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帰るべき場所

学の車を見送った後、雪見らは一般客の列を申し訳なさげに横切りながら

関係者入り口を中へと入る。

旅の大荷物は、学がそれぞれの宿泊先まで届けてくれることに。

「もう、なくすなよ。」と手渡された大事なカメラバッグだけを手に、

雪見は恐る恐る関係者受付前にやって来た。


「あのぉ…ロジャーヒューテックさんのご招待で…。」


口に出すのもおこがましい大スターの招待客だと名乗る東洋人たちを、

案の定その受付係は疑いの眼差しでジロリと見た。


「失礼ですが…何かお持ちですか?」


「い、いや、何も…。」

すごすごと退き、困り果てた顔で優を見上げた。


「やっぱ、そうだよね。

いきなりロジャーの招待客だって言っても、信じてなんかくれないよね。

言ってる本人だって、半信半疑なんだから…。

学も、もうちょっと気ぃ利かせて、ロジャーに一筆書いてもらうとかしてくれたら…。

あーあ。今さら外の列に並んだって入れっこないよ。どーしよ…。」


どうやら遅れた原因が自分であることなど、とうの昔に忘れたらしい。

あと一歩、気の利かない元カレを愚痴り途方に暮れた。


と、その時である。

向こうから誰かが雪見の名を呼んだ。


「…ユキミ?あぁ、やっぱりユキミだわっ♪」


声の方向に目をやると、そこには健人の担任で研究生クラス教授のミシェルが

にこやかに立っていた。


「先生っ!本日は、おめでとうございます!

あ、私ったら…。

空港から真っ直ぐ来ちゃったから、お花も買ってなくて…。」


受付前にずらり並んだ色とりどりの祝い花が目に入り、小さく首をすくめる。

隣で優が「スゲー!めっちゃスゲェ!」を連発するように、アカデミー卒業生である

超一流俳優達から贈られた豪華な花々が、ここが名門であることを誇らしげにアピールしてた。


「いいのよ、お花なんて。あなたさえ来てくれれば充分嬉しいわ。

あ、パンフレットは見てくれた?とっても素敵に仕上がったでしょ?

今年は特に評判がいいの。

きっと多くの生徒が、あなたの写真に後押しされてチャンスを掴むわ。

ユキミのお陰ね。ありがとう。」


すっかりパンフのことなど忘れてた。

ユキミのお陰と言われてもピンとはこないし社交辞令に決まってたが、

素敵に仕上がってるのなら早く見てみたい。

だが残念ながら、入場出来なければパンフレットももらえないのだ。


「あのぉ…私達…。」


かくかくしかじか、ミシェルに事の成り行きを話した。

すると彼女は「まぁ、なんてことを!ごめんなさい。」と謝りながら振り向いて、

先程の受付嬢に驚くべきことを言った。


「彼女は本当にロジャーの招待客よ。悪かったわ、私の連絡ミスね。

ロジャーの隣の席に案内するよう、頼まれてるの。

私がご案内するから、パンフと指定券をちょうだい。」


「えっ!?」


声を上げたのは、受付嬢と雪見と優が同時だった。


「ちょっ、ちょっと待って下さい、先生!私達、そーいう招待客じゃないんです。

いくらなんでも、ロジャーの隣りってのは(笑)

私達、発表会さえ観れるならどこでもいいんです。なんだったら立ち見でも。」


先生が好意で言ってくれてるのだと思った。

はるばる日本から来たのだから、良い席で見せてあげてと無理を言ってるのだと。

ところが…。


「いいえ、これはロジャー新理事長からの指示です。」


「えっ…?ロジャー…新理事長?」


心臓がドクンドクンと大きな音を立て始める。

新理事長って一体…。アカデミーの権力者になった、ってこと?


