感動のち雪見のドジ!
カイジ浜で存分に猫を撮影し、満足した顔の雪見と健人。
この二人は本当に猫が好きなんだな、と当麻は二人の顔を交互に見た。
「健人くんが撮した今の写真、次に出す猫の写真集に載せてあげる!」
雪見がニコニコしながらそう言うと、健人は大喜びした。
「やった!ほんとに載せてくれるの?ほんとに?スッゲー嬉しい!
俺、そしたら本屋にある写真集ぜーんぶ買い占めて、みんなに配って
歩こうっと!あ、当麻はちゃんと自分の金で買ってね!」
「なんでだよ!俺にはくれないわけ?
ねぇねぇ!俺も今、密かにいい写真が撮れたと自分で思ってんだけど、
もし使えそうだったら俺のも入れて欲しい!ダメ?」
当麻がそう言いながら、雪見に借りた一眼レフのデジタルカメラを
雪見に手渡した。
「ちょっと見てくれる?」
当麻が撮してた事に全く気づいて無かった雪見は、てっきり当麻も
猫を撮したんだと思いながら、デジカメのデータを再生して見た。
「えっ!?私?私を撮ったの?」
雪見が、いきなり写し出された自分にビックリする。
しかもよく見ると、カメラの基本をしっかり押さえたかなり高度な
テクニックを使って雪見を撮したことがわかった。
「もしかして、当麻くんってカメラやってたことある?」
「ちょっとだけね。高校の時、実は写真部だった。
これは俺の中では暗い過去だと思ったから、今まで誰にも話した事
なかったんだけど…。さすが、プロの目はごまかせないんだね。」
関心したように当麻がうなずいた。
「そうだったの。もったいないよ!せっかくいい腕持ってるのに。
私から見て、当麻くんはカメラのセンスがあると思う。
もうやる気はないの?写真。やる気があるなら色々教えてあげるよ。」
当麻と雪見が共通の話題を持ってるとわかって、健人は少々面白くない
顔をする。
それに気づいた雪見が慌てて、
「じゃ、そろそろ本日のメイン会場に移動しよう!」と話題を替えた。
三人は来た道をずっと戻って、西桟橋という所にやって来た。
ここは島一番のサンセットスポットで、真っ青な海に突き出た桟橋が
印象的な場所だった。目の前には西表島やカヤマ島が見える。
夕方ともなると、海に沈む夕日と赤く染まる空を見に来る島の人も多く
地元民も自慢のスポットであった。
今日の日没予定時刻は午後6時43分。あと三十分ほどでその時刻を迎える。
健人たちは、チラホラ集まり出した人のあいだを、バレないように
うつむき加減で前へ進み、突き出た桟橋の一番先頭に腰を降ろした。
すでに空と海は茜色に染まり始めている。
二人は海に足を投げ出し、膝の上にカメラを置いてその様子をじっと見守った。
雪見はどうしても二人のシルエットを、写真集に見開きで載せたいと
思ったので、健人たちの後方でカメラを構えている。
いよいよその時がやって来た!
この風景こそが健人と当麻にどうしても見せたかった、雪見が日本一
綺麗だと思う夕焼けだ。本当にお天気に恵まれたからこその完璧な茜空である。
雪見は一番美しいタイミングを逃してたまるものか!と、無我夢中で
シャッターを切る。
健人も当麻も、その夕日の圧倒的な美しさに言葉を失い無言のままだ。
言葉にした途端色あせてしまう気がして、そこにいた誰もが息を詰めて
自分を赤の中に溶け込ませて立ちすくんでいた。
泣き虫なこの二人が涙を浮かべるまでに、そう時間はかからなかった。
お互い泣いているであろう事は気配から感知できたので、ただただ
真っ直ぐ前を向いて座ってる。
もし万が一にもこんな顔を誰かに見られて、写真でも撮られた日にゃ
大変だ!と思っていたので、早く陽が落ちて夕闇にならないかな、
とさえ思い始めていた。
「あ!忘れてた!写真とらなきゃ!」
当麻が突然思い出し、慌てて膝の上のカメラを構えシャッターを切り出す。
健人も「そうだった!」とあとに続いてシャッターを切り始めた。
そうして二人はさり気なく涙を拭い、後ろを振り向いて雪見に笑顔で言った。
「凄くいい写真が撮れたよ!」
「そう!良かった!」
たったこれだけの言葉と笑顔で、心の中のすべてが通じた。
それだけで充分!あとは二人の心に、いつまでも今日の日が刻まれて
くれることを雪見は願う。
辺りが赤から黒へと変った時、雪見が「さぁ、帰ろうか。」と二人を
促した。
「みんなが待ってる石垣島に戻ろう!」
薄闇の中を自転車のヘッドライトだけを頼りに、まずは自転車を借りた
民宿を目指す。
が、昼間とはまったく見える景色が違い、わずかな距離のはずなのに
なかなかたどり着くことができない。
やっとの思いで民宿の明かりを見た時には、心底ホッとした。
おじさんが、帰りの遅い三人を心配して店先に立っている。
「ごめんねー、おじさん!すっかり遅くなっちゃった!」
「いやぁ、雪見ちゃんのことだから、今日みたいな天気の日は絶対に
西桟橋だなと思ってたさぁ!でも、迷子にならないかは心配だったよ。
いっつもは車だからぁ。」
おじさんが笑いながら三人に言う。するとすかさず当麻が
「なりました!迷子に。ゆき姉のナビはあんまり当てにしちゃいけない
って事が、今回の旅でよーくわかりました!」
と、おどけて答えた。
おじさんは優しい目をして健人と当麻に伝える。
「また雪見ちゃんと一緒に、この島へ戻って来るといいさぁ!
今度は半日なんて忙しいこと言わないで、ここに泊まってのんびりするといい。
普段はテレビとか映画とか、よくわからんけど忙しくしてんだろ?」
「ええっ?!おじさん、この二人を知ってたの?」
雪見がビックリして大声で言った。
「いやぁ、俺は知らんかったが、さっき向かいのおばぁがこの二人を
窓から見てて、雪見ちゃんたちが出掛けたあと、家に転がり込んで来て
そんなことをわめいてったからぁ!
えらい有名人だって言うんでしょ?悪いけどここにサインもらえる?」
おじさんは何を思ったか、側らにあった愛用の大事な三線を手に取り、
ここにサインして!と黒マジックも持ってきた。
スッと健人が手を伸ばし、マジックと三線を受け取る。
「ここでいいですか?」
「あぁ、いい、いい!これって、客に自慢してもいいかい?」
「どうぞ!また今度、必ず来ますから。はい、当麻も。」
当麻が三線を受け取り、健人のサインの横に自分のサインを入れた。
「俺も必ず来ますから、それまでこれ、大事にしてて下さいね!」
そう言いながら、三線をおじさんの手に返す。
「じゃ、おじさん。悪いけど東港まで乗せてってもらえる?
もう石垣に戻らなきゃ! 私もまた来るからね。それまで元気でねっ!」
「へ?もう最終は出ちゃった時間だよ!」
「うそだろーっ!!」