不穏な再会
「いやー助かったよ!この人が向こうから来てカメラバッグを…」
「学…。どうしてここに?なんで…いるの?」
興奮覚めやらずな優の説明を無視して、雪見はスーツ姿の男の目を真っ直ぐ見た。
突然の再会であるにも関わらず、なぜか学は驚く気配もない。
いつもと変わらぬ無愛想さでカメラバッグを手渡し、相変わらず仕立ての良い
高そうなスーツで腕組みしながら小言を言った。
「まずは礼を言うのが先だろ?大事なもんを取り返してやったんだから。
オヤジさんの形見が奇跡的に百ドルで戻ってきたんだ。ありがたいと思え。」
上から目線の俺様な物言いに一瞬ムッとしたが、冷静に考えてみてここはニューヨーク。
ドロボーと揉み合い、刺されるケースだって間々あるのだ。
しかも、戻らないと一度は諦めた宝物が無傷で戻ってきた。
学の言う通り、真っ先に礼を言うのが筋だろう。
「ごめん…ありがと。お陰で助かった。絶対戻らないと思ってたから。
でも…よく覚えてたね、このカメラのこと。」
「あぁ。ひと目でわかったよ、雪見のだって。
どっか行く時は必ず持ってたからな、このオンボロカメラバッグ。」
「そう…だね。」
疑いの目でジッと反応を伺ったのだが、学は愛しい思い出との再会に目を細めるだけ。
挙動不審な表情は一切しなかった。
確かに学と付き合ってた頃、どこに出掛けるにもこのカメラを持って出掛けてた。
亡き父が世界を旅した証しの、手荷物タグがたくさんぶら下がった傷だらけのバッグを 。
今は大切な時にだけ取り出すカメラなのに、あの頃の自分はいつもそれを持っていた。
この人との大切な時間を残すため…。
過去の自分を不意に突き付けられ、心が沈んだ。
学と健人への熱量の違いを、あからさまに示されたみたいで。
いや、違う。
健人への想いが劣っているはずがない。
このカメラへの想いが更に特別なものへと変化したせいだ。
そうに違いないと自分の心を納得させた。
それにしても、だ。
こんな何の変哲もないカメラバッグの持ち主を、一目見て判断出来るものだろうか。
と言うよりも、こんな偶然があるものか。
そう言えば…と、雪見はハッと思い出した。
ホワイトハウスに同伴することになった一件を。
確かあの時も、学は偶然の再会を装って近づいて来たん だ…。
直感的に『マズイ!』と思った。また何かに巻き込まれる、と。
ここは早く百ドル返して、タクシーに乗るのが得策だ。
そう決断したところに、蚊帳の外でしびれを切らしたらしい優が、たまらず口を挟んだ。
「あのぉー。お取り込み中失礼ですが…。もしかしてこちらさん、ゆき姉…の?」
「えっ?…あ、ごめんごめんっ!
私のせいで優くんを危ない目に遭わせるとこだった!ほんっとゴメンね。
急いでたのにタクシーの列からも外れちゃったし、どーしよ…。」
「だーかーらぁ。この人、ゆき姉の…。」
シラを切るつもりだったが失敗に終わった。こうなりゃ致し方ない。
「…あぁ、この人?ただの知り合い。」
何を企んでるかわからない学に、優を関わらせるわけにはいかない。
二人を遮断する壁になろうと、間に立ちふさがった。
が、いかんせん190㎝の優と183㎝の学だ。
その間の156㎝の壁など、顔が丸見えのついたてにしかならなかった。
「あ、そうですそうです。雪見の元カレです。」
「ちょっとぉ!自分で言わないでよ。」
「やっぱりそうでしたか!ホワイトハウスに招待された方ですよね?凄いなぁー!」
「優くん、気付いてたのね…。」
そりゃそうだ。
翔平と二人、ホワイトハウスくんだりまで駆け付けるハメになった元凶なのだから。
「ほんっと助かりました。僕一人じゃ取り返せなかったと思います。」
「いや、ラッキーでした。
ドロボーが、僕の番組ファンだって言うのは複雑でしたけど(笑)
でもお陰で百ドルで片が付いた。
ほんとこいつは、昔っからどこか抜けてるとこがあって、世話が焼けるんですよ。」
「あ、やっぱそうですか?じゃ、今もぜんぜん変わってないんだ(笑)」
ついたて越しに始まった、大男二人の和やかな会話。
しまいには意気投合しそうな勢いに、雪見は焦った。
「学っ!これから出張なんでしょ?あ、それとも帰って来たとこ?
百ドル…いや、お礼に二百ドルあげる!だから早く行きなさいよ。」
とっとと追っ払おうと、バッグから財布を出そうとした時だった。
学の口から予想外の言葉が飛び出した。
「白崎優さん、ですよね?ロジャーに頼まれてお迎えに上がりました。
向こうに車を待たせてるので、どうぞ。」
「えっ!?」 優と雪見が同時に声を上げた。
「ロジャーに頼まれて、って……俺を…ですか?
誰かの間違い…じゃなく?」
「学、それでここに居たの!?」
一気に疑問が解け雪見は半分納得したが、優は目を見開き驚いたまま。
何時の便で着くとは関係者に伝えてはあったが、まさかあのロジャーが
自分ごときにそんな配慮を…と、半信半疑ながらも嬉しさに胸が震えた。
「映画の記者会見にいらしたんですよね?だったら間違いないです。
さぁ、急ぎましょう。」
「ほんとですかっ?ありがとうございます!助かったぁー!!」
学がスタスタ歩き出したので、優とマネージャーも慌てて荷物を手に後をついた。
が、もっと慌てたのは雪見だった。
「ちょ、ちょっとーっ!私は?私は一人で行けって言うのぉ!? 」
「バカ、お前もに決まってんだろ!二人を連れて来いって頼まれたんだから。
とっとと着いてこい!」
「えっ?二人って…私も?」
背中がゾクッとして足が止まった。
なぜ私も…。
私と優くんが同じ便だったなんて、なぜ知ってるの?
「乗りたくないなら別にいい。あの長蛇の列に、並び直すんだな。」
「だ、誰も乗らないなんて言ってないでしょ!」
学がいつになく冷たく言い放った。
その瞳からは真意を読みとれない。
だが…。
たったひとつ、手掛かりを見つけた。
意にそぐわぬ事を強制されると、無意識に唇を噛む癖を。
付き合ってた頃、雪見だけが見抜いた心のSOSを。
なぜ、今あなたは唇を噛んでるの?
それは昔と同じ意味?
それとも年月を経て、単なる癖に変化したの?
愛する人に会えるドキドキが、緩やかに速度を落としたことを
まだ雪見は気付くはずもない。