それがどんな意味を持つかなんて想像もつかない。

ましてやあんな大スターが私達を隣りに座らせる理由など、一つも見当たらない。

正体のわからぬ恐怖ほど、恐ろしいものはないのだ。


スッと差し出されたパンフレットを無意識に受け取るが、血の気の引いた指先に

それはズシリと重く感じた。


手の中のものを、ぼんやり眺める。

表紙には、自分が撮した健人がいる。そして、ロジャーの娘であるローラも…。

眺めるうちにそれは瞳の中で、チリチリと滲んできた。


健人くんに会いたい…。


泣きそうになってる自分がいる。

この恐怖から逃れるために、健人の元へ駆け込みたかった。


「先生…。今、ケントには…会えますか?

もし許されるなら、ひと目だけでも会わせていただけませんか?」


弱々しく微笑み、涙さえ浮かべる雪見をミシェルは驚いたように見て、

「…わかったわ。」と返事した。


「いいわよ、少しだけなら。もうみんな準備は整ってる頃だから。

お友達も一緒にどうぞ。」


本来なら部外者は、もう立ち入ることの出来ない時間だろう。

だが彼女は楽屋への立ち入りを許可してくれた。




大ホールに一番近い教室。そこに健人らは居る。

会わせてと自分で言ったくせに、やはりドアの前で躊躇した。


大事な舞台を背負って立つ主役。

緊張の中にも気を落ち着かせ、もっとも集中してる時間だというのに、

私がその均衡を破ってしまう…。


ハッと我に返った。


「やっぱり…止めておきます。ごめんなさい。」


ミシェルに頭を下げ、雪見は方向を見失った遭難者のようにフラフラと歩き出した。

と、その後ろ姿を、誰か大声で引き留める者がいる。


「ゆき姉っ!ケントが待ってるよ、ずっと!」


振り向くと、そこにはホンギが立っていた。

いや、一瞬ホンギとはわからなかった。

衣装をまとい、舞台化粧を施してるせいもある。

が、彼は今まで見たこともないほどキラキラと輝き、自信に満ち溢れる笑顔でこっちを見てる。


「ホンギくん…。ゆき姉って呼ばれなかったら気付かなかった。

凄い…。なんだか別人みたい。とっても堂々としてる。

良かったね。良かった…。

あれ…?なんでだろ。涙が出てきちゃう…。」


その輝きの源が『スミスソニア』モデル就任や、ロジャー映画出演決定だとわかってたので

雪見は嬉しくて嬉しくて…。


「…え?ちょっ、ゆき姉?なんで? な、なに泣いてんの??

やめてよ!俺、ただトイレから戻って来ただけなのに、俺が泣かせたみたいじゃん!

ケントに怒られるって!ちょっと、ユウ!なんとかして(笑)」


久しぶりの再会を喜び合う優とホンギを見ながら、涙はいくらでも湧いてくる。

色んなことを抜きにしても、彼らのロジャー映画出演は、やはり喜ぶべき事なのだ。


『ロジャー新理事長からの指示です。』

まだ耳に残るその恐怖に怯えるのは自分一人で充分と、二人の笑顔を見ながら思った。


「さぁ、時間が無くなるわ。早くケントに顔を見せてあげなさい。

彼はプロフェッショナルだから平静を装ってるけど、本当は押し潰されそうなほどの

プレッシャーと戦ってるはずよ。

彼の緊張をほぐすのは、あなたにしか出来ない仕事でしょ?お願いね。」


ミシェルが教室のドアを静かに開け、窓際で外をジッと眺める後ろ向きの人を指差す。

雪見に気付いた生徒が声を上げそうになったが『シィーッ!』とそれを制し、

ポンと雪見の背中を押し出した。


初デートの待ち合わせ場所に向かうみたいに、なぜかドキドキする。

先生の仕組んだサプライズを理解したギャラリーも、振り向くケントの顔を想像し

一緒にドキドキしながら見守った。


そっと雪見が真後ろまで来た時、気配に気付いた健人が振り向いた。

その瞬間の嬉しそうな笑みときたら。

見守るみんなが幸せな気持ちになった。



「お帰り。」



「…ただいま。」



たったそれだけの言葉を交わすと、健人は雪見をギュッと抱き締めた。

お互いの温もりが隙間を溶かし合い、空白を埋める。


最強の力を手にした二人に、もう恐いものはない。







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