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悪い予感

「ほんと…に?…ハリウッド映画に…健人くん…が…。」


「ゆき姉、おめでとうっ!私も嬉しい!」


みずきが抱き付き祝福する。

雪見は、ただただ泣くよりほかなかった。

聞きたいことは山ほどあるし、おめでとうだって百万回言いたかったけど、

次から次へと溢れる涙に言葉を遮られ、嗚咽にしかならない。


そんな雪見を、電話の向こうの健人が『まーた泣いてるし。』と優しく笑う。

今野は「良かったな。でも、もうそろそろ泣き止んどけ。

次の取材の写真写りが悪くなる。」と笑いながら肩をポンと叩いた。


いいよ、何とでも笑えばいい。

私の涙はこんな日のために、あるのだから…。


健人は泣いてる子供をあやすように、穏やかな声で話しかける。

それを雪見は、うん、うんとうなずきながら黙って聞いた。


『ゆき姉に早く教えたかった。でも色々クリアしなきゃならない事があって。

ごめんね、今まで黙ってて。

ほんとは留守電に入れとこうかと思ったけど、やっぱ直接伝えたかったから…。

少しは元気…出た?』


健人はやはり気付いてた。翔平の言ってた通りに。

だが、元気のない理由を問うでもなく、何も相談しない事をとがめるでもなく、

今現在の状態だけを気遣った。


それこそが彼の愛。

自分の感情よりも相手の心情を優先する。

私から話さない限り、彼は聞いてはこないだろう。


だから…話さない。


こんな時に、私なんかに立ち止まってちゃいけない。

あなたは真っ直ぐ自分の道を進むのよ 。

それが私の愛だから…。


「うん、元気出た。ありがと。ほんとにおめでとう。

あーもぅ!嬉し過ぎて何から聞けばいいのかわかんないや。

ねぇ、どんなお話なの?主役は誰?健人くんはどんな役?」


『でた!得意の質問攻め(笑)ゆき姉はやっぱ、そうでなくっちゃ。』

健人が安心したように笑ってる。


『アクション映画だよ。刑事物の。

俺はね、なんと主人公のバディ役!俺も刑事なの。凄くね?』


「…えっ?うそーっ!!それって準主役ってこと?ほんとに?キャーどうしよう!!

ハリウッドデビューでさえ驚きなのに、準主役とか嬉しすぎて頭がパニック!

で、主人公は誰っ?有名な人?あ、監督は誰なんだろ?」


涙はとうに引っ込み、今は聞きたいことが泉のように湧いてくる。

あれも聞きたい、