二人の騎士(ナイト)
「アカデミーの大ホールって……うそーっ⁉︎
優くんも健人くんの発表会、観に行くのぉお!?」
目をまん丸くして驚く雪見を、優はとても愉快そうに見てる。
「そ!思いがけずね。
まぁ、それが目的で行くわけじゃないんだけど、同じ場所でやることになったから
ラッキー♪ってね。」
「同じ場所で、って…何を?」
ハテナ顔の雪見を楽しんでる優は、なかなか答えない。
「さーて、何があるでしょう(笑)」
「いじわる!教えてよぉ。アカデミーの大ホールで何かあるの?
…あ!ハリウッドを紹介する旅番組のロケ、とか?」
「あははっ!残念ながらそんなんじゃないよ。
てか、あなたさっきネットニュース見てたでしょ?周りもみんな騒いでたじゃん。」
「…は?ネットニュース?みんなが騒いでたって…健人くんの…記者会…見?
…え?まさか優くんも…記者会見に出るってことぉ⁈
それって、健人くんと同じ映画に出る…」
「シィーッ!一応明日までシークレットだから。
でも正解。やっと当たった(笑)さ、ビール買ってこよ♪」
「ちょ、ちょっとぉー!次は私がおごるんだってばぁ!」
優は、女子におごらせるなんて事はあり得ない。
190㎝の大男は常に最上級の紳士でありナイトであり。
それは健人に対してもそうであってくれるので、優さえいてくれたら健人は大丈夫、
と安心していられた。
「お待たせー。」
再び美しく注がれたビールをそろそろと持ち帰り、優が「ほいっ♪」と
片方を差し出す。
「ありがと。」
「じゃ、も一回カンパーイ!ウマッ♪
ゆき姉の言う通り、空港で飲むビールはひと味違うわー。」
「でしょでしょ?…て、ビール飲んでる場合じゃなーいっ!
ね、ね、今の話…ホント?」
身を乗り出し小声で聞いた雪見に、優はニカッと笑ってピースした。
その瞬間の、雪見の嬉しそうな顔ときたら。
キャッ!と声を出したいのに出せなくて、足がバタバタしてるのが可笑しかった。
「とにかくそーゆーこと。今は詳しく話せないけど、いい役もらったよ。」
「凄い凄いっ!ホンギくんに優くんまで!どんな映画になっちゃうんだろ、楽しみ〜♪」
無邪気に浮かれる雪見だったが、どうやらまだ大事なことを知らされてないようだ。
健人のことだから、公式発表が行われるまで詳しい話はしないつもりなのだろう。
目の前で笑う人を見て、この笑顔がいずれ曇る瞬間が訪れることに健人同様、心が痛んだ。
「そろそろ戻ろっか。」
残りのビールをグイッと飲み干したところで、二人は自分らの状況を把握した。
いつの間にか遠巻きに、林の中でぐるり野犬に取り囲まれたハイキング客状態になってたのだ。
「あちゃーっ!やっぱ、こーなるか(笑)」
「どうしよ…。」
雪見は顔をこわばらせ、身を硬くした。
ファンが怖い訳ではない。
優と二人でいることに、あらぬ噂を立てられるのが怖いのだ。
通信網が驚異のスピードで進化を遂げた今、誰もがパパラッチやスクープを狙う記者に
簡単になれる。
誰かが得た情報は、一瞬にして世界共有の情報になるのだ。
それは『真実も嘘も』一緒くたに。
しかし言い換えれば、50人のマスコミが一万人に増えるようなもんで、
時と場合によっては絶大なる広報ツールになる事を、優はすでに心得ていた。
「うーん、まだちょっとは時間あるよね。…よしっ!」
「え?うそ。優くんっ!」
優は驚く雪見をその場に残し、自らツカツカと客人に近づいて行った。
「写真はNGだけど握手はいいですよ。そんなに時間取れないけど。
あ…知ってると思うけど、あの人、俺の彼女じゃないからお間違えなく(笑)」
手を差し出された女子5人グループは、思わぬ優の対応に顔を上気させ
キャーキャー言いながら次々と握手する。
「斉藤健人の彼女さん…ですよね?もし かして、健人の舞台観に行くんですか?」
「おっ!当たりー!偶然同じ飛行機だったから祝杯上げてたの。
