旅の始まり
「そろそろ下に降りてなきゃ!あとの事はお願いねっ!
冷蔵庫の中は全部真由子用に買った食料だから、好きに食べていいよ。
じゃ、なんかあったら連絡して!いってきます!」
「めめ達の事は心配しなくていいから。
お土産は請福の一番高い泡盛でいいよ!あと、ミミガージャーキーね。
三日間、一生懸命仕事して一生懸命楽しんでおいで!
じゃ、行ってらっしゃい!」
真由子に見送られ、雪見はマンションのエレベーターを降りる。
さぁ、ここから二泊三日の沖縄石垣島旅行の始まりだ!
仕事とは言え、健人と行く初めての旅行に胸が高鳴る。
しかも健人の親友当麻も、すっかり仲良くなった『ヴィーナス』編集部
プロジェクトメンバー四人も一緒の旅だ。
今から楽しい三日間が想像できる。ワクワクした。
だが、常に忘れてはならない事があった。霧島可恋の存在を…。
マンションの下で待っていると、程なく今野と健人が乗ったワゴン車が
到着した。運転手は、こっちに残るサブマネージャーの及川だ。
「おはようございまーす!三日間、よろしくお願いします!」
そう言いながら雪見は、カメラの機材やら自分の旅行バッグやらを
急いで車の後部に乗せ、健人の横に座って出発進行!
「ラッキーはどうしてる?」 開口一番、健人が聞いてくる。
「真由子がいるから大丈夫だよ!三日間、家に泊まってくれるから。」
「そう!良かった!助かるよね、そういう友達がいると。
真由子さんになんかお土産買って帰ろう。」
「すでにリクエストされてるから。石垣島の高い泡盛!
あ、『どんべい』のマスターにも泡盛買って帰ろう!安いやつ。
忘れないよう私に言ってね。」
なんだか新婚旅行に出掛けるところのカップルのようだ。
朝から二人の世界に浸る健人と雪見に、すかさず今野が釘を刺した。
「お前達。くれぐれも気を付けてくれよな!他人の目を。
常に見られてると思って意識しろよ!
親戚同士であって、カメラマンと俳優の関係なんだから。
まぁ、こないだの記者会見で仲の良さをアピールしといたから
多少は多めに見るけど…。」
健人と雪見は、今野が面と向かっては言わないが、二人の仲を
認めてくれてると感じ、嬉しくなった。
健人が今野に、三日間の予定を聞く。
「飛行機は、羽田9時55分発那覇行に乗って、石垣行に乗り換え
到着は14時30分予定。
石垣に着いたら真っ直ぐマエサトビーチに行って、
まずは来月号の『ヴィーナス』のグラビア撮影。
特別グラビアで、健人と当麻、それと雪見さんの三人の特集だ!」
「えーっ!うそでしょ?なんで私まで!」
初耳な話に、雪見はもちろん健人も驚いた。
「そうだよ!なんでゆき姉まで!」
「こないだの記者会見の問い合わせが『ヴィーナス』編集部に殺到してるそうだ。
斎藤健人と一緒に出てた浅香雪見って何者だ。
もっと知りたいから、特集をやってくれ!ってね。
で、吉川さんが、当麻との三角関係騒ぎの後すぐにうちの事務所に
連絡してきて、これも逆手に取って、三人一緒に特集を組もう!
って話になった。写真集の宣伝も兼ねてな。
吉川さんのお陰で、この旅行が実現したんだぞ!
じゃなかったら、健人が会見で勝手に言った当麻とのプライベート旅行
なんて、今のお前達のスケジュールじゃ絶対に無理だったんだから!
あんだけ大々的にテレビで言っといて、もし行けなかったらとか
考えなかったの?お前。」
今更な今野の説教に返す言葉もなく、健人は「済みませんでした。
以後気を付けます…。」と言うしかなかった。
雪見はまさか、こんな事態になるとは予想もしてなく、
カレンの事も忘れて、ただ自分の仕事に集中しようと思っていた。
なのに、またしても本職以外のやり慣れない事をやらされる。
健人の事務所に所属してしまった以上、事務所の決めたことに
文句を言える立場ではないが、多少の憤りは感じていた。
しかし、すべては健人の写真集のため。事務所も『ヴィーナス』編集部も、
あらゆる手段で健人と雪見の写真集を売ろうとしてくれている。
そのことに対しては、最大限の感謝を表さなくてはならない。
ならば、雪見に与えられた役目はどんなことでも受け入れて、
持てる力のすべてを出し切って答えるのが礼儀ではなかろうか。
そう思った瞬間、雪見は「よし!やってやろうじゃないの!」
と、背中のスイッチがONになった。
「私、頑張ってやってみます!」
隣で健人が、雪見のいきなりの変りように目が点になってる。
今野は嬉しそうに「健人のために頑張ってくれ!」とだけ言った。
明日は石垣島から船で竹富島へ渡り、丸一日健人の写真集の撮影だ。
当麻とのプライベート旅行でのスナップ、という設定なので
終日二人に島を遊び回ってもらい、素顔の二人に迫る。
いよいよ雪見の本領発揮だ!が、同時にもう一つの仕事も進行される。
『ヴィーナス』での連載コーナーの撮影だ。
健人の写真集の完成までを追うコーナーで、健人を撮す雪見を
『ヴィーナス』のカメラマンが撮すと言う二重構造だ。
雪見はこの仕事が憂鬱だった。
果たして自分の仕事に集中出来るのか。邪魔されないのか。
こればかりはやってみないと判らないので、考えないことにする。
「竹富島はね、私の一番好きな島なんだ。去年も半年間民宿に泊まって
猫を撮して歩いたの。カイジ浜って言う星砂の浜に猫が集ってて、
ほんとにゆったりした気持ちで撮影が出来るんだ。
健人くんも前に竹富島で写真集撮ったことあるでしょ?
カイジ浜は行かなかった?」
「うん、行ったことない。早くそこに行ってみたい!」
健人は猫が集る浜辺と聞いて、目を輝かせた。
「私たちってほんと、猫好きだよねぇ!」
ワイワイ二人でやってるうちに、どうやら羽田に到着したようだ。
今野が現実に引き戻すように、健人と雪見に言った。
「車から一歩降りたら周りには敵が潜んでいると思え!油断するな。」
二人は顔を引き締め、サングラスと帽子を目深にかぶり車から降りる。
荷物を持って、当麻たちが待つ集合場所へと急いだ。
さぁ、いよいよみんなの旅のスタートだ!