表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
88/443

竹富島の青空

竹富島はすべての日常を忘れさせるほどの、緩やかな時間と空気が流れる島だ。

サンゴの砂を敷いた白い道と石垣。家々の庭に咲き誇るハイビスカスや

ブーゲンビリア。

赤い瓦屋根の上ではユーモラスなシーサーが、全員こっちを向いて

健人たち三人を「ようこそ!」と出迎えた。



「ゆきねぇ!どこまで行けばいいのさぁ!」

前を自転車で走る当麻が、後ろを振り返りながら叫ぶ。


「もっと真っ直ぐ!危ないから前を向いて走りなよ!

曲がるとこに来たら、ちゃんと教えるからぁ!」

ママチャリに二人乗りした健人の後ろから、雪見が大声で当麻に伝えた。


「地図見なくてもわかるの?」 健人が後ろの雪見に聞く。


「わかるよ!だって迷いようが無いくらい小さな島だもん。

それに今まで全部合わせたら、ここに何ヶ月いたことか…。

ここに住みたいくらいに大好きな島なの。」


「俺も前に写真集の撮影で一度だけ来たことあるけど、

あの時はこんな風に、自転車なんて乗る暇も無かったなぁ。

けど、青くて綺麗な海はよく覚えてる。今度来る時はプライベートで

彼女とでも来たいなぁー!って思ったのを思い出したよ。」


健人がチラッと後ろを見ながら、そう言う。


「じゃあ、願いが叶った?」

雪見の問いかけに健人は「もちろん!」と、元気よく答えた。



「ゆきねぇ!海だよ、海!」 

かなり前を走る当麻が、遠くから叫ぶ声がする。


「あれぇ…?」 やっと追いついた雪見たち。

しかしそこは、目指していた浜辺ではなかった。


「カイジ浜じゃなくて、コンドイビーチに出ちゃった!」


「ゆき姉、地図見なくてもわかるって言ってなかったっけ?」

自転車から降りた雪見に向かって健人が、ニヤニヤしながら聞く。


「おっかしいなぁ。健人くんとおしゃべりしてるうちに、曲がり角

間違えたんだ、きっと!」


「俺のせいかよっ!けど、ここって俺が前に写真集撮ったとこだ!

もう一度来たかったんだ!いいじゃん、ここでも。ここにしよ!」


健人と当麻はすでに自転車を置き、海に向かって走り出していた。


コンドイビーチは島の西側にある遠浅のビーチだ。

まるで絵はがきのように綺麗な、イメージ通りの沖縄の海が広がる。

だが有名なビーチゆえ、シーズン中は結構な人で賑わう。

雪見は人目を避けて撮影したかったので、あえて今回はここを省くつもりだった。


「仕方ない。人の居なさそうなビーチの端っこで撮影するか。

ちょっとぉ〜!二人ともぉ〜!あっちに行って、あっちに!」


雪見が大声で遠くを指差すと、二人は競うようにして白い砂の上を駆けて行った。


しばらく歩いてやっと雪見が追いつく。

健人と当麻はすでにパンツの裾をめくり上げ、裸足で海に立っている。


「おっそーい!何やってたの?早く撮影始めないと。」

当麻が雪見を急かした。雪見はハァハァと肩で息をしながら汗を拭う。


「ちょっと一休みさせて!カメラバッグって重いんだから!

あー、なんか飲み物飲もうっと!」


さっき民宿のおじさんが持たせてくれたクーラーバッグの中には、

冷たく冷えたジュースやお茶、カチカチに凍らせた保冷剤にタオル、

大きなブルーシートまでが折り畳んで入れてあった。

雪見はそのシートを砂浜手前の木陰に敷き、腰を降ろして冷えたコーラを一気に飲む。


「はぁ〜っ。生き返ったぁ…。なんか半分、脱水状態だったよ。」

雪見は独り言を言いながら、シートの上にごろんと横になった。


視界に広がるのは、ただただ青い空。

サングラス無しでは目を開けていられないほどの眩しい太陽が、

木陰の隙をぬってはちりちりと肌を刺す。


しばし目を閉じた後、雪見はガバッ!と起きあがった。

「よっしゃ!一丁始めますかっ!!」


健人と当麻のプライベートショットを狙うので、二人には近づかずに

望遠レンズを付けて、離れた木陰からファインダーを覗く。

こうすれば遠目にも、撮影をしてるとはすぐに気づかれないだろう。


健人と当麻も、カメラの方を向く気はない。

だって今は、二人のプライベート休暇の真っ最中なのだから。


こっそりと撮影している自分に気が付き、雪見は可笑しくてクスクスと

笑いながらシャッターを切った。

これって、いつもの猫の撮影と同じだよねっ!



「あー、暑かったぁ!なんか飲み物!」

健人と当麻が汗を流しながら木陰に逃げ込む。

「はい、どうぞ!」

雪見が、シートに腰を降ろした二人に飲み物とタオルを手渡した。

「うっめーっっ!生き返るぅ!」

そう言いながら健人はタオルで汗を拭い、バタンと大の字に寝ころんだ。

「いいねぇ、こういうの。なんか、すべてがリセットされる感じ。」

当麻も隣りに寝ころんで目を閉じる。


静かにざわめく波の音と、頬を撫でる心地よい風。

昨夜の飲み疲れも手伝って、いつしか二人はすやすやと眠りに入った。


「まぁいいか。プライベートな旅なんだから…。」

雪見は、二つ並んだ美しい顔を交互に眺めながら、自分も最高の贅沢を

味わっているなぁと、青い海に目を移した。



カシャッ!カシャッ!

シャッターの切れる音で健人が目を覚す。すぐに当麻も起きあがった。


「あー、スッキリした!めちゃ気持ち良かった!」

うーん!と伸びをしながら健人が言う。当麻も晴れやかな顔をしてた。


「いい写真撮れてる?」当麻の問いに雪見はファインダーを覗いたまま

「撮れてる撮れてる!この写真、健人くんの写真集だけに使うの、

もったいないなぁ!いっそのこと、当麻くんも写真集出しちゃえば?」

と、当麻をけしかける。


すると健人が、「ダメーっ!当麻は愛穂さんに撮ってもらえば?

密かに愛穂さん、好みのタイプでしょ?年上だし、綺麗だし。

どことなーく、前の彼女に似てるよね?」と、当麻を覗き込んだ。


「まぁ、似てるっちゃ似てる気もするけど、あんまりピンと来なかったなぁ。

それに彼女はどう見ても、健人に惚れちゃった気がするけど…。

あ!ごめん、ゆき姉!別にどうって事じゃないから。

健人とゆき姉の間に割って入れる奴なんて、この世にいないだろ?」


当麻は余計な事を言ってしまった自分を後悔した。

一瞬で曇った雪見の横顔を見ながら、健人にも「ごめん!」と詫びる。


少し置いて雪見が、自分の心を励ますように海に向かって大声で叫ぶ。


「頑張れ、ゆきみぃ〜!!

よしっ!次行こ次!今度こそカイジ浜!荷物まとめてねっ。」


三人はまた二台の自転車にまたがって本来の目的地を目指し、

来た道を少し戻って右に曲がり、猫の集うカイジ浜に向かって走り出した。



沖縄のギラギラした太陽は、どこまでも三人の背中を追いかけて来た。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