新たな敵?
待ち合わせ場所の出発ロビーには、すでにみんな集っていた。
「よぅ、健人!お疲れ!ゆき姉も、三日間よろしく!」
当麻が健人と雪見を出迎えた。
健人が当麻とハイタッチして嬉しそうに笑っている。
「雪見ちゃん、おはよう!今日からよろしくね。
私、沖縄でロケするって編集長に言われて、もう嬉しくって!
すっごいこの日を楽しみにしてたんだ。」
スタイリストの牧田が、ニコニコして雪見に歩み寄る。
「それって、当麻くんが一緒だからじゃないですか?
今回の当麻くんのベストショット、約束通り牧田さんにプレゼント
しますから、楽しみにしてて下さいねっ!
みなさんも、三日間よろしくお願いします!」
雪見がその場にいた同行者たちにぺこりと頭を下げた。
が、頭を上げてよく見ると、一人だけ知らない女性が混じっている。
当麻とマネージャー、健人に今野、『ヴィーナス』編集部からは
スタイリストの牧田にヘアメイクの進藤、マネジメント担当の藤原、
カメラマンの阿部に雪見の、総勢九人のご一行様だと思っていたのだが
一人、二十代半ばの綺麗な女性がその場にいた。
「牧田さん。彼女は…?」
「あ、ごめんごめん!編集長に紹介するように頼まれてたんだった!
愛穂ちゃん、ちょっとこっち来て!」
牧田は、進藤と談笑していた彼女を手招きして雪見の前に呼んだ。
「彼女、新しく入ったカメラマンの霧島愛穂さん!
今回はあなた達三人のグラビアを担当するのよ!」
「初めまして。今回カメラマンを務めさせていただきます、霧島と
申します。いつも妹の可恋がお世話になっております。」
雪見の表情が一秒で凍り付いた。
少し離れた場所にいた健人と当麻も、カレンという言葉に反応して
すぐさま雪見の側に走り寄る。
一体、どういうこと…。なぜ、牧田は平然としてるの?
「彼女ね、こんなに若いのに、今までハリウッド映画のスター達の
撮影にも携わってきた凄腕カメラマンなの。
編集長の大抜擢で、今回のグラビアを担当することになったわけ。
で、阿部ちゃんはグラビアを降ろされて、雪見ちゃんの連載コーナー
専属になっちゃったんだよねっ!」
牧田がニヤニヤしながら阿部の顔を見る。
すると阿部の反撃が始まった。
「ひっどいねぇー、牧田さん!
悪いけど、降ろされたんじゃなくて譲ったの!」
阿部が目を剥いて牧田を睨み付けた。
「いや、編集長にね、霧島をお前のアシスタントに付けるから
一緒に沖縄へ連れてってくれ!って言われてさ。
うちの編集部に来て初めての仕事だし、技量も判らなかったから
まずは前に霧島がやった仕事を調べさせてもらったんだけど、
これが結構凄くてさ。ビックリしたわけ。
で、取りあえずは、グラビア担当するだけの技量は持ち合わせてると
思ったんで、今回はこいつの腕試しで仕事ぶりを拝見しよう!って。
少しやらせてダメそうだったら、すぐに俺とチェンジするから
悪いけど三人とも、こいつに付き合ってやってくれる?すんません!」
阿部が大きな体を二つに折って、健人たちに懇願するので
三人は顔を見合わせた。
理由は解ったが、カレンの姉を送り込んだ吉川の本意が理解できない。
牧田も阿部も、別にどうという顔はしていなかった。
健人と当麻のマネージャーも、何事もなかったように平然としている。
一体これから、何が起こると言うのだろう…。
健人たち三人は、もしかしたら周りの誰もが敵の仲間なのでは?
という疑いの目と疑問、恐怖に囲まれてしまった。
ここにいるのは、七人の敵対三人の仲間。
だとしたらこの沖縄の旅は、とても大きな仕掛けの罠だと言える。
すでに罠の中に飛び込んでしまったからには、そう易々と脱出する事は
出来ないだろう。
ずっと楽しみにしていた三人揃っての旅行のスタート地点は、
一瞬にして足元も見えない、お化け屋敷の入り口へと化してしまった。
定刻通りに羽田を飛び立った那覇行きの便は、まだまだ真夏の太陽を
求める人々の楽しげな声で賑やかだった。
しかし、ここに横並びで座ってる三人に、笑顔はひとつも生まれない。
帽子を目深にかぶり、下を向いたまま身じろぎもしなかった。
本当だったら今頃三人で、くだらない冗談でも言って笑い合ってたはずなのに…。
席に着いてどれくらい経っただろう。やっと健人が最初に口を開く。
「ねぇ。どういう事だと思う?」
真ん中に座る健人が、両隣の当麻と雪見に聞いた。
「解らない…。カレンが敵と知ってて、その姉を送り込んだ吉川さんは
一体敵なのか味方なのか…。」
当麻が、後ろに座るマネージャー達に聞こえないように、
最小限の声で二人に話す。
雪見はまだうつむいて、黙りこくったままだった。
霧島愛穂…。彼女は何者なのか。
私と同業者のカメラマン。年はカレンと三つ違いの26歳だと言った。
妹はハーバード大学を出てすぐに帰国。『ヴィーナス』のモデルを
しながら、叔父のコネでテレビ局でもバイト。
姉は日本でカメラマンになった後、すぐにハリウッドへ転居。
少しの下積みだけでメキメキと頭角を現し、日本の若くて可愛い女性が
ハリウッド映画のスター達を撮す!と、かなりの評判だったらしい。
そんな彼女が、なぜ帰国してすぐに『ヴィーナス』のカメラマンに…。
この姉妹には幾つかの共通点があるが、それをすぐさま敵の片割れと
決めつけるのは、少し乱暴すぎやしないか。
牧田や進藤たち、健人と当麻のマネージャーも、なぜ平然としているのか。
考えても考えても、今の時点で答えは見い出せない。
ならば、考えるのやーめた!となるのが雪見であった。
「ねぇ、当麻くん!昨日の夜にね、健人くんと私とで白い子猫を拾って来たんだよ!」
突然雪見が笑顔で話し始めたんで、当麻と健人はびっくりして
窓際に座る雪見の顔をまじまじと眺めてしまった。
「なんて名前を付けたと思う?
健人くんが、『ゆき姉に拾われてラッキーだからラッキーにしよう!』
だって。どう思う?その名前。」
いきなり雪見に振られて、当麻は慌てて答えた。
「あ、あぁ、そうなの?なんかラッキーって、犬みたいな名前だね。」
「はぁ?犬みたいだって?俺が心を込めて付けた名前に、おめぇは
文句たれるわけ?じゃ、どんな名前が良かったか言ってみろよ!」
「しろたん、とかミニーとか…。」
「それじゃ別にラッキーでも大差ないだろーが!」
いつもの二人らしいやり取りに、雪見はいつまでもクスクスと笑いが
止まらず、ほんの少しだけ心の霧も晴れ間を見せた気がした。