デジャヴュ?
雪見は当麻を見つめ、これはデジャヴュなのではないかと思っていた。
以前にも、これと同じようなシチュエーションで頬にキスされた事がある。
あの時も、タクシーの中で泣いた後、鞄の中から鏡を取り出し
顔を覗いていたときに、不意に頬にキスされた。
それは彼氏である健人からの、愛あるキス…。
だが雪見は、当麻のキスの意味がわからなかった。
酔った上での、何の意味も持たないキスなのか。
それとも、泣いている私を慰めるため、心優しい友としてのキスなのか。
その真意を知りたいと思った。
「どういう意味?」 雪見はあえて冷めた声で当麻に聞いた。
「えっ?」
当麻は、雪見の冷たい声で我に返り、自分の衝動的な行動を後悔した。
自分でも、自分の行動の意味がよく解らなかった。
お酒に酔った勢いでの事か…。
それとも、確かに愛情という意味を持つキスだったのか…。
後者だと答えた場合、雪見はなんて答えるだろう。
自問自答しながら当麻は、やっと自分の真意を見つけてしまった。
『確かに俺は、ゆき姉を愛してる…。』
だがそれを、雪見からの質問の答えにしてもいいのか?
いいや、ダメに決まってる。
雪見は親友の彼女なのだから…。
健人から雪見を奪うなんて出来やしない。
健人との関係を壊してまで奪おうなんて、思ってもいない。
ただ俺は、あの時泣いていたゆき姉が愛しくなって、単純にキスがしたかっただけ。
今、それ以上の答えを出す時間は無かった。
もう少し他の答えがあるのは解っていたが、そんな時間の余裕は無い。
タクシーを降りる前に、健人が目を覚ます前に決着をつけなければ…。
長い沈黙のあと、当麻がおどけた声で雪見に答えた。
「あー、ごめんごめん!俺、酔って変なことしちゃった?
ショック療法みたいなやつ?
ビックリしてた間は、嫌なこと忘れられたでしょ?」
かなりキビシイ言い訳だったと、言ったそばから少し後悔したが
取りあえず、これで愛情の隠れ蓑にはなったかな?とホッとした。
が、相変わらず雪見は、表情ひとつ変えずに当麻を見つめている。
まるで当麻の腹の内を探るかのように…。
「本当にそうなんだね?別に意味なんて無かったんだよね?
……じゃ、安心した。意味がないなら、今のは忘れる!」
忘れる…。そう言われると当麻は、『悲しい』という感情が新たに出現した。
だが今はどうすることも出来ない。
もう、このやり取りを早くに終わらせなければ、雪見のマンションが近づいてくる。
キス以前の自分に戻ろう。雪見を姉のように慕う、健人の親友に…。
「そうそう、忘れちゃって!あ、この辺だっけ?ゆき姉んち。
健人!起きろ!ゆき姉んちに着くぞ!」
「え?ゆき姉んち?なんでゆき姉んちなの?」
まだ酔っている健人には、なぜ三人で雪見の家に向かっているのか
まったく意味が解らなかった。
先ほどのツィッターの話も記憶には無いし、
もちろん、タクシーの中で当麻が雪見の頬にキスしたことも…。
「どうぞ!早く入って!また誰かに見つかると厄介だから。」
雪見が玄関の鍵を開け、当麻と健人を中へと促す。
「へぇーっ!なんかお洒落じゃん!ゆき姉んち。」
当麻が健人を支えながら、玄関ホールを見回す。
雪見はナチュラルインテリアが大好きで、アンティーク雑貨を多く取り入れた
部屋作りを楽しんでいる。
それは玄関先から始まって居間から寝室、トイレに至るまで
トータルでコーディネートされていた。
「健人くん、大丈夫?取りあえず、ここのソファに座って!
今、冷たい飲み物持って来るから。」
雪見がキッチンに入ってる間、健人はソファにごろんと横になり、
当麻は興味深げに部屋のあちこちを見て歩いた。
居間の壁の一角に、いろんな写真を小さなパネルにして飾ってあるコーナーがあった。
その前に立ち止まり、一枚ずつ眺めて見る。
ほとんどが猫の写真なのだが、その中の一枚に目が奪われた。
健人が雪見の肩を抱いて、満面の笑みで映っている写真であった。
それは雪見が健人の実家に泊まりに行った時に近くの河川敷で撮した
初めてのツーショット写真であった。
これを撮した時は、まだ恋人同士になる何時間か前。
シャッターが切れる寸前に、健人が雪見の肩を抱き寄せたので、
健人のイケメンスマイルに対して雪見は、ビックリ顔をしている。
最初雪見は気に入らない写真だったのに、今は大好きな一枚だ。
当麻が身じろぎもせず、ただじっとその写真の前で立ち尽くす。
健人のこんな嬉しそうな顔を、今まで見たことがあっただろうか…。
「その写真、いいだろ?」
突然、後ろから声がしてびっくりして振り向くと、
当麻のすぐ後ろに健人が立っていた。
「それね、ゆき姉と初めて二人で撮した、思い出の写真なんだ。
ゆき姉は、自分が変に写ってるからって嫌がってたけど、
俺にとっては大事な一枚。
この日の帰りにゆき姉が、好きだって言ってくれた一番大事な思い出の写真。
ゆき姉も飾ってくれてたんだね…。」
健人はその写真を、いつまでも愛しそうに眺めている。
その横で当麻も、複雑な思いで同じ写真を見つめていた。
『健人には、どうやっても勝てないのかな、俺…。
ゆき姉が俺を選んでくれるってことは、あり得ないのかな…。』
しばらくの静けさのあと、当麻は自分の思いを吐き出したい衝動に駆られていた。
でも、言っちゃいけない。言ったらすべてが終わる。
でも…。
「あのさ、健人。俺ね…。」
当麻が何かを言い出そうとするのを阻止するかのように、健人が話しかけた。
「当麻、俺ね。ゆき姉が一緒にいないと、生きていけないんだ。
俺にとってゆき姉は、もうそんな存在になっちゃったんだよ…。」
健人の言葉に、当麻は声を失った。
『健人は、俺のゆき姉への気持ちに気付いてる!』
当麻が衝撃を受けている時、二人の元に雪見が飲み物と果物を運んで来た。
「ねぇ!お酒の後にはフルーツがいいんだって!
いろんなの切ってきたから、こっちに座って食べよ!」
雪見の声に、健人と当麻の間の空気がシャッフルされた。
二人の男からの愛情を、雪見はどう受け止めるのだろうか。