君たち知ってる?健人がハリウッドデビューするって。
明日記者会見あるみたいだけど、他にも日本のカッコイイ俳優出るらしいから要チェックね♪
じゃ、気をつけて行ってらっしゃーい!」
優は、わざと周りにも聞こえるよう大声で話し、五人組に手を振る。
見送られた彼女らは「行ってきます!」と、その場を離れるしかなく、
見事なまでのファンさばきを雪見は呆気にとられて眺めてた。
その後も次々差し出される手を、優は嫌な顔ひとつせず握り返す。
まるで雪見への防波堤のように。
一通り握手し終わると、「じゃ、俺達も行ってきまーす!ゆき姉、行くよ。」
と声を掛けてくれたので、雪見も「行ってきます。」と小さく微笑み、
ギャラリーに会釈した。
「ありがと、優くん。」
盾になってくれた事に歩きながら礼を言うと、優は意外な返事を返した。
「俺が向こうにいる間は…俺が健人を守るから。」
「えっ…?」
優は雪見を見ることもせずそう言うと、歩くスピードを少し速めた。
前を行く大きな背中をボーっと見ながら後ろを歩く。
と、忘れかけてたあの日の不安が、フッと蘇った。
綺麗なブロンドのジュリエットが、瞼の裏に不敵な笑みを浮かべて待ち構えてる。
愛する人に会いに行く旅は、敵の懐に自ら飛び込む覚悟をも必要としてた。
「はぁぁ…やっと着いた。やっぱ東京からNYは遠いわ。
ゆき姉、荷物持つよ。」
「大丈夫。優くんの方が大荷物だもん(笑)さ、行こう!」
13時間超の長旅を終え、やっとJFK国際空港に降り立った雪見らは
手続きを済ませ荷物を受け取ると、タクシー乗り場へと急いだ。
発表会開演まで、あまり時間に余裕はない。
優の泊まるホテルと雪見の帰るアパートが近いので乗り合わせ、取りあえず
荷物を置いてからアカデミーに駆け付けることに。
しかし、すでにタクシー乗り場には長蛇の列が出来ていた。
「ヤバくね?間に合うかな…。監督より遅れて行くわけにはいかないし…。
どうしよ。バスはどうなの?」
「うーん、そうだなぁ…。でもタクシー次々くるから、もうちょっと並んでみよう。」
「じゃ、俺は街中の渋滞状況調べてみるわ。 」
そう言いながら優がタブレット端末を手にし、雪見はケータイを取り出すため
カメラバッグを地面に下ろしたその時だった!
横を通り過ぎようとした若い男がいきなりカメラバッグをひったくり、
全速力でその場から逃走したのだ。
「ちょっ!ドロボーッ!!誰かーっ!私のカメラバッグー!!」
余りにも慌てて、日本語で叫んでしまった。
その声に反応したのは優だけで、「待てぇー!!」とすぐさま追いかけてったが、
周りのほとんどの客は日本語がわからず、『なんだろ?』という顔で
走る男の背中を見送った。
雪見はその場に立ち尽くしたまま。
追いかけることは、はなから諦めてた。
歩く速さには自信あるが、走るとなるとからっきしダメ。
今までの人生で、ビリ以外は取ったことがなかった。
「もうダメ…だ…。父さんのカメラ…。」
そのバッグに入ってたのは亡き父の、形見のカメラ。
特別な場面を写す時にだけ取り出す、特別なカメラであった。
「健人くんを写そうと思ったのに…。
今日は健人くんの、特別な日なのに…。」
そう思うとポロポロ涙がこぼれ、その場にしゃがみ込んでしまった。
優のマネージャーが雪見の肩に手を置き「大丈夫ですか?」と聞きながら、
心配そうに優の姿を目で追ってる。
と、突然「あっ!雪見さん、大丈夫ですよ!見て下さいっ!」とマネージャーの声が。
顔を上げ前を見ると、遠くから優ともう一人、見覚えあるスーツ姿の長身男が
カメラバッグ片手に、こっちに向かってやっ て来るではないか。
『…えっ?うそ…。』
男は雪見の前で立ち止まり、バッグをグイと突き出すと冷たく言い放った。
「大事な物なら手から離すな!」
それは唯一雪見に説教する男。
元カレの学であった。