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魔法の歌声

健人と当麻と雪見は、すでにいい感じに酔いが回り

楽しそうにじゃれあいながら、カラオケボックスへと移動した。


『どんべい』の入ってるビルの五階。

マスターが店を抜け出し、三人の為に部屋を予約しておいてくれた。



「雪見ちゃん!明日は記者会見だって覚えてるよねぇ?

俺、テレビの前に正座して雪見ちゃんたちを待つんだから、

二人で二日酔いの顔して出て来ないでよ!

もう十二時を回ってんだから、お肌のためにも今日は早めに切り上げて

さっさと寝るんだよ!」


マスターが、店を後にする雪見に向かって声をかける。



「大丈夫、大丈夫!これぐらいのお酒でどうにかなる雪見さんじゃありませんからぁ!

マスター、どうもねーっ!今日も美味しかったよぉ!また来ま〜す!」


明らかに、酔っぱらいオヤジと大層変わりのない足取りで、

雪見は『どんべい』の暖簾から出て行った。



カラオケボックスは超満員!

マスターの口利きがなけりゃ、入ることは難しかった。


健人と当麻は二人とも目が悪いので、仕事以外ではコンタクトを外し

眼鏡をかけているのだが、これだけではすぐにバレてしまう。

そこで二人してマスクをかけ、帽子を目深にかぶるのだが、

人混みの中ではこれが異様に目立ってしまう。

かと言って眼鏡だけだと、一瞬でみんなに取り囲まれてしまうのは目に見えてるので、

奇異の瞳にさらされながらも足早に、待ち客の前を通り過ぎた。


だが、三人の後ろから何人かの客の声で、

「ちょっと!あれって当麻と健人に似てなかった?背も同じくらいだよ!」

と言う、結構大きな声が聞こえてきた。



「やばっ!早く部屋に入って!」 健人が雪見の背中を押す。


「バレちゃった?大丈夫だよね?」 当麻が心配そうに言う。


「なんとかセーフ!って感じ?出る時も気をつけないと。」


健人と当麻は一気に酔いが引き、冷静になっていた。

それに引き換え雪見は、相変わらずの上機嫌で二人の間に挟まり、

健人と当麻と腕を組んでいる。



「ねぇねぇ!早く歌おうよぉ!健人くんはミスチルだっけ?

当麻くんはいっつも何歌うの?」


ハイテンションな雪見を間にして、健人と当麻は顔を見合わせた。



「今日はほんと、ほどほどにして帰ろう!

このままじゃ明日のゆき姉は散々だよ、きっと。」


当麻が心配そうに健人に言う。


「そうだな。カラオケは当麻を慰めるためだったらしいけど、

『どんべい』だけで、今日は解散しときゃ良かったかな?

でも珍しいよ、ゆき姉がここまで酔ったのは。

いっつもは俺の方が酔っぱらって、ゆき姉に怒られるのに…。」


健人が隣の雪見を見ながらつぶやく。


雪見はと言うと、さっさと勝手に、健人が好きだと言っていたミスチルの曲を、

三曲も連続で入れていた。



「おーい!なんでいきなり三曲も入れちゃうの!

ゲッ!始まっちゃったよ!仕方ない。

斎藤健人ミニコンサートへようこそ〜!

みんな、今日は楽しんで行ってねーっ!」


さすが、エンターテイナー健人!切り換えが早い。

本当にここが健人のコンサート会場に見えてきた。

歌はまぁ、そこそこ上手い。が、歌手デビューはないな、って感じ。

ただし、ノリだけは最高だった。

きっと、毎年所属事務所の若手仲間でやっているステージも、

こんな風にみんなを乗せて盛り上がるんだろうな。



三曲続けて歌わされた健人は、さすがにヘロヘロだった。


「あー、汗かいちゃったよ!喉が渇いた!」


そう言いながら、最初に注文しておいた梅サワーを一気飲みした。


「あー、生き返ったぁ!もう、ぶっ倒れるかと思ったよ!

もうやめてね、連続で入れるのは。じゃあ、次は当麻行く?」


「いや、俺は後でいい。ゆき姉、先に歌って!

ゆき姉の歌が聞いてみたい!いっつも誰の歌、歌うの?」


当麻が隣の雪見に聞いた。



「うーん、だいたい何でも歌えるけど、一番多いのは今井美樹かな?

あ、でも最初に歌うのはいっつもこの曲!私のテーマソング!」


そう言いながらかけたのは、中島美嘉の『雪の華』だった。



雪見はマイクを持って立ち上がり、テーブルの横に空いている

広いスペースまで出てきた。

そして、「雪見の華、歌いま〜す!」と高らかに宣言!

だがさっきまで、あんなに酔ってはしゃいでいたのが嘘のように、

前奏が鳴り出した途端、落ち着いた表情の雪見に変わっていった。

まるで、「本番!」と声がかかった女優のように、精神を統一して。



「のびた人陰かげを…」 と、スッと歌い出した瞬間、

健人と当麻はお互い顔を見合わせた。


「なんか、超上手くね?俺、ゆき姉の歌初めて聞いたけどビックリ!」

健人が当麻に言うと、当麻も興奮した様子で


「俺、今一瞬で鳥肌立ったんだけど!見て、この腕!」

当麻が健人に腕を差し出す。


「ねぇ、ゆき姉って前に歌手かなんかやってたの?」


「いや、そんな話は聞いたことない。あ、小学校と中学校の時は

合唱団にいたっていうのは、前に言ってた気がする…。」



間奏中も雪見は歌の世界に入り込み、ただそこに一人だけがいるように

健人と当麻の存在など、全く気にも留めていない様子だ。


二番の頭の小節を歌い出した時、すでに健人と当麻は

何も言葉を発することが出来なくなっていた。

それはまるで、魔法にでもかかったかのような瞬間であった。



健人は、この歌は俺の事をうたってるんじゃないか、と思いながら聞いている。


『雪見がいると、どんなことでも乗り切れる気がする。

だから俺は、こんな毎日がずっと続いて行って欲しいと願ってる。』


自分がまさに今思っていることを、この曲は歌っていると思った。


今まで、何度も聞いたことのある曲だったが、

こんなにも深く心の中に染み込んできたことはない。胸が熱くなっていた。

雪見の声質は、聴く者の心を捕らえて離さない、不思議な何かがあった。



心を捕らえられたのは、隣で聞いていた当麻もその一人であった。


目は雪見だけを一点に見据えていた。なぜだか、ドキドキが止まらない。

酒のせいか?いや、違う。じゃ、なんで…。

自問自答してみるが、答えを問い詰めていくのが怖くなった。

そのうち段々と、また視界がぼやけてきて…。



雪見が歌い終わった時には健人も当麻も、二人で涙を浮かべていた。


それを見た雪見はハッと我に返り、目の前の二人の状況が理解できずに慌てふためいた。


「ちょっとぉー!なんで二人して泣いてんのぉ?

そんなに私の歌、へたくそだったぁ?やだ、もう!

アイドル二人を泣かした私って、一体どうすりゃいいのよー!!」




涙をポロポロこぼすイケメン二人を前にして、すっかり酔いも醒め

途方に暮れる雪見であった。


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