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お揃いの思い出

「あのね、最初に言っとくけど、ここのママさん夜は相当テンションが

高いからそのつもりで。多分もういい感じで酔ってる時間だから。

あ、料理はめちゃめちゃ美味しいから期待していいよ!

でも、きっと健人くん達の事知ってると思うから、大騒ぎするはず。

ご飯食べて一杯飲んだら、さっさと民宿戻ろうね!」


その店は、昼は食事のできる喫茶店で、夜には沖縄の家庭料理を出す

スナックに早変わりの、五十代のママさんがやってる店だった。

雪見はこの店に何度も足を運んでいるらしく、店に入る前に二人に予め

説明をした。

本当は、二人の事を知らなさそうな老夫婦がやっている沖縄そば屋に

連れて行きたかったのだが…。


「ちょっと中を覗いてくるから、ここで待ってて!」

雪見がドアを少し開けて顔だけ中に入れた途端、店の外まで大声が

響き渡った。


「いやぁ、雪見ちゃんじゃないの!またこっちに来てたの?

なにそんなとこに突っ立ってんのさ!早く入りな!」

相変わらず元気いっぱいのママさんに雪見は、やっぱりね!と思う。

だが、ラッキーなことに他に客は誰もいなかった。


「あれ?今日はお客さん、誰もいないんだね。じゃあ、あと二人連れてるんだけど、

お腹ペコペコだから大至急美味しい物作ってもらえる?」


「もちろん!なに?外に待たせてんの?早く入りなさいって!」


ママに急かされて、意を決して健人と当麻を店の中に押し込み、急いで

ドアを閉める。と同時に、島中に聞こえたのではないかと思うほどの

大絶叫が、狭い店内にこだました。


「ちょっとぉ!斎藤健人と三ツ橋当麻でしょ!!

なんでこの二人が雪見ちゃんの連れなの?いや、まず座って!ここに。

やだ!ちゃんとお化粧してくれば良かった!

何飲む?ビール?泡盛?いや、信じられない!一緒に飲めるなんて!」


ママの興奮はいつまで経っても収まらないのだが、手だけはせわしなく動かし、

あっという間に三人の目の前に五品もの沖縄料理が出てきた。

健人たちはもう二日酔いは当分御免だったので、酒はオリオンビールを

注文し、一杯飲んでお腹を満たしたら宿に戻ろうと思っていた。


「うわぁ、ゴーヤチャンプルーだ!こっちの料理も美味そう!」

健人と当麻が嬉しそうに言うのを聞いて、ママも益々テンションが上がる。


「さぁさ、たくさん食べなさい!足りなかったらまだ作るよ!

ビールもガンガン飲んで!」

カウンター席に座ったのは失敗であった。

飲むそばからママが向こう側から手を伸ばして、ビールを注いでくる。

健人たちは程ほどに飲みたかったのに…。


お疲れ!と乾杯したあと、雪見が二人に今日の事態を改めて詫びる。

「本当に今日はごめんね!ほんとだったら今頃、ホテルで打ち上げの

真っ最中だったのに。スタッフさんにも悪いことしちゃったな。

主役の二人抜きの打ち上げなんて…。明日帰ったら謝らなくちゃ。」


雪見の落ち込むさまを見て、健人が笑って言った。

「俺、不思議だったんだ!せっかくの夕日を最後まで見ないで

帰っちゃう人が結構いたでしょ?

なんでこんなに綺麗なのに最後まで見届けないんだ!って、少しイラッ

と来たんだけど、あぁ、こういう事だったのね!って。」


「そう!俺も思った!この人達この感動がわからないんだ、可哀想に!

とか思ったもん。ごめんねー、みんな!」

当麻もおどけて言った。だが、すぐに優しく雪見を見つめて、

「でもね…。」と言葉をつなぐ。


「でも、船の時間を気にしなかったからこそ、俺たちはあの夕日を見る

ことが出来たんだよね。だから今はゆき姉に感謝してるよ!

凄いものを見せてくれてありがとう!感動をありがとう!って。

きっと今日の景色は一生忘れないと思う。」


「俺も。三人揃って同じ景色を見て、同じ感動の涙を流して…。

絶対にずっと忘れない。いい旅だったよな!来て本当に良かった。」

健人たちの思いやりある言葉に救われた雪見は、いつもの雪見に戻ることができた。


「やーっぱり、泣いてたでしょ!二人とも。ほんと泣き虫なんだから!

でもね、私も二人にあの夕日を見せてあげられて、本当に良かった。

台風シーズンなのに雨にも当たんなかったし、きっと日頃の私の行いが

いいんだな!きっと。」


「ほーら、調子に乗って来ちゃったよ!絶対この人プラス思考だから、

明日になったらきっと、私のお陰!って話だけになってるよ。怖い!」

健人が肩をすくめ、みんなで大笑いしてビールを飲み干した。



お腹が一杯になったので、健人たちは会計をして帰ろうとレジ前へ。

すると近くの棚に、綺麗なガラスのアクセサリーが並んでいるのが目に

留まった。それは工芸家でもある、この店のママが作った作品だった。


「うわぁ、綺麗!これって全部ママさんが作ったの?売ってるんですか?」 健人が聞いた。


「そう!私、こう見えても、こんなもん作れちゃうんだよ!

どう?三人でお揃いのブレスレットなんか、旅の思い出にいいよ!」

商売上手のママに言われて、当麻はその気になった。


「ねぇ、これ沖縄の海みたいな色で綺麗だよ!買おうよ、お揃いで!」

健人も雪見も、同じ物に目が行ってたのですぐに意見がまとまった。



帰り道、三人の手首には、同じ沖縄ブルーのガラスのブレスレットが

月夜に照らされキラキラと輝いていた。


「えへへっ、綺麗だね。ぜーったい無くさないでね、みんな!」

雪見が二人に向かってそう言うと、健人と当麻は顔を見合わせた。


「これ見るたびに思い出すよな、きっと。ゆき姉の、船に乗り損ねた!

って時の顔。今思い出しても笑える!」


三人はじゃれ合う子犬のようにして、宿までの道のりをてくてく歩く。

夜の十時に人と出会わないなんて、東京では考えられない。

周りの目から解放され、健人も当麻も素の自分に戻って癒やされた。



「おじさん、ただいまぁ!私たちの部屋、どこ?」

勝手知ったる他人の家なので、雪見はさっさと中に入り二階に上がる。

健人たちも慌てて雪見の後について二階へ上がった。


「あぁ、雪見ちゃんがいつも使ってる部屋だよ!」

階段の下からおじさんが叫ぶので、取りあえずはいつもの部屋のドアを

開けてみた。


「なにこれっ!!」  雪見の大声に後ろの二人が部屋を覗く。



そこには、横一列になぜか三枚の布団が敷いてあった。


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