捨て猫めめの物語
母を家まで送り届け、自分のマンションへ帰る道すがら、雪見は考えていた。
それにしても健人くん、
昨日テレビで見た俳優さんにそっくりだったなぁ。
今度会ったら、写真撮らせてもらおっかな?
そうだ、健人くんの写真撮って、イケメンおたくの真由子に見せてやろう!
きっと本物だと思って、超ビックリするぞー。
えへへっ、楽しみ楽しみ ♪
…って、おいおい!誰も教えなかったわけ?
さっき会った遠い親戚の健人と、昨日テレビで見た、今をときめくイケメン俳優 斎藤健人は、同一人物だってことを。
て言うか、普通気付くでしょ。気付くよね?
どこまでもどこまでも、オメデタイ雪見であった。
「ただいまぁ〜!帰ったよ、めめ!いい子にしてた?」
してたにゃ〜ん と言いたげに、めめは私の足にまとわりついては体をすり寄せた。
めめは、四歳ぐらいになるオスの茶とら猫。
生まれて間もない頃、近くの公園に捨てられていて、近所の子供たちが必死に新しい飼い主を探してるところに偶然、撮影旅行帰りの私が通りかかった。
「おばさん!子猫を飼ってもらえませんか?」
お、おばさん ⁈ それって…私のこと?
どう見ても、こっち見てるよね…。
そりゃ確かに三十歳はおばさんかもしれないけど、撮影旅行でお肌ボロボロかもしれないけど、おばさんと呼ばれて「はいはい、なんでしょう」と返事するわけにはいかないわ。
で、聞こえなかった振りしてその場をスルーしようと思ったが、ちらっと横目で箱を覗いてしまったのが運のつき。
その子猫はやっと目が開いたばかりらしく、箱の中でみぃみぃと、か細く弱く鳴いていた。
きっと、母親のおっぱいを探してるのだろう。
しきりに箱の中をよたよたと歩き回る。
胸がギュッと締め付けられた。
どうしても、その場を立ち去ることができなかった。
そして両手は、自然と箱を受け取っていた。
こうして家に連れ帰った子猫は、みぃみぃ鳴くから「みーくん」と名付けられた。
まだ乳離れもしてないみーくんは、夜中もきっかり三時間ごとにミルクを欲しがる。
細切れ睡眠で慢性の寝不足ではあったが、子猫のいる生活は、そんな疲れを吹き飛ばしておつりがくるくらいの、幸せに充ち満ちた毎日だった。
寂しがりやのみーくんは、いつも私の後ろをついて回った。
トイレに入ればドアの前にお座りし、お風呂に入れば開けてくれ!とガラスを引っ掻く。
やがて大きくなったみーくんは、マンションのベランダにやって来る鳥を見つけては「めぇぇぇ めぇぇぇ」とひげを震わせ、まるで山羊のように鳴くようになった。
で、「みーくん」が本名なのだが、私は「めーくん」と呼ぶようになり、そこからさらに進化して「めめくん」となったわけだ。
「めめ、今日ね。めめとそっくりなお友達に会ってきたよ。
虎太朗くんって言うの。めめより体は小さかったけど、同じ茶トラくんだった。
あとね、プリンちゃんって言う、水色の目をした白猫ちゃんもいた。
今度 会えるといいね。」
めめは、まだ私の膝の上に残る匂いを嗅ぎ付け、しきりに頭を擦り付けた。
でも、なんで虎太朗とプリンは、初対面の私の膝の上から離れなかったんだろ。
めめの匂いがしたから?それとも、今朝焼いた鮭の匂いでも着いてたのかな。
体を二つに折って、くんくんと犬のように嗅いでみたが、よくわからなかった。
「そうだ!早くコタとプリンの写真を選ばなくちゃ。
健人くんとつぐみちゃん、すごく楽しみにしてるみたいだから。」
私はご飯もそこそこに、作業に取りかかった。
いつもの作業と同じはずなのに、なぜかワクワクしながら仕事をしてる。
ワクワクというか ドキドキというか
ウキウキというか ソワソワというか。
一日も早く二人に届けたくて、毎晩遅くまで作業を進めた。
そして一ヶ月後。
ついにコタとプリンの写真集が完成!
昔、駆け出しの頃お世話になった小さな出版社に、相当な無理を聞いてもらって、最短期間で十冊作ってもらった。
普通の出版社なら、そんな話は門前払いだ。
ところが、偶然思い出して恐る恐る交渉に出掛けたその出版社は、幸か不幸か経営が傾いていて(不幸に決まってる)、どんな仕事でもお引き受けします!と言わざるを得ない状況になっていた。
私は、そんな状態の時にお金にもならない仕事を発注するのは人間として間違ってる気がして、一旦は「やっぱり、やめときます」と別のところを当たってみることにしたのだが、案の定、他の出版社には鼻で笑われた。
で、やはりここしか方法はないか…と重い足取りで、最初に行った出版社のドアを開けたのだ。
「あのぉ〜。やっぱりお願いできますか?」
この出版社に頼むことを決め、打ち合わせに取りかかる。
たった十冊であることを平謝りし、次の仕事は必ずここにお願いすることを約束した。
選び抜いたコタとプリンの写真を見てもらい、一緒にレイアウトのアイディアを出し合う。
「あ、一番最後のページだけは決めてあるんです。この写真って。」
そう言って、一枚の写真を差し出した。
それは健人とつぐみがソファに座り、健人がコタを、つぐみがプリンを膝に抱き、愛しそうに頬ずりしている写真だった。
つぐみにせがまれ、最後に撮した一枚。
それはそれは二人とも幸せそうな最高の笑顔で、この本のラストを飾るにふさわしい、我ながら見とれてしまうほどのベストショットだ。
だが。この一枚を差し出したことによって、まさかこんな騒ぎになるとは夢にも思わず…。