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竹富島の夜

雪見は一瞬で頭の中が真っ白になり、フリーズしてた。


「お、おじさん。今、もしかして最終の船は出ちゃったって言った?」

雪見は心臓をバクバクさせながら、そこに平然とした顔をして立つ

おじさんに聞き直した。


「あぁ、もうとっくに出たさぁ!今の時期の最終は六時半前だから。

いやぁ、遅くなったしぃ有名人二人連れだから、ここじゃなくて

てっきりどこかいい旅館にでも泊まるんだとばっかり思ってたのに。

まーさか船に乗り遅れたとは、さすが雪見ちゃんだなぁ!」

別に慌てる様子もなく、にこにこ顔しておじさんは答える。


だが雪見には、にこにこ顔ににこにこ顔で返す余裕など有るはずもなく

鬼のような形相でおじさんの腕に取りすがった。


「おじさん!知り合いの漁船でも何でもいいから紹介して!

どうしても帰らなきゃならないの、石垣に!お願い!助けて!」

雪見が手を合わせて懇願する。だが、おじさんは首を横に振った。


「無理だよぉ!今の時間はもうどの船も沖に出ちゃってるわ。

諦めて今日はうちに泊まんなよ!そんで朝一番の船で石垣戻るしかないねぇ。」


どうしたって今日中に戻る事が叶わないと知った雪見は、プツンと

緊張の糸が切れ、ポロポロと涙をこぼし始めた。


「ゆき姉、泣くなって!仕方ないよ。おじさんの言う通りにしか方法が

ないなら、そうするしかないんだから。」

当麻が雪見の肩に手を置いて慰める。


「そうだな。帰りの飛行機に間に合えばいいんだから、朝イチに石垣

戻れば大丈夫でしょう。

おじさん、船の朝一便って何時ですか?」 健人が聞いた。


「石垣行きの始発は7時45分だよ。十分で着くんだから、飛行機は

間に合うでしょ?泊まりなさい、泊まりなさい!」

なんだかおじさんが嬉しそうだ。


「だって、泊まるにしたってお財布とケータイとカメラしか持ってない

んだよ!着替えも無いし化粧道具も無いし、替えのコンタクトも無い!

たった十分で着くなら、泳いで渡れそうなのにぃ…。」

いつまでも諦めきれずにいる雪見が、泣きながらそう言う。


「えっ!ゆき姉って、そんなに泳げるの?昔、競泳選手だったとか?」

健人がビックリした顔で雪見に聞いた。


「自転車も乗れない運動音痴の私が、泳げるわけないでしょう!

泳げたとしたってこんな夜に泳がないでしょ、普通。例えよ、例え!」


雪見は少しずつ事態を理解し、自分の中で納得し始めていた。

これはもう、答えはたった一つしか無いのだな、と…。

そう頭の中で整理がつくと、潔く気持ちを切り替えられるのが雪見の

良いところで、いつまでもうじうじと悩んではいない。


「はぁぁ…。よしっ!仕方ない、今日は泊まろう!

おじさん、もちろん部屋は空いてるよね?」

いきなりの変りようにおじさんは多少ビビッたが、すぐににんまりと

笑って答えた。


「もちろん、全室空いてるよっ!」


「ぜ、全室ぅ?」 今度は健人と当麻がビビッた!

この観光シーズンに全室空いてる民宿っていったい…。



「そうと決まれば、早く今野さんに連絡しなくちゃ!

きっとみんな私たちの帰りを、お腹空かして待ってるんだろうなぁ。

あー、なんて言い出そう!絶対に怒られる!けど早く電話しなきゃ!」

雪見は自分を奮い立たせて意を決し、今野に電話を入れる。


「あ、今野さん!雪見です。あのぅ…、申し訳ありません!!

帰りの船に乗り損ねてしまいましたっ!ごめんなさい!すべて私の責任です!

どうやっても帰る手段が無いので、今日はこっちに泊まって朝一番の船で石垣に戻ります!

八時半過ぎにはホテルに戻れると思うので、大急ぎで帰り支度をしますから…。

本当に申し訳ございませんでしたっ!あの、皆さんにも申し訳ないと

伝えて下さい。あ、健人くんと当麻くんは元気にしてますから!

はい!撮影も無事終わりました!お陰様で良い写真が撮れたと思います。

はいっ、はいっ、わかりましたっ!

じゃあ、そういう事でよろしくお願いします。失礼します!」


はぁーっ、と雪見はため息をついた。一気にまくし立て一気に気が抜ける。


「今野さん、なんて言ってた?」 

恐る恐る健人が雪見に聞く。当麻も心配そうに顔を覗き込んだ。


「めちゃくちゃビックリしてたけど、明日は帰るだけだから、飛行機に

間に合えばいいって。仕方ないから一晩のんびりしてこい!だって。」


「やったぁーっ!ほんとに?今野さん、怒ってなかった?」

健人が歓声を上げたあと、ちょっとだけ心配そうに聞いた。


「怒るというよりも、呆れてたかな?なんでそうなるの?みたいな。」

雪見の答えになぜか健人も当麻も納得顔をする。


「まぁ、今野さんも俺たちと同じ事を思った訳だ。

普通はそう思うよね。なんでやねんっ!って。俺も思ったもん!」

健人がここぞとばかりに言う。


「まぁまぁ!ゆき姉にすべてお任せだった俺たちにも責任はあるん

だから。ゆき姉だけ責めるのは可哀想だよ。

それより、せっかく本当のプライベート旅行になったんだから、時間を

有効に使わなきゃもったいないよ!

なんかお腹空いたから、飯でも食いに行かない?ぶらぶら歩いて。

おじさん、近くになんか美味いもん食えるとこ、ありますか?」

当麻がおじさんに聞いてみた。


「あぁ、あるさ。ここから真っ直ぐ行ったとこに、美味い沖縄料理を

出す店があるよ。夜十一時までやってるはずだから、そこでご飯食べて

戻っておいで。それまでに部屋の準備をしておいてやるから。」



おじさんの言う通りにすることにした。

部屋に置いてくる荷物もないし、そのまま健人たちは外に出て

涼しい風に吹かれ月明かりの下を歩き出す。


外には人っ子一人もいなかった。

健人がきょろきょろと辺りを見回す。何をしてるのかと思ったら

どうやら道を覚えているらしい。

雪見を当てにしててはいけないぞ!というように…。

当麻も、それが正解!と言わんばかりに一緒にキョロキョロし出す。



どこまでも続く白いさんごの道に三つ並んだ影は

いつしかつないだ手によって、一つの長い影へと変化している。


足元を見ながら三人は、このひとつになった影がいつまでもどこまでも

後ろから付いてくることを祈りながら歩いていた。



竹富島の静かな夜がやってくる…はずだった。


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