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思いがけない同伴者

「じゃあ、秋人くん。三日間留守にするけど、あとの事お願いね。」


雪見がそう言いながらケータイをバッグに仕舞い、トランクとカメラバッグを手にすると、

秋人がスッと二つの荷物に手を伸ばし、ニッコリ笑って外まで運んでくれた。


「任せて下さい。次の撮影のスタンバイも、ちゃんとしておきますから。

仕事のことはすっかり忘れて、楽しんで来て下さい。」


「ありがとう。でもドキドキして楽しむ余裕ないかも(笑)」


「大丈夫ですよ。健人さんはどんな時でも完璧ですから。

あ…すみません。そんなこと、俺が言わなくても雪見さんが一番よく知ってますよね。」


余計なことをと秋人は詫びたが、健人を尊敬して止まない人に穏やかにそう言われると

心から安心出来る気がした。


「ううん、そうね。秋人くんの言う通り。

健人くんなら大丈夫だよね。うん、楽しんで来る。

秋人くんも久々のお休み、楽しんでね。じゃ、行ってきます。」


「行ってらっしゃい。」



早朝からスタジオで、人気アイドルと大物ミュージシャンの撮影をこなし、

合間に自身への取材を受けた雪見は残りの片付けを秋人に託し、15時05分発の便で

ニューヨークへ向かうべく迎えの車に乗り込んだ。


成田を飛び立ち12時間51分後には、愛する人の待つ地へと降り立つ。

そしてその3時間後の夕方6時には、いよいよ健人が主演を務めるハリウッド

アクターズアカデミーの発表会「ロミオとジュリエット」の幕が上がるのだ。


本当はもっと早くからそばにいてやりたかったけど、仕事はギリギリまで詰まっていて、

前日からNY入りしたいなんてワガママは到底言えるはずもなかった。


こんな時、少なからず今の仕事を後悔してしまう。

お金を稼ぐのは大変だったけど、時間を自由に使えた猫カメラマン時代は良かったな、と…。


窓の外に流れる大都会の雑踏を、ぼんやりと瞳に映す。

すると脳裏はそれを否定するように、気ままに猫を追いかけてた田舎の畦道や、

海辺で気持ち良さげに昼寝する、木陰の猫を投影し出した。


いけない、いけない…。

ただの猫カメラマンじゃ、健人くんには釣り合わないの。

明日舞台の幕が下りた瞬間、『世界の斉藤健人』に名を変えるのだから…。


大きな歓声。鳴りやまない拍手。世界への扉がギギッと開く音が、耳の奥から聞こえる。

間違いなく何かが大きく変わる予感を遮断するため、雪見は瞳を閉じる。

と、ものの数分で眠りの神様が、スッと現実世界から引き離してくれた。





相変わらず人、人で溢れかえる成田空港。


最近すっかり顔を知られるようになった雪見は、昔のように店をブラつくことも、

時間潰しにビールを一杯♪てことも躊躇するようになった。

しかも今回はプライベート旅行。

盾となってくれるマネージャーの今野もいない。

出国手続きを済ませた後は、キャップを目深に被って黒縁メガネを掛け、

極力人目につかぬよう隅の方でひっそり本を読みながら、搭乗案内を待っていた。


と、その時。

後ろに座る女子二人の会話が耳に飛び込み、雪見は驚いて顔を上げた。


「ちょっ、見て見てっ!ネットニュースにニューヨークの健人が出てる!

キャーッ!来年公開のハリウッド映画に、準主役で出演が決まったってー!!

うそ!しかも監督と主演はロジャーヒューテックなのぉ!?凄い凄ーいっ!」


「ほんとだっ!え?明日記者会見があるー!ニューヨークの明日夜9時って、日本のいつ?

てゆーか、うちら日本にいないじゃん(笑)

ママに電話して、ワイドショー片っ端から録画してもらわなきゃ!」


どうやら情報が解禁になったらしい。

雪見も急いでスマホをバッグから取り出し、ネットニュースをくまなく読んだ。

想像通り、各メディアはトップニュース扱いで大騒ぎしてる。


そのうち、前からも横からも健人の記事にはしゃぐ声が聞こえてきて、

雪見は思わずキャップのつばをグイと下げ、誰にも見つからないよう息を潜めた。


それにしても明日の夜9時から会見って…発表会が終わったすぐ後?

