圧倒的な愛
記者会見会場は、なぜか笑い声に包まれていた。
健人と雪見は話が脱線してばかりで、さっぱり写真集の話に戻らない。
司会の藤原は、もう充分二人の姉弟のような仲の良さはアピールできたし、
時間も押してきたので、そろそろ切り上げて次に進めなきゃ、
とフリートークの終了を二人に告げた。
「えーっ!もう終わっちゃうの?まだまだいっぱい、ゆき姉の面白い話を
しようと思ってたのに!ま、次回のお楽しみに取っておこうか。」
「まだ話し足りないってわけ?じゃ私も、とっておきの健人くんの話、
次回に取っておこうっと!」
二人の会話に藤原が割って入った。
「あのー、お言葉ですが、これに次回はありません!
それと、さっぱり写真集のアピールが無かったので、
改めて一人三分間でお願いします。」
「え?俺たち写真集のこと、話してなかった?全然気が付かなかった!
そりゃヤバい!えー、じゃあここからは真面目にお話しますね。
今回の写真集は、今までの本とは全く異なる、日常の僕が満載です。
心も身体も、素の自分がそっくりそこに詰まった作品になるはずです。
それも、この雪見さんがカメラマンだからこそ、さらけ出せる姿で
この写真集は、雪見さんがいなければ実現しませんでした。
今はまだ撮影の途中なんで、あまり詳しい内容はお話できませんが
写真集の中には、僕の親友でもある三ッ橋当麻とのプライベート旅行の
写真なんかも載せる予定なんで、当麻ファンにも是非買って欲しい!」
健人のおちゃめな顔に、会場がドッと盛り上がる。
だが、ステージ脇にいたマネージャーの今野は、びっくりしていた。
「当麻とのプライベート旅行って、一体どっから出た話だよ!
俺、何にも知らないんだけど。そんなの行く時間、当麻にだって無いだろ!
まったく健人の奴め!勝手にそんな事言って、休みを作らせるつもりだな。
お前の作戦なんか、すべてお見通しだよ!」
そう言いながら、今野は苦笑いをしていた。
「とにかく、今年のクリスマスを楽しみにしていて下さい。
今年一番のプレゼントを、僕から皆さんへお届けします。
あ、それから大事なことを忘れてた!
皆さん、『ヴィーナス』も毎月見て下さいね!
写真集の撮影の裏側を、十二月まで連載させてもらいます。
ここにもオフショット写真が満載になる予定で、今月号は連載一回目
と言うことで、ゆき姉のめちゃめちゃ可愛いグラビアが載ります!
これを見たら多分みんな、ゆき姉ファンになると思う!
まさかのファンクラブなんて出来ちゃったりして?」
隣で雪見が「ないない!」と、笑いながら首を横に振る。
「とにかく、そう言うことなんで皆さん!今度は写真集が出た後に
またお会いしましょう。今日はありがとうございました!」
健人が会場の記者に向かって、深々と頭を下げた。
「では、浅香さんも一言お願い致します。」
司会者に促され、雪見が姿勢を正してスッと前を見据えた。
「今回、私はとても大きく重たい仕事をいただきました。
日本の次世代を必ずや背負って立つ、斎藤健人という偉大な若き俳優を
この私ごときが、果たして撮しても良いのだろうか…。
そう随分と悩みました。ですが撮影を進めて行くうちに、やはり私が
一番最初に思っていたことは間違いでは無かったと、確信致しました。
本当の斎藤健人を丸ごと撮しきれるのは、世界中で私しかいない!
そう思ったんです。それからは迷いが無くなりました。
今私は、全力でこの仕事に取り組んでいます。
命を賭けて撮してると言ってもいいかも知れません。
それは、一人でも多くの人に、この素晴らしい俳優の全てをお伝えして
一人でも多くの人に、彼を好きになってもらいたいからです。
どうぞ今年のクリスマスには、ご家族揃ってこの写真集を手に取って見て下さい。
必ずや私が、素敵な夢を皆様にプレゼント致します。
また明日から、一生懸命撮影に取り組みたいと思いますので、
どうか温かいご声援を、よろしくお願いいたします。」
そう言って雪見は立ち上がり、深く一礼をした。
その姿に、会場からは割れんばかりの拍手が鳴り響いた。
写真集の制作発表会では異例の出来事に、後ろで見守っていた
吉川と真由子も驚いて、思わず辺りを見回した。
横にいる健人も、思わず目頭が熱くなる。
自分の事をこんなにも思ってくれる人が、すぐそばにいてくれる喜び。
「ありがとう、ゆき姉!」
鳴り止まない拍手にかき消されて、雪見にその声は届いただろうか。
会見は、この前の噂に関する質問は一切無く、無事に終了した。
すぐその場で写真撮影会が行われ、次の日のスポーツ紙は一斉に
この日の会見の様子を大きな写真と共に報じた。
八本の取材を次々とこなし、やっと本日の仕事は全て終了!
と同時に、吉川と真由子が駆け寄る。
「いやぁ、お疲れ様でした!素晴らしい会見だったよ。
僕も今までいろんな人の会見を見てきたけど、こんなのは初めてだ。
益々君たちとの仕事が楽しみになったよ!今日はありがとう!」
吉川の言葉に二人で照れる。
「いや、こちらこそありがとうございました!
自由に喋らせてもらえたから、良かったんだと思います。
あ!藤原さんにジュースおごってもらわなきゃ!」
笑いながら健人が言うと、雪見も吉川に向かって頭を下げた。
「吉川さんのお陰で、心配していた二人の関係も聞かれずに
無事終わることができました。本当にありがとうございました!」
「いやいや、あなたの心を打つお話のお陰ですよ。
明日から、多分とんでもない反響が編集部にも届くでしょう。
カメラマン以外の仕事も、どんどん入ってくるかと思いますが、
どうか写真集の仕事を第一にお願いしますよ!
なんせ、日本中の人が期待してクリスマスを待ってるんだから。」
「はいっ!明日から気合いを入れ直して頑張ります!
健人くん!容赦なくビシバシ行くから覚悟しといてね!」
「おう!望むところだ!どっからでも、かかってこい!」
輪の中に笑いが広がった。
「雪見。私感動したよ!健人くんを思う気持ちの大きさに圧倒された。
今まで見てきた雪見の中で、一番かっこいい雪見だった!」
真由子が雪見の手を握り締めながら、そう言った。
「今までの私はカッコ悪かったってこと?
でもね、私、自分でも少し変わったかな?と思った。
昔はこんなとこで喋るなんて、考えただけでも逃げ出したくなったのに
今は、自分の口からきちんと伝えることが大切なんだ、って解ったの。
心の中でだけ思ってたって、何にも伝わらないんだな、って。
少し忙しくなると思うけど、また一緒に飲みに行こうねっ!」
笑顔で真由子をハグした雪見を、遠くの物陰から覗く、一人の女がいた。
それは、あの噂を流した張本人、健人のドラマスタッフのあの女だった!