秘密の猫かふぇ
平日の原宿、午後三時。
すでに学校帰りの学生たちに占拠され、ごった返してる。
「ちょっとヤバくね?俺、このかっこでも見つかる可能性大だ。
場所見たら、とっとと退散しよ。」
「そうだね。時間的にまずかった。早いとこ移動しよう。
で、どのあたり?健人くんがスカウトされたの。」
「こっちこっち!
高二の夏休みに初めて友達と買い物来て、ここで信号待ちしてたら声かけられたんだ。」
「へぇーっ、そうなんだ!凄いね、そのスカウトさん。
こんなうじゃうじゃいる人の中から、健人くん見つけ出すなんて。
てゆーか、もしそのとき信号が青で、立ち止まんないで渡ってたら、健人くんに気付かなかった可能性もあるよね?
もしそのときスカウトさんがトイレでも行ってたら、一生出会わなかったかもしれないよね?
凄いっ!それって運命だよ。ぜーったい運命っ!」
雪見は興奮した。泣きそうに感動してる。
運命の神様に感謝だ。斎藤健人を見つけてくれてありがとう!
「あのね。感動中申し訳ないが、ほんと、ここヤバい。
あそこにうちのスカウトさんいる。見つかったらマジやばいって。早く行こう。」
健人が雪見の手を取って走り出す。
二人は、警察の張り込みから逃れるように、人混みの中に紛れてその場を脱した。
「焦ったぁ!大沢さんがこっち向いたら、バレてたかも。」
「健人くんの変装、いかにも芸能人って感じだもん。」
飛び乗ったタクシーの中で、ホッとしながら改めて健人を見る。
いくらなんでもこの暑さの中、大きなマスクと黒縁眼鏡、黒のキャップは指名手配犯並みに怪しい。
「しゃーないじゃん、花粉症なんだから。
てか、走ったら余計暑くなった。もうやだ、マスクなんて。」
「でも外して歩いたら、絶対みんなにバレるって。
どっか見つからないとこなんて、ある?」
その時、タクシーの運転手さんが一言。
「あのぅ、行き先はどちらでしょう?」
「は? あっ、まだ言ってなかった!すみません!
どこにしよう…。そうだ、いいとこがある。
運転手さん、南青山までお願いします。」
どこか思いついた様子で、やっと健人が行き先を告げた。
「どこ行くの?南青山だって、今の時間は凄い人だよ?」
「予定変更。買い物は、また今度でいい?」
「別にいいけど。どこ行くのか教えてよ。」
「当麻に教えてもらった猫カフェ。ほら、前に話してたやつ。
紹介状書いてもらったから行ってみようよ。
なんかね、本屋の地下に洞窟みたいのがあって、入り口は会員以外わかんないとこにあるらしい。」
「本当にそんなとこ、東京にあるの?なんか外国のスパイ映画みたい(笑)」
雪見は話を、半信半疑で聞いている。
健人にしたって、行ったことないから想像もつかない。
が、当麻から絶対ハマるぞと力説され興味津津。行けるチャンスを待ってた。
「ペア会員ってのが得だから、ゆき姉と一緒に行けって言われてんだ。」
「えっ!当麻くんに話したの?私のこと。」
「俺の一番の親友だよ?そりゃ話すでしょ。」
「あんな有名人が私のこと知ってるなんて。恥ずかしー!」
「もしもし?いま隣りにいる人も、一応負けないくらいの有名人なんですけど?」
のぞき込む健人のマスクと眼鏡が怪しくて、雪見は思わず笑ってしまった。
「で、ペアでお得って、一体いくら?」
雪見の質問に、健人はさらっと「十万。」と答えた。
「じゅうまん!?猫カフェで十万?そんなに高いって有り?絶対怪しいでしょ。
猫カフェだよ?猫カフェ!なにその会費。」
「だからぁ。普通の猫カフェじゃないんだって。
会則の一条が『絶対に他人に干渉するべからず』だよ?
店内での他人の様子を口外したら、罰金一千万だってさ。」
「なにそれ!?普通じゃないでしょ、どう考えたって。
変なとこには近寄らない方がいいよ。やめとこ。」
「大丈夫だって。ちゃんと当麻に話は聞いてるから。
そこね、名前は伏せてるけど芸能界の大物がオーナーらしい。」
「えっ?誰?」
「知らん(笑)当麻もわからないって。
でも会員は、世間に顔の知れてる人ばっかみたいだよ。
ほら、有名人って、どこ行っても周りの目が気になって、自分んち以外でくつろぐ場所がなかったりするでしょ?
で、それを身をもって体験してるオーナーが、街ん中でもくつろげる場所を作りたいって始めたのが、その猫カフェってわけ。
猫が大好きだから『秘密の猫かふぇ』って名前らしい。」
「そのまんまじゃん(笑)
でもさ、そんな所に私が入れるの?私、有名人じゃないし。」
「片方が芸能人ならペア会員になれるんだ。
ただし誰でもいいわけじゃなくて、夫婦か恋人に限定されてるけど。
だからゆき姉は大丈夫。俺の彼女っしょ。」
『俺の彼女』と言う響きは、何度聞いてもくすぐったい。
だが健人の口から直接言われると、安心してその日一日を過ごせる気がした。
「あ。でも今日、そんなにお金持ってないや。カードは使える?」
「現金払いだけだって。いいよ、俺が払うから。
今日はゆき姉の行きたいとこ付き合う約束だったのに、予定変更になっちゃったし。
十万で三ヶ月間使い放題、何時間居てもいいなら、そんな高くもないでしょ。
飲み物もソフトドリンク飲み放題だし、持ち込みもOKらしいよ。
当麻はこの前、ワインいっぱい持ってって、パーティーしたって言ってた。」
「へぇーっ。なんかそう言うのも面白そうだね!」
雪見が初めて食いついてきた。
「でしょ?やっと信用してくれた?
俺、早くゆき姉と行ってみたかったんだ。今日行けて良かったよ。
最初だけはペアでしか入れないけど、二回目からは一人で入れるから、ここで待ち合わせとかもいいんじゃない?
あ、運転手さん、その角の本屋で止めてください。ゆき姉、着いたよ。」
タクシーを降りて見ると、そこは何の変哲もない本屋のビルだった。
雪見と健人は、誰かに見つからないうちにと素早くビルの中へ。
二人の目には、夢と希望のアミューズメントパーク入り口に見える。
ワクワクを抱えて、いざ!