女性カメラマン同士の火花
『ヴィーナス』来月号の巻頭グラビアを飾ることになった三人。
雪見は、不思議な気持ちでカメラの前に立っていた。
『なぜカメラマンの私が、こっちに立っているんだろう。
本当は向こう側の人間なのに…。これでいいの?私。』
いつも、何度も繰り返される自問自答。
頭の中では解ってるつもりなのに、その場に立つとやはり迷いが出る。
すべては健人の写真集のため。答えはただ一つしかない。
それは充分解っているのに…。
そんな雪見を見透かすように、愛穂が注意する。
「雪見さん!もっとカメラに集中して下さい!
心がここにありませんけど!そんなもんですか?あなたって。」
雪見はカチンときた!『そんなもんですか?』だって?
年下の同業者に言われたことが、なおさら雪見に火を付けた。
「そう。じゃ、お手並み拝見といこうかしら。
今日はあなたがカメラマン。明日は私がカメラマン。
どっちがファンの心を掴む、健人くんと当麻くんを撮せるかしらね。」
愛穂の言葉を引き金に、女性カメラマン同士のライバル心が露わになった。
「ちょっと、ゆき姉!落ち着きなよ!
なんでこんなとこで張り合ってんの。勝負したとこで何になるのさ!」
「そうだよ!それよりも夕日の撮影までに、他のショットは
撮り終わらないといけないんだから、三人で頑張ろうよ!」
健人と当麻が、なんとか雪見をなだめようと必死になる。
だが愛穂は、してやったり!と心の中でニヤリとしていた。
思った通り雪見は挑発に乗ってきた!
これは、今イチ撮影に乗り気でない被写体に対して、ハリウッドでも
よく使っていた手である。
まぁ、雪見とのカメラマン対決なんていう、馬鹿臭くてやるだけ無駄な
ことは適当に流しておくが…。
「霧島も雪見ちゃんも、対決しにわざわざ沖縄まで来た訳じゃ
ないんだからさぁ!みんなで協力していい写真を撮ろうよ。
仕事が終わったら、美味い料理と酒が待ってるよ!
汗して仕事したあとのオリオンビール、旨いだろうなぁー!」
見かねて中に割って入った阿部の言葉に、みんなの喉がゴクリと鳴った気がした。
「よーし、ここからは真剣勝負な!
霧島!暑いからこまめに休憩入れながらやれよ。
サポートするから、どんどん俺に指示を出せ。遠慮はしなくていい。」
阿部の声を合図に、やっと撮影が再開される。
それからの健人たち三人とカメラマン愛穂は、それぞれが高いプロ意識のなかで
順調に予定されていたカットを撮り終え、残すは沖縄の綺麗な
夕日をバックにした撮影のみとなった。
丁度良いアングルになるまでにはまだ陽が高い。
夕暮れ時に差し掛かったとは言え、この時間でもまだ充分に暑かった。
健人たち三人は一度クールダウンするために、エアコンの効いた
マイクロバスの中に逃げ込んだ。
中にはすでに進藤と牧田がスタンバイしていて、汗で崩れた三人の
化粧を一人ずつ直していき髪を整え、最後に着る衣装を手渡した。
「この時期の沖縄は台風が心配だったけど、いいお天気で良かったね!
これだけ晴天だと、夕日も綺麗に撮れるだろうなぁー。」
雪見の髪を直しながら、そう進藤が言う。
「たぶんグラビア的には最高の写真になると思うけど、さすがに
炎天下の沖縄の日差しはきっついわぁ!
俺、日焼け止めいっぱい塗ったはずなのに、すでに顔がヒリヒリだ!」
「ほんとだ!健人くん、早くにケアしないとまずいわ!
取りあえず応急処置でこれ塗っておいて!あとでメイクし直すから。」
雪見は髪をセットしてもらいながら、真由子にメールした。
『めめとラッキーはどうしてる?。こっちはいい天気で暑いよ。
ところで、大至急調べて欲しい事があるの。』と…。
どうしても吉川が愛穂を、この撮影に参加させた真意を知りたかった。
今のところ愛穂は、何一つカレンの存在を匂わす事はない。
ただ黙々と自分に与えられた仕事をこなすだけだ。
しかもかなりの凄腕カメラマンであることが、同業の雪見にはよくわかった。
彼女は本当に、カレンが送り込んだ刺客なのか…?
もうそろそろ撮影を再開する、とバスの中にいた人達に声がかかり
健人たち三人はバスを降りたが、あまりにも見事な夕日にしばし
立ち止まって見とれていた。
「うっわぁ!すっげーきれいな夕焼け!やべぇ、俺泣けるかも。」
「俺もヤバイ!こういうのって東京じゃ絶対に味わえない感動だよね。
この写真、部屋に飾っておきたい!」
相変わらずの感動屋さん二人組である。
「おーい、始めるぞー!早くスタンバイしてくれ!
ベストショットを撮れる時間は限られてるんだから!」
阿部の大声に慌てて三人は、また海と夕日をバックにして浜辺に立つ。
背中に感じる夕焼けは、健人たちの心も熱くした。
雪見を真ん中に両側に立つ健人と当麻は、すでに明日へと思いを馳せている。
明日は竹富島に渡って健人の写真集の撮影だ。
午前中は阿部も同行しての『ヴィーナス』連載ページの撮影で、
健人たちを撮影中の雪見を撮る企画だ。
だが午後からは、本当のプライベート旅行を撮るために三人だけに
してもらい、島を気ままに移動しながら撮影をすることになっていた。
これは雪見が、健人と当麻のマネージャーに懇願して実現することに。
三人はその時が楽しみでならなかった。
自然と健人たちに笑みがこぼれる。
大宇宙のエネルギーを身体中に浴びて、今日の撮影で一番のいい顔だ。
ファインダーを覗く愛穂にも、この三人の夕日にも負けていない
巨大なオーラがよく見えた。と同時に三人の関係が気になり出す。
愛穂は、まったくこの三人の噂など知らなかった。
と言うか帰国して間もないので、健人と当麻がどれほどの人気者で
あるのかさえ知らない。
以前にカレンから聞いていた『ヴィーナス』という名前を頼りに
ここの編集部を探しだし、飛び込みでカメラマンを志願したのだった。
そういうバイタリティーは子供の頃からで、誰かの加護を受けてないと
生きてはいけない妹とは、昔から反発し合って育ってきた。
だから吉川も、愛穂がカレンの味方であるとは考えず、
逆にこちら側の味方に付ければ、カレンをどうにか封じ込めることが
出来るのではないか、との思惑があったらしい。
先ほどあった真由子からの返信メールは、そう伝えている。
雪見は、やっと心からの笑顔でカメラの前に立っていた。
明日の仕事に胸を躍らせて…。