あなたを待つ時間
恐る恐るケータイを開くと、それはやっぱり健人からのメールだった。
やっほ〜ぃ!
ゆき姉、ありがとう
(^з^)-☆Chu!!
めっちゃ楽しみぃ
今すぐ飛んで行きたいけど
いま台湾なもんで。
あさって帰るから待っててや!
お土産買ってくよー☆
ではでは…
by KENTO
台湾かぁ。じゃ、無理だね…。
…え?台湾?なんで台湾?
友達と旅行?それとも大学のゼミのなんか?
待っててや!だって。
なんか彼氏からのメールっぽくない?
(^з^)-☆Chu!!だって。 ヤバい。
てか、健人くんのメールも、わりとシンプルだよね。
もっと絵文字だらけかと思った。
あさってかぁ…。どこで渡そう。
…そうだ!車で空港まで迎えに行っちゃう?
きっと荷物もあるだろうし。
内緒で行ったら、健人くんビックリするだろうなぁー。楽しみ楽しみ ♪
それから私は街へと車を走らせ、久しぶりに洋服をあれこれ買い込んだ。
ついでに美容室にも寄って、髪を切った。
それはまるで、初デートの二日前といった光景である。
そしていよいよ、健人が帰ってくる日。
朝早くに目覚めたので、そのままベッドから飛び起き、熱いシャワーを浴びて化粧した。
手早くサンドイッチを作り、淹れたてコーヒーをポットに入れ、カメラバッグを肩に担いで早々に家を出る。
もちろん、コタとプリンの写真集も持った。
道路が混んでる時間帯はいやだし、何時の便で到着するかわからないし。
家を早くに出た理由を、自分自身に言い訳してた。
本当は、ドキドキして家にいられなかっただけなのに。
待ち時間は、飛行機でも撮って遊んでよう。
昔お金がない頃、よく空港行って飛行機やら鳥やら撮して遊んだっけ。懐かしいな。
運転しながら ふと考えた。
健人くんと私って、一回り違うんだよね。
私が33だから、健人くんは…21才?
なんか、おばさんと若者って感じ。
だって私が大学生の頃、三十過ぎた女の人って「おばさん」だと思ってたもん。
健人くんも私のこと、「おばさん」って思ってるかな… 。
そう考えると、嬉々として今日のために洋服を買い、
髪を切った自分が恥ずかしくなった。
いっそこのままUターンして帰ろうか…。
いや、だめだ!
やっぱり、今日渡す約束してるんだから。
健人くん、あんなに楽しみにしてくれてるんだもの。
どうしても早く渡さなきゃ。
そう。私は親戚のお姉ちゃんとして届けるだけ…。
もう、デート前のような浮かれ気分はどこかへ行ってしまった。
今は早く写真集を渡してしまいたい。ただそれだけ。
羽田空港に到着。
台湾からの第一便が着くまでには、まだ時間がある。
私は到着ロビーの片隅で、今朝作ってきたサンドイッチとコーヒーの、遅い朝食を楽しむことにした。
サンドイッチをつまみながら、しばしの人間ウォッチング。
朝っぱらから若い女の子が、ずいぶんといるもんだなぁ。
今日って何曜日だっけ?
あぁ、土曜日か。学校休みなのね。
それにしても、みんな遠距離恋愛でもしてるのかな。
彼氏待ちって感じ。
第一便が到着。
よく見てたけど、健人らしき人は降りてこなかった。
第二便の到着まで、お土産屋さん巡りをすることにする。
わぁ、美味しそうな新作スィーツが勢揃い!
今日のデザートに、なんか買って帰ろう。
第二便が到着。
なんかさっきより、若いコが増えてる感じ。
みんな、誰を迎えに来てるんだろ。
この便にも健人くんはいないみたい。
次の便まで、ちょっと外の空気を吸ってこよう。
私はカメラ片手に、送迎デッキに足を延ばした。
ここへ出るのは本当に久しぶり。
一年に何度もこの空港を利用するが、仕事とあっては ただの中継地点に過ぎない。
仕事抜きで、のんびり旅行でも行きたいなー。
カメラのファインダー越しに、これから飛び立つであろう翼を見つめる。
プライベートで旅行するなら、どこがいいかな?
海外は気持ちが休まらないから、沖縄の離島がいいな。
何回も行ってるけど、やっぱ竹富島かな。
民宿にでも泊まって一ヶ月ぐらい、ぼーっと海だけ眺めて暮らしたい。
そう言うの、命の洗濯っていうんだよね。
私もそろそろ、一回目の洗濯が必要な年頃かもな。
第三便の到着時間が近づいたので、私は慌てて荷物を持ってロビーに戻った。
が、そこには、知らぬ間に溢れんばかりの人だかりが。
な、なんなの ⁉︎ この人達。
一体誰を迎えに来てるわけ?
誰か、人気アイドルでも降りてくるのかな。
……え? みんなカメラ構え出したんだけど。
こうなったらプロとして、黙って見てる訳にはいかないな。
こんな所で予定外のプロ魂がメラメラと燃え上がり、 私は足元のカメラバッグから、一番の望遠レンズを取り出した。
まわりのコたちが、ちょっと引いてる気がする…。
冷静に観察すると、みんな私より十歳以上は年下か。
いや、中学生ぐらいの子もたくさんいるよ。
またしても自分の年齢を意識し出した。
くっそー!負けるもんか!
私はプロのカメラマンに徹することで、自分の意識に蓋をした。
車から三脚持ってくればよかったな。
どこか登れるとこないかな?
あえて後ろに下がって植栽スペースの角に立ち、望遠レンズで被写体を捜した。
と、次の瞬間。
「キャーー!!」
黄色い悲鳴と共に、まわりをたくさんの人にガードされた男が、揉みくちゃにされながら足早に目の前を立ち去った。
えっ ⁈ 今のって…