これってデートのお誘い?
ほんのわずかな時間ではあったが、プロの動物カメラマンがシャッターを切るには充分だった。
が、ファインダー越しに見えたものは…
黒のバケットハットを目深にかぶり、顔の半分以上を黒のマスクが隠し、そして黒縁の大きな眼鏡をかけた小柄な男性。
服装からして、今どきの若い男だとは一目で判ったが、なんせ顔がほとんど隠れてた。
でも、あの黒縁眼鏡と背格好…
見たことがある、絶対に。
それも、つい一ヶ月前。
ちぃばあちゃんちで…
いや、テレビの画面の中で?
望遠レンズの先の被写体が、ほんの一瞬、こっちを見つめた気がした。
あの人はいったい…
気づけば、あんなに出来てた人だかりが跡形もなく消えてる。
私は慌てて、まだ残って余韻に浸ってた女子高生二人組に、さっきの人は誰だったのかを聞いてみた。
彼女らは、未だ興奮覚めやらずといった感じ。
「えー知らないのぉ?俳優の斎藤健人じゃん!超イケメンすぎて死んだぁ!」
「ねぇ、めっちゃいい匂いしなかった?絶対こっち見たよね?ヤバいーー!!」
二人は再びキャーキャー言いながら、化粧室へと消えてった。
やっぱり「斎藤健人」だ…
でも……
心のもやもやは、いつまでたっても消えることはなく、それどころか、さらに勢いを増して覆い被さってきた。
どうしよう…
母さんに…聞いてみようかな。
「けんちゃんって、俳優さんなの?」って。
でも…違ってたら笑われるよな…。
メールして聞こうかどうしようか、うじうじ悩んでいると、お尻のポケットに入れてたケータイが震え出した。
メールだ。誰からだろ?
開けてみて驚いた。それは健人からのメールであった。
ただいま、ゆき姉!
今、成田に到着です
(^-^)v
台湾はウマイ国だったよ
でもやっぱ日本飯が恋しくて
仕方ないので、俺おごるから
晩飯付き合って下さい★
あ、コタとプリンの写真集
忘れないで持ってきてね。
では、次の指令を待て!
by KENTO
次の指令を待て!って……。
……え? 成田ぁあ ⁈
羽田便じゃなかったのぉ??
あたしったら、なんで勝手に羽田だと思い込んでたんだろ。
せっかく迎えに行って、驚かそうと思ってたのに!
なんて そそっかしいんだろ、あたし…。
健人からの突然の誘いに舞い上がり、私はついさっきまで考えていた事など、とうにどこかへ飛んでしまった。
しょうがない。一旦、家に戻るか…
カメラをバッグにしまい込み、私は小走りにロビーを後にした。
マンションへ戻り、めめにエサをあげてから散らかった部屋を片付ける。
今朝バタバタと出掛けて行った痕跡が、あちらこちらに散らばってた。
はぁーっ。
なんだか一日分のエネルギーを使い果たしちゃった感じ。
疲れた…。
そうつぶやいて、めめの寝ていたソファーにごろんと横たわる。
目を閉じると、地中に吸い込まれるように深い眠りに落ちていった。
私は夢を見ていた。
お気に入りの猫カフェに、健人を連れて行く夢だ。
二人で向かい合わせにコーヒーを飲みながら、飽きずに猫たちを眺めてる。
時折近づいてくる子猫に健人は猫じゃらしを上手に操って、実に楽しそうに幸せそうに相手をしてる。
そんな健人の横顔を、頬づえつきながらうっとり眺めてる自分…
……雪見!
…雪見っ!!
誰かが私を呼んでる?
…雪見ってば!起きなさいよ!
え? な、なに??
肩を叩かれ、びっくりして跳ね起きた。
目の前に真由子が立ってるではないか。
「え?真由子?なんでここにいるの?」
「なんでじゃないわよ!
朝から何回も電話してるのに、イエ電にもケータイにも出やしないから、家でぶっ倒れてるんじゃないかって見に来たんじゃない!
呼んでも起きないから本当に死んでるかと思って、こっちが倒れそうになったわよ!」
仲の良い真由子と香織には合鍵を渡してあり、仕事で長く留守する時は二人が代わる代わる、めめの面倒をみに来てくれるのだった。
「ごめんごめん!
朝からバタバタ出かけちゃったもんだから、留守電にしてくの忘れてた。私、爆睡してた?
で、なんか用?」
「いや、別にたいした用はなかったけど…。」
「ありがと。こんなに私のこと思ってくれる友達がいて幸せ ♪
いつ、ぶっ倒れても安心だ。」
笑いながら真由子にギュッと抱きついた。
「ねぇねぇ。来たついでだから、どっか飲みに行こうよ。
明日は日曜だし、久しぶりに朝までカラオケなんかどう?」
そう言われて、ハッ!と健人との約束を思い出した。
「ごめーん!今日は先約があるんだ。また誘って!」
と、両手を合わせて謝る。
「なに?誰よ、誰?」
「別に。友達にご飯誘われてるだけ。」
「さては男ぉ? ねぇ、そうでしょ。絶対そうだ!
顔が一瞬ニヤけたもん。ねぇ、誰?誰?」
「遠い親戚の大学生だよ、親戚の。」
「親戚ったって、男なんでしょ?ピチピチの。」
「なによ、それ。変な言い方やめてよ。」
「なんで親戚の男の子とご飯なんか行くわけ?
ねぇ、そのコ、イケメン?写真とかないの?」
相変わらず好奇心の塊。グイグイくる。さすがだ。
さすが一流商社のキャリアウーマンだ、と毎度感心する。
「写真?…あぁそうだ、あるわ。これ見て。
その子んちの猫で作った写真集!我ながら傑作 ♪
今日はこれ渡すために会って、ついでにご飯食べるの。」
「ふーん…。」と言いながら真由子はパラパラと、コタとプリンの写真集をめくっていた。
が、突然、耳をつんざく大絶叫!!
「ギャァーーーーー!!な、なに、これっ??!!
なんで健人が写ってんのよぉぉ???!!!」