夜は二人っきりで、舞台の成功をお祝いしたかったんだけどな…。


そんなこと、始めから無理だとわかってる。

記者会見が無かったとしても、クラスで打ち上げするに決まってるし、

主演のロミオが居ない打ち上げなどあり得ない。

だけど…。思うだけは自由だよね…と溜め息をついた。


ネットの中で微笑んでる健人は、思ったよりも早いスピードで、手の届かない

どこか遠くへ運ばれて行くらしい。



再び本の続きに目を落とす。

が、残念ながらもう一行も頭に入ってこない。

時間が出来たら読みたいと、ずっと思ってた大好きな作家の素敵なお話なのに、

ちっとも心に響かなくなった。


「はぁぁ…。」


諦めてページをパタンと閉じる。

ボーっと膝の上の表紙を眺めていたら、スッと近寄って来た人の声が頭上から降ってきた。


「Can I sit next to you?」(隣りに座ってもいい?)


若い外人男性の声だなと思いながら、隣に置いたカメラバッグを急いで膝に乗せる。


「Certainly!Have a seat!」(どうぞ!座って。)

空いた席を手のひらで示し、にこやかに顔を上げてアッと驚いた。


「ゆ、優くんっ!?どーしたのっ?」


そこに立ってたのは見上げるほど大きな人。健人の心友、優ではないか!

だが、大きかったのは雪見の声もだ。

一斉に周りの視線がこっちを向き、優を見つけてキャーッ!と歓声が上がってしまった。


しまった!と慌てる雪見。

しかし優は一つも動じず、いつものことさ、という顔してニッと笑った。


「久しぶりだね!元気そうで安心したよ。

翔平から、ゆき姉が入院してたって聞いたから。」


「うそっ!翔ちゃんが言ったの?

くっそ、翔平めぇー!あんなにナイショだって言ったのにぃ!!

でもまさか、健人くんにも話したんじゃ …。」


『綺麗な顔して突然飛び出す男言葉に、めちゃギャップ萌えすんだよなー。』

上機嫌に飲んでそう話してた健人を思い出し、『今みたいなやつね。』とクスリと笑った。


しかし雪見は、とても心配そうな目を向ける。

自分が倒れたことも頑なに隠すほど健人に気を使って…と、その健気さを

いじらしく思った。

だから俺はこの二人を応援したくなるのかも知れない、と…。


「大丈夫だよ。健人に言ったらぶっ殺す!って釘刺したんでしょ?(笑)」


「ぶっ殺すなんて言ってないもん!ぶん殴るって言ったのっ!」


「あははっ!まぁ殺されるのも殴られるのもイヤだろうから、翔平は言わないよ。

そーだ。まだ時間あるから、あっちでビールでも飲まない?」


「え ?…あ、うん。行く。」


物騒な言葉のやり取りに、周りが引いてるように見えたのは気のせいではないだろう。

雪見は取りあえずこの場所この視線から逃れようと、荷物を抱えて優を追い越した。


「ちょっとちょっと。そのカメラバッグ、うちのマネージャーに預けるから貸して。

別に、ここで撮影始める訳じゃないだろ?(笑)

悪ぃ!ゆき姉のカメラ、見張ってて。あっちでビール飲んでくるから。」


雪見は何度か顔を合わせたことのある優のマネージャーにペコリと頭を下げ、

「すみません、お願いします。」と大事なカメラバッグを預けた。



立ち飲みスタンドで顔を隠すようにうつむき待ってると、優がビールを両手に戻ってきた。


「よしゃ、乾杯っ!」「カンパイ !うーん、おいしー♪」


「ほんっと、酒飲んでる時のゆき姉って幸せそうだよね(笑)」


「だって、空港で飲むビールって格別じゃない?旅のワクワク感が倍増するっていうか。

…て、聞き忘れてたけど、優くんはどこ行くの?何時の便?」


雪見がアッという間に飲み干して「もう一杯飲もっかなぁ♪優くんも飲むでしょ?

次は私がおごるよ。」と、ビールを買いに行こうとした時だった。


優の返事に「…え?」と言ったきり足が止まった。



どうやら優の行き先もニューヨーク。

しかも、ハリウッドアクターズアカデミーの大ホールらしい。










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