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自慢の彼女

メイクルームを出た私は、進藤と牧田に背中を押されながら恐る恐るスタジオに足を踏み入れた。



「完成したよ!どう?いいでしょ。」


ドヤ顔ぎみの牧田の声に、みんなが一斉に振りむく。

と、大きなどよめきが起こった。


「すっげーや!さすが進牧ペア。想像以上の出来!

こりゃ、撮るのが楽しみだぞ ♪」


カメラマンの阿部が、嬉しそうに笑った。

健人のマネージャーの今野は、思わず拍手してる。


「私たちの腕じゃないのよ、土台がいいの(笑)。

バストアップ写真しか見てなかったんで心配だったけど、実際会ってみたらモデル並みのスタイルで。

これはいけるぞ、って。

156㎝って身長も、健人くんとのバランス取りやすかったし。

ね、進藤ちゃん。」


「うん。お肌も手入れしてあって綺麗だし、髪の長さもちょうど良かった。

あ、前髪だけは少し切らせてもらったけど、何より造りがいい!

綺麗可愛いって言うの?

大人なんだけど少女っぽさも残ってる、みたいな。

絶対うちの雑誌でいけるよね?」


「いけるいける!こんなモデルさんいたら絶対人気出るって。

あ、編集長を呼んでこなくちゃ!」


牧田が走ってスタジオから出て行った。



で、健人は、と言うと…。


ただただ私を見つめるばかり。

なんて声をかけたらいいのか、わからずにいるみたいだ。


私は、無反応につっ立ったままの健人に少々腹が立ち、ツカツカと歩み寄った。

さっきまで、会うのが恥ずかしいとあんなに思っていたのに…。



「ねぇ!なんで何にも言ってくれないの?

私、変?似合ってない?違う服の方がよかった?」


スタジオ中に流れ始めた、大音量のノリのいい曲。

それに負けないくらいの大声で問いかけるが、健人は何かをぼそっとつぶやくだけ。

さっぱり私の耳には届かない。


「なぁに?聞こえない!ちゃんと言ってよ!」


「俺、泣くかも…。」


「えっ?」


耳元でささやかれた言葉に驚き、ぴょんと一歩退いて健人を見る。

が、その大きな瞳は泣くどころか、嬉しそうに笑ってるではないか。


「どこが泣くかもよ。笑ってるじゃない!ひっどーいっ!!

だから見せるの、ヤだったのにぃ!」


ぷんぷん怒ると、健人は「ごめんごめん。」と笑いながら、もう一度耳元に口を寄せた。


「すっげぇ可愛いよ。めっちゃ綺麗。

これ俺の彼女だから!って、みんなに自慢してもいい?」


健人が、わりと真顔で言うので私は慌てた。

本当に言うかと思った。


「言ったら怒るからねっ!

それより私、このあと、どうすればいいの?」


急に我に返り、また不安な気持ちに襲われ始める。


「大丈夫だよ。俺が一緒にいるんだから。

カメラさんの言う通りに動けばいいだけ。心配ないって。」


「そりゃ健人くんには、いつもの仕事かもしれないけど…。

でも私にとっては、どんな顔して立ってればいいかも解らない、未知の世界なんだよ?

もう、帰りたいよ…。」


怒ったかと思えば急に弱気になる。

健人は、どうしたもんだか…と思案した。



「あ、そうだ。ゆき姉、両手を出してみ。」


「なんで?」


「いいから。早く。」


健人が何をしようとしてるのか解らなく、私はおっかなびっくり両手を前に差し出した。


「こう?これでいいの?」


「よし、OK。おまじないをしてやるよ。

事務所のイベント前に、当麻と二人で必ずやるやつ。

俺も当麻も芝居は全然緊張しないけど、イベントで歌う時は、めちゃ緊張するんだ。

で、二人で編み出したのが、この儀式。

すっごく落ち着くから、ゆき姉にもやってやる。」


そう言いながら健人は、私と向き合い手を握った。


「じゃ、目をつぶって。

俺が言う言葉の最後を、繰り返し言うこと。

わかった?始めるよ。」


健人と向い合わせで手を取り合い、目をつぶる。


「これが終わったら、何が食べたい?」


「え?何が食べたいって…今そんなこと聞かれても…。」


「やり直しっ!余計な事は言わない!

目をつぶって。最後の言葉を繰り返すんだよ。


これが終わったら、何が食べたい?」


「何が食べたい?」 渋々、私が繰り返す。


「中華が食べたい!」「中華が食べたい!」


「ビールが飲みたい!」「ビールが飲みたい!」


「餃子も食いたい!」「餃子も食いたい!」


「うまい飯のために、今日の仕事を頑張ろう!」「頑張ろう!」


「よっしゃー!」「よっしゃー!」



健人は目を開け、私に聞いた。


「どう?気合い入った? 入ったっしょ?」


目を開いた私は、目の前の健人があまりにも自信満々に聞くものだから、おかしくて笑いが止まらない。


「なに笑ってんのさ。」


「だって、天下のイケメン俳優二人が、これを真面目な顔してやってるんでしょ?

ステージ前で手を取り合って。

それ想像したら、笑わない方がムリ!」


辛抱たまらず、私はお腹を抱えて大笑い。

涙が出るほど笑ったら、がんじがらめの緊張がジャラジャラ解けて足元へ落ちた。


「あー笑った笑った!お陰でもう、何でも来いな感じ。」


「散々笑われたけど、まぁいっか。

初めて俺のグラビアに登場すんだから、一番の笑顔でね。」


「え?ちょ、ちょっと待って。

なにそれ?まさかこの写真、大きく載るわけじゃないよね?

そんな話、なんにも聞いてませんけど。」


「あれ、聞いてなかった?俺はさっき聞いたけど。

初回は見開きで、大々的に載せてくれるってさ。

すっごい宣伝効果だよ、きっと。

あとで吉川さんに、お礼言わなきゃ。」



さっきにも増してアワアワしてた時、スタジオのドアを開けて編集長の吉川が入って来た。


「あの吉川さん。健人くんのグラビアに載るって話…」


「やっぱり思った通りだ!僕の目に狂いはなかったよ。」


吉川が私の手を取り、大喜びしてる。


「これで『斎藤健人vs美人カメラマン』の見出しが実現するよ。

次の号は、増刷間違いなしだ!」



えっ?もしかして…。

私がボツにしたかった、真由子の『美人カメラマン計画』って、まだ生きてたのぉ!?



まんまと真由子父娘にシテヤラレタ!と、私は半ば呆れた。


もういいや。どうにでもなれ!

こうなったらモデルごっこを楽しむとするか。



開き直った三十女は、最強につよい。


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