写真集プロジェクト発進
健人の所属事務所と『ヴィーナス』編集部が、斎藤健人写真集の出版契約を結んだ翌日。
私と健人、チーフマネージャーの今野は、編集部にて行われる一回目の会議に呼ばれてた。
「じゃあ、皆さん揃ったようなので始めます。」
真由子の父、編集長の吉川が口火を切った。
「まず始めに紹介しよう。毎月うちのグラビアを飾ってくれてる今回の主役、斎藤健人くんだ。」
「斎藤健人です。いつもお世話になってます。
今回は、こちらの編集部さんのお力をお借りして、新しい写真集を創ることになりました。
こういう形でのコラボは初めてなんで、とても楽しみにしてます。
どうぞよろしくお願いします。」
健人がぺこりとお辞儀する。
みんな、間近で見るイケメン俳優に緊張ぎみだ。
それを見て、次に順番が回ってくるであろう私も緊張し出した。
こういう場って、苦手なんだよなぁ…。
「次に、今回の影の主役、カメラマンの浅香雪見さんだ。
彼女は、健人くんの親戚にあたる。おばあちゃん同士が姉妹だそうだ。
『素顔の斎藤健人』が今回のコンセプトと言うことで、身近で見てきた浅香さんがカメラマンをつとめる。
じゃ、浅香さん。自己紹介をお願いします。」
みんなの視線が一斉に集まり、私は極限の緊張状態にいた。
すがるような思いで、隣に座る健人をチラッと見る。
すると健人は『だ・い・じょ・う・ぶ』と唇を動かし、ニコッと微笑んだ。
健人くんがついてる。大丈夫。大丈夫…。
ひとつ深呼吸したら落ち着いた。
「皆さん、初めまして。フリーカメラマンの浅香雪見と申します。
今回初めて、人間の写真集を撮らせてもらうことになりました。」
皆がざわめく。
想定内の反応だ。つかみはOK。
お陰で少し、肩の力が抜けた。
「私、普段は猫の写真を撮ってるんです。野良猫の。
で、今日はお近づきのしるしに、皆さんにプレゼントを持って来ました。
健人くんちの猫を撮した本です。」
「え?コタとプリンの写真集?十冊しか作らなかったはずじゃ…。
あれ?小さいサイズになってる。どした?これ。」
健人が不思議そうに聞いてきたのでニヤリ。
写真集を手渡された編集部員たちは、ページをめくっては「可愛い〜♪」を連発。
愛猫を褒められ、目尻を下げてドヤ顔してるイケメン俳優を、隣りで私がクスッと笑った。
お近づきのプレゼント作戦、大成功!
「私が人物写真集を初めて手掛けるという事に、みなさん不安を感じていらっしゃると思います。
けれど、ご安心下さい。
健人くんを撮すことに関しては、誰にも負けるつもりはありません。
他の人には撮しきれない素の斎藤健人を、心の中まで引っくるめて写真で表現してみせます。
たぶん私にとっては、これが最初で最後の人物写真集になるでしょう。
なので全身全霊をかけ、取り組みたいと思います。
どうか皆さんのお力を、私たちに貸して下さい。
よろしくお願いします。」
隣で聞いてた健人は、「これが最初で最後の人物写真集」という言葉に少なからずショックを受けた。
それは前々から聞いてたことなのだが。
今回の写真集が出版された後、雪見はまた野良猫探しの旅に出ると言っていた。
撮影で一緒にいられるのは、たった二ヶ月だけ。
その後、雪見は編集作業に入り、自分はまた一人で仕事場に通う。
つい最近までは、それが当たり前の毎日だったのに、今は雪見のいない仕事場なんて考えられない。
なのに、少なくともあと四ヶ月後には姿が見えなくなる…。
念を押された現実に、健人はボーっと視線を泳がせた。
雪見がいなくなる…。いなくなる…。
頭の中にその言葉だけが、ぐるぐるぐるぐる。
もはや健人の耳には、誰の話も聞こえなかった。
「……でいいですよね?健人くん。健人くん?」
「…え?あ、はい!あぁ、すいません!
ちょっと考え事しちゃって。もう一度お願いできますか?」
「明日の一時から記者会見です。浅香さんと二人で。」
「ええっ?明日ぁ?明日ですか?まだ何も決まってないのに?」
健人の様子に吉川が、困ったもんだと言う顔して説明し直す。
「昨日契約を結んだ後、すぐにうちの精鋭四人でプロジェクトチームを結成しました。
ここにいるメンバーです。」
改めて見直すと、二十代向けファッション誌の編集部にしては年齢層が上の四人だった。
全員三十代後半から四十代か。
しかも、男が二人に女が二人。
健人が想像してたメンバーとは大きく違う。
「ここにいる奴らは、みんな戦略のプロ。
販売計画から宣伝方法、マスコミ対策まで、あらゆる事態に対処できるスペシャリストです。
女性二人はスタイリストとヘアメイク。
男性二人はカメラマン、マネジメント業務のプロでもあります。」
健人は四人の方を向き、頭を下げる。
「で、昨日の会議の結果です。
なるべく早い時点で制作発表を行い、まずは二人の間柄を周知してもらおうと言う事になりました。
それで今後の仕事が格段とやり易くなるはずだし、先手のマスコミ対策にもなります。
あと『ヴィーナス』とのコラボ企画と言うことで、初回の連載を今月発売号に間に合わせたい!
今月号からのスタートと来月号からのスタートとでは、売り上げにも関わってくると考えます。
なんせ写真集はクリスマス刊行だ。
短期決戦で勝負が決まる。皆さんもそのつもりで。
と言うことで、この後は早速初回の撮影に入ります。
このまま十二階の撮影スタジオに移動をお願いします。」
私と健人は、何が何だかよく事態を把握しないままエレベーターに乗せられた。