよ!」
「やだ!変なこと言わなかった?」
「大丈夫だよ!それより、その頭は大丈夫じゃないと思うけど。」
健人が雪見の頭を指差す。
鏡で自分の姿を見た雪見は「最悪!」と一言叫んで、大急ぎで顔を洗い
ボサボサな髪を取りあえずの三つ編みにして輪ゴムで留めた。
それからさっと布団をたたんで、三人で朝食を摂りに下へ降りる。
食堂にはすでにおじさん手作りの、美味しそうな食事が並んでいた。
「うわっ!朝からご馳走!いっただっきまーす!」
三人は、「美味いっ!」と叫びながら、心づくしの朝食を平らげた。
「おじさん、本当にありがとうね!ご飯も美味しかったよ。
このTシャツもありがとう。着替えが無かったから助かった!」
と、雪見が頭を下げる。
するとおじさんは、真っ黒い顔から白い歯を覗かせ、笑って言った。
「十年位も前に、店にTシャツ置いてたなぁーと思い出してさぁ!
袋にほこりかぶってたけど、中は大丈夫そうだったから。
色男は何を着ても似合うもんだなぁ!」
そう言われて健人と当麻は、お互いの姿を眺めてうんうん!とうなずく。
そろそろ、この町を出発する時間がやって来た。
支払いを済ませ、三人は名残惜しそうにおじさんの車に乗り込む。
窓を全開にして、当分味わうことのできない竹富島の風を、顔全体で
感じてみる。
たった一日しかいなかったのに、なんだか故郷を離れる時のように
胸がきゅんと痛くなった。
高速船乗り場前で車を降り、おじさんに再度お礼を言い別れを告げる。
「おじさん!おばさんが入院中でも、あんまりお酒ばっかり飲んでちゃ
ダメだよ!ちゃんとご飯も食べて、一人でも頑張ってお店続けなきゃ!
今年はもう来れないと思うけど、来年になってまた猫の仕事に戻ったら
必ず来るからね。それまで元気でいてよ!」
実の娘のように心配する雪見の優しさに、おじさんは涙ぐんでいた。
「あぁ、待ってるさぁ!今じゃ雪見ちゃんだけがうちのお客みたいな
もんだからな。あんなボロい店でも、かあちゃんが生きてるうちは潰す
わけにはいかんし。少しずつ手直しして、今度雪見ちゃんが来る時まで
もうちょっと綺麗にしておくよ!その時には二部屋とは言わず、三部屋
でも四部屋でも使っていいから、またあんた達も一緒に来ればいいさぁ!」
おじさんは少し寂しげに笑って言った。
健人と当麻は、その場では詳しい事情は聞かなかったが、あまり良い
ことは想像していなかった。
石垣島行き始発の高速船が、すぅーっと岸壁を離れる。
いつまでもおじさんは、三人に向かって手を振り続けていた。
「おばさん、もうあまり長くはないみたい…。」
船のデッキに立ち、青い海を眺めながらぽつんと言った雪見の言葉に、
健人と当麻はやはり…と胸を痛めた。
十分で石垣港に接岸。急いで降りて逃げ込むようにタクシーに乗る。
三十分ほどでホテルに到着した。
タクシーを降りた健人たちが最初に出会ったのは、ホテルのロビーで
新聞を読んでいたスタイリストの牧田だ。
牧田は一目三人を見るなり、「なに、その格好!」と絶句した。
すっかりこの『チームうみんちゅ』姿が身体に馴染んだ三人は、牧田に
向かって「なにか?」という顔をする。
が、髪は洗いっぱなし、顔は日焼けして真っ赤、パンツはヨレヨレで、
どこからどう見ても昨日までのイケメン二人組とは思えない格好に、
「早く部屋に戻って着替えなさーい!」と牧田が叫んだ。
「雪見ちゃん。あなたも相当ひどい事になってるよ!話は後で聞くから
まずは部屋行って、シャワー浴びておいで!」
牧田の少し呆れたような顔に雪見は、「ごめんなさーい!取りあえず
部屋にもどりますっ!」と、すっ飛んで行った。
雪見が部屋の鍵を開けると、そこに愛穂の姿は無かった。
「あれぇ?どこか散歩にでも行ったのかな?」
シャワーを浴び着替えて化粧をする。やっと普段の姿に戻りホッとした。
荷物をまとめていても、愛穂が戻って来る様子は無い。
ホテルを出る時間になったのでロビーに降り、まずは集まってた皆に
三人が詫びを入れ頭を下げた。みんな、笑って許してくれて一安心。
「あのぉ、愛穂さんは?」と雪見が進藤に聞いてみる。
「あぁ、彼女なら昨日の夜、健人くん達が戻らないとわかると、急用が
できた!とか言って、最終で東京に戻っちゃったの!ありゃ、いかにも
面白くない!って顔だったわね。」
進藤の言葉に雪見たちは、益々東京に戻る気が重くなった。
石垣空港でみんなにお土産を買っていた時、すーっと当麻が雪見の隣り
に来て、小さな袋を手渡した。
「なに?これ。」 雪見が袋を覗き手のひらに中身を受けてみると、
それは沖縄ブルーをしたガラスのピアスであった。
「ゆき姉、いっつもピアスしてるもんね?これ俺からのカメラのお礼。
ゆき姉のお陰でまた写真始める気になった。これからよろしく!先生!
あ、このプレゼントの事、健人には内緒ねっ!」
それだけ言って、また当麻は離れた所へ移動した。
手のひらの青いピアスが、一瞬妖しい光を放ったように見える。
雪見は遠くに当麻の後ろ姿をじっと眺めた。