ドキドキの始まり
健人とつぐみの写真を見せた次の瞬間!
私の両隣にいた若い女性スタッフが、ほぼ同時に大絶叫。
他の男性社員からも「おおっ!!」と声が上がり、小さな社内は蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
私は、みんなが突然騒ぎ出した理由が解らず、ただ唖然とするばかり。
みんなが口々に聞いてくる。
「ねぇねぇ!なんでここに斎藤健人がいるのっ ⁈
どこで撮したの? 一緒に写ってる女は誰?」
はぁ? なんでいきなりタメグチなわけ?
「おい!どうしたんだ、この写真!」
…え? 私、怒られるようなこと した?
知り合いなのか?
どういう関係?
いつの写真だ?
どういうことなんだ!
次々に浴びせられる言葉の意味が理解できず、もはや私の頭は思考回路停止寸前の赤ランプが点滅していた。
ただ、「斎藤健人」「斎藤健人」という声だけは耳に入ってきた。
……あれ? まてよ?
なんでみんな、健人くんのこと知ってんだろ?
一切の声を無視して、隣の女子に聞いてみる。
「ねぇ、なんで健人くんのこと、知ってるの?」
「知ってるに決まってるじゃないですか!
あの斎藤健人ですよ ⁈」
「俺でも知ってるよ!」と、かなりくたびれたネクタイをしたおじさんが言った。
そ、そうなの?
健人くんって…そんなに有名人なの?
なんかスポーツとか、やってたっけ?
甲子園で活躍でもしたのかなぁ…。
私の頭には、健人=遠い親戚 以外の発想は生まれなかった。
だが、やっとピンときた!
「そっか!あぁ、わかった!!
似てますよねぇ〜、今人気のイケメン俳優さんに。
私も似てるなぁと思いましたもん!
しかも同姓同名なんて、あり得ないですよね。
世の中には、自分のそっくりさんが三人いるっていうけど、顔も似てて名前も同じだと、怖くないですか?
なんか、たとえば、私はここにいるのに、瓜二つの誰かが銀行強盗して、何にもしてないのに私が逮捕されちゃったり、とか。」
みんななぜか、ぽか〜んとした顔して辺りが静まりかえった。
… へ? 例えが悪かった?
一瞬の静寂のあと、またざわめき出した。
「え?本物じゃないの?ただのそっくりさん?」
「でも、こんなに似てて、しかも同姓同名って、そんなこと本当にあるか?」
「親戚なら知らないはず、なくない?」
「そうだな。しかも本物だとしたら妹の写真を出すか?大変な騒ぎになるぞ。」
ざわめきを終了させるため、雪見が立ち上がった。
「あのぉ〜、もうそろそろ次に進みません?
一日も早くこれを完成させたいんです。じゃないと私の本当の仕事に戻れない。」
この言葉を合図に、みんな魔法から覚めたかのように我に返り、またそれぞれの作業を再開させた。
そして一ヶ月後。
出来上がったとの連絡を受け、出版社へと駆けつけた。
机の上には、完成したばかりの、インクの匂いが立ち上るような写真集が十冊、積まれている。
私はいつも以上にドキドキしながら、そっと一冊に手を伸ばした。
スーッと深呼吸してから表紙をめくる。
そこには、たった二匹の写真集とは思われないほどの、さまざまな表情をしたコタとプリンが満載だった。
ものの一時間ほどで撮った写真が、一ヶ月以上かけて撮った写真よりも上手く撮れてる気がして、ちょっとだけ複雑な心境。
でも。
これならきっと健人くん、喜んでくれるはず!
嬉しかった。
なぜか、初めて出した写真集の時よりも嬉しい気がした。
早く健人くんに見せてあげたい!
メールしなくちゃ。
私は、お世話になったスタッフ一人一人にお礼を言い、ずっしり重い十冊を抱えて足早に車に乗り込んだ。
そして、エンジンをかける前に、健人に初メール。
なぜかドキドキして、思うように指先が動かない。
なんとか打ち終えて、送信ボタンを押す。
元気にしてる?
約束のコタとプリンの
写真集、無事完成!
かなりのいい仕上がり
だよ、自信作です。
早く見せたいんだけど
どっかで会える?
送信した文を読み返し、また一つも絵文字を入れてないことに気が付いた。
しまった!またやっちゃった…
よくメールし合う飲み仲間の香織に「あんたのメールは字ばっかりで読みにくい!」と、いつも叱られる。
「だって、面倒くさいんだもん。香織のメールこそ、絵文字ばっかで解読するのに疲れる。」と反撃するのだが、
「そんなメールじゃ男も寄り付かない!」と逆襲されて、あえなく撃沈…。
まったく可愛げのない仕事メールみたいのを打つ女は、男にパスされて当然! とか平気で言ってくる。
なんとなく解らないでもないが、ほんとかな…
健人に送ったメールを見ては、かなり後悔していた。
できることなら、さっきのメールは無かったことにして、改めて女の子らしい絵文字たっぷりのメールを送信し直したかった。
女の子らしい?
なに考えてんだろ、私。
ただ写真集を渡すだけなんだから、要件だけでいいじゃない。
さっきのメールで充分、充分。
と、自分に言い聞かせてはみたが、なかなか返信がこないので正直あせった。
健人くんって…大学生だっけ?
それとも社会人?
なにやってるのか、聞きそびれちゃったな。
まぁ、サラリーマンってかっこはしてなかったから
大学生だよね。
まだ授業中かな?
と、ケータイの時計をながめた。
ふぅ……
ため息を吐き終わった瞬間、手の中のケータイがブルブルと震え出した。
健人くんからだ!