新人タレント雪見
吉川が気を利かせて、会見の前に健人と雪見二人だけにしてくれた。
「なんだか凄い緊張しちゃう。どうしよう。上手く話せるかな…。」
雪見が大きくため息をついた。
「大丈夫だよ。ゆき姉一人じゃないんだから。俺が隣にいるよ。
もし言葉に詰まることがあっても、俺がちゃんとフォローするから心配しないで。
ゆき姉はプロのカメラマンとして、自信を持ってみんなの前に出ればいい。
俺も俳優 斎藤健人として、いつも通りにキメるから。」
そう言って健人はすでに人気俳優の顔になり、にっこりと微笑んだ。
「健人くん。私、もしかしたら会見で、凄い冷たい事言うかもしれない。
でも、それは本心では無いって事、覚えておいてね。」
「わかってるよ。全ては二人の写真集のため、だよね。
ねぇ、今日の仕事が全部終わったら、また猫かふぇ行かない?
当麻も、仕事が終わったら行くって言ってたからさぁ。」
「え?当麻くんも行くの…。うーん、でも私たち、会見終わったあと
取材が八本も入ってるんだよ、八本も!一体何時に終わるわけ?」
「八本だって、そんなには掛からないさ。今日の取材は全部写真集関連の話だし、
ここの場所で受ける取材だから、次々に終わらせられるよ。
じゃ、俺、当麻にメール入れとくね!ゆき姉の芸能界デビューを祝う
ワインを持ってこい!って。」
「芸能界デビューって、そんな大げさな!」
「あれ?まさかゆき姉、今野さんからまだ話聞いてない?
今日からゆき姉は、うちの事務所の所属タレントだって!」
健人がビックリした顔して言う。
が、それ以上に驚いているのは、もちろん当の本人の雪見であった。
「なにそれ!!そんな話、私ひとつも聞いてないよ!
どういう事?私が健人くんの事務所の所属タレントって!」
雪見が大声を張り上げて健人に詰め寄る。
「ちょっと落ち着いて!昨日のグラビア撮影のあと、
吉川さんがうちの事務所に来て、これからの戦略を話し合ったらしい。
で、いろんな企画をやる上で、ゆき姉がただのフリーカメラマンでいるよりも、
うちの事務所所属のタレント兼カメラマンでいた方が
仕事をやり易いってことになったみたい。
俺は今朝の仕事前に、今野さんから話を聞いた。」
「本人が何も知らされて無いって、どういう事!
私、今野さんに聞いて来る!」
雪見が興奮して控え室を出て行こうとしたその時、
健人が「待てよ!」と、雪見の腕をつかんで引き留めた。
「落ち着けって!落ち着いてよく考えてみて。
これから十二月の発売まで、いろんな企画を仕掛けるって、
さっき吉川さんが言ってただろ?
多分ゆき姉は、カメラマンとはかけ離れた仕事までやることになるよね。
そうなった時、やっぱりマネジメントする人がいないと無理だと思う。
で、来年の四月まではうちの事務所所属ということにして、
当分の間は今野さんがマネジメントするらしい。」
「そんな大事なこと、私に一言の相談もなく…。」
雪見の不快感があらわになった顔を見て、健人が慌てた。
「きっと今野さん、早くにゆき姉に話すとまた緊張すると思って、ギリギリまで黙ってようとしたんだと思う。」
そこにタイミング良く、控え室をノックして今野が入ってきた。
「もうそろそろ時間だから、出る準備してね!」
「今野さん!私、今聞いたんですけど、どういう事ですか!
当の本人に何の説明も無いって!それにまだ契約もしてませんけど!」
相当な勢いで今野に詰め寄る雪見。
「あぁ、ごめんごめん!はい、契約書!話は健人から聞いたでしょ?
そういう事で、今日から俺が二人のマネージャーだからよろしくね!」
「よろしくねっ!って、それだけですか?何にも了承してないのに!」
すると今野が穏やかに雪見に話して聞かせた。
「みんなが二人の事を考えて、一番いい方法を選んでくれてるんだよ。
本当は、この記者会見のサプライズとして、会見中に雪見さんに発表して、
壇上で契約書にサインをしてもらう予定だったんだけど、それは取り止めにした。
雪見さんの反応が予想できなかったから。
やっぱり嫌かい?芸能事務所なんか…。」
今野が静かに聞いた。
「嫌っていうか…。本当にそれでいいのか、わかりません…。」
雪見は、そうすることによって、これから自分はどうなっていくのか、
想像もつかずに頭が混乱していた。
ただ、みんなが私たちに一生懸命、力を貸してくれていることだけは
よく伝わってきた。
黙って健人の方を見てみる。
すると健人はにっこりと微笑んで、こくんと一つうなずいた。
大丈夫だよ!いつもの笑顔で、そう雪見に言ってる気がした。
「今野さん。本当にそれが一番いい方法なんですよね?
……わかりました。今日からよろしくお願いします!」
「よかった!どうなることかと思ってヒヤヒヤしたよ!
こちらこそよろしく、新人タレントさん!
じゃ、この契約書に目を通してサインを。」
今野が額の汗を手で拭った。ホッとした表情に安堵感が伺える。
健人もまた、喜びを爆発させたいのを押し殺して、
ただ黙ってニコニコと、契約の様子を見守るだけだった。
「よし!これで決まりだ!あと十分で控え室を出て、ステージ横に移動してて。
俺は契約完了を吉川さんに伝えてくる!」
そう言って今野は、控え室を勢いよく飛び出して行った。
今野がドアをガチャンと閉めた瞬間、
健人が「やったぁ〜!」と叫びながら、雪見に抱きついた!
「やった!ゆき姉が俺の後輩になった!サイコ〜!!
ってことは、当麻もゆき姉の先輩になったってわけだ!
あいつ、ビックリするだろうなぁー!早くメールしなきゃ。」
そう言いながら健人は、当麻にビッグニュースの報告をした。
すぐさま返ってきたメールには、当麻の喜びの言葉が。
嘘みたいな話だけど!
マジ!?だとしたら俺、
超嬉しい!今日から
ゆき姉が俺の後輩!?
めっちゃ今日の仕事、
張り切って早く終わら
せるから、健人たちも
猛スピードで終了して
猫かふぇ集合!
お祝いのワイン買って
待ってるよ〜(^_^)v
んじゃ、この後の会見
頑張れって、ゆき姉に
伝えて。見てるよー!
BY TOUMA
一気に序列が逆転し、雪見は新人として二人の先輩に
教えを請う立場になってしまった。
果たしてこれで本当に良かったのか、未だに明確な答えは出せないが、
とにかく動き出してしまった船から今、飛び降りることはできない。
心にもやがかかったまま、雪見は健人と控え室を後にした。