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運命共同体

健人と私が深く下げた頭を、真由子の父はじっと見ていた。

何かを考えながら…。


頭を垂れた二人にとっては、それが何十分にも思えるほどの長く静かな時間だった。


コトン、とワイングラスをテーブルに置く音がして、二人は顔を上げてみる。

そこには私達を見つめる、吉川編集長の笑顔があった。


「君たちは、本当に正直な人たちだ。

いや、ばか正直と言ったほうが正しいかも知れない。

これじゃあ、噂封じ対策を真っ先に考えるのが先決だな。」


真由子の父が、いや吉川編集長が笑いながらそう言う。

健人は、けげんそうな顔して「噂封じ対策、ですか。」と聞いた。


「そう。今回の写真集は、これが一番の大仕事かも知れん。」


「はぁ…。」


「真由子が、必死になって二人をカバーする訳がよくわかったよ。

これじゃあ最初の噂話も、流れて当然と言えば当然だ。

君たちは、分かりやすすぎる。

そんなんじゃ、付き合ってるのがバレバレだよ。」


「ええっ?」


二人は同時に絶句した。


「何をおっしゃってるんですか!私と健人くんは親戚同士で…。」


「恋人同士でもある。だろ?」


「そんな…。」


私は、なんと答えたら良いのか必死に頭の中で模範回答を探した。

真由子とも、二人の関係はトップシークレット!と約束してたのに…。


あとに続ける言葉をあれこれ探している時、隣から健人の声が、さらっと聞こえてきた。


「おっしゃる通りです。僕たちは付き合ってます。」


「ちょ、ちょっと!」


私は慌てて言葉を遮った。

だが健人は、私の目を見て首を静かに横に振る。

その大きな瞳に答えを映し出して。



「俺…ここに来てからしばらく、吉川さんのこと色々観察してました。

ゆき姉が俺を迎えに来た時、突然泣き出したから、そんな奴は許せないと思ってたんです。

でも、それは俺の誤解でした。

あなたには、きちんと二人のことを解ってもらえると感じたんです。

解ってもらった上で、この話を引き受けていただきたいな、と。」


吉川を見つめる健人の真剣な眼差しに、私は言葉を発することをためらった。


「俺は、ゆき姉のことを本当に大事に思ってます。

写真集のカメラマンをやらせてくれって事務所に乗り込んで来たときは、メチャクチャ嬉しかった。」


そう言いながら健人は、隣に寄り添う私のことを愛しそうに見つめてくれた。


「俺は、絶対に二人でいい写真集を作ろうと心に決めました。

だから、吉川さんには嘘をつきたくなかったんです。

いい写真集を作りたいのに、いつも心に後ろめたさを感じてるのは嫌だった。

でも、さすがに今はまだ公にはできません。

俺の肩には、大勢の関係者の生活がかかってる…。」


視線を落とす健人に胸を締め付けられた。


自分が健人と付き合うという事は、そういうことなんだ。

そして自分は今、大変な立場にいるんだと思うと身体が震え、膝の上にぽとぽとと涙が落ちた。


「なに、また泣いてんの?いつからそんな泣き虫になったのさ。

昔は俺のこと、泣き虫だとか弱虫だとか言ってたくせに。」


健人が私の背中をそっと撫でながら、わざとおどけて話す。


「いつも言ってるよね。俺は全力でゆき姉を守るからって。

俺の言葉、信じてないの?」


「そんなわけないじゃない。

でも私と付き合うことで、たくさんの人に迷惑かけたり…。

ファンが離れてったりするんじゃないかと思うと、心が苦しくなるのよ…。」


私の涙は、まだ止まりそうもなかった。

そこで初めて、二人の様子をじっと見ていた吉川が口を開いた。


「大丈夫ですよ。お二人の秘密は必ずこの僕が守ってみせます。

せっかくのビッグビジネスを、逃したくはないですからね。

それに実は、個人的に二人のことを応援したい気持ちが湧いてきた。なんでですかね?

今まで僕に対して、こんなに心をぶつけてきた人たちがいなかったからかな?

それとも、可愛い娘の親友のため、かな?

いや、どっちもだな。


とにかく。僕に任せて下さい。決して悪いようにはしません。

僕は早く、お二人の写真集が見てみたい。

こんなにお互いを思いやる二人が作るのだから、きっと素晴らしい作品に仕上がるに決まってます。」



吉川の脳裏には、すでに完成予想図が見えていた。

クリスマスの書店から、飛ぶように売れて行く写真集。

出版記者会見の様子さえ、今この目の前に見えるかのようだった。


「さぁ、今日から僕たちは運命共同体です。

まずは明日、何としてでも健人くんの事務所と契約を取り交わさなければならない。

それが出来なければ、何も始まらないのですから。


今回、雪見さんからこの話が持ち込まれたという事は、一切伏せておいた方がいいと思います。

内部情報を漏らしたと言われかねませんからね。


幸いにも、流された噂が『斎藤健人の写真集の女性専属カメラマン』と言う話だったので…。

そこから調べて写真集の出版を僕が嗅ぎ付けた、ということで話を進めましょう。

だからお二人も、今日この家で会ったことは内密に。

まぁ、どこかでバレたとしても、親友の実家に招待されたとでも答えておいて下さい。

そういう意味では、今回は隠れ蓑がたくさんあるから案外やりやすいかもしれない。

健人くんと雪見さんは本当の親戚同士だし、うちの娘と雪見さんは親友同士だし。

きっとうまくいきますよ!明日はいい報告を待っていて下さい。」


「ありがとうございます!よろしくお願いします!」


三人は立ち上がり、お互いガッチリ握手を交わしあって明日の健闘を祈った。





真由子の家を出て見上げた暗闇の空には、東京都心には珍しく、たくさんの星が輝いて見えた。

二人はいつまでも手をつなぎながら、上を向いて歩いて行く。


明日からの希望の星を、一つ一つ心にしまってゆくように。

ゆっくりゆっくりと足並みを揃えながら…。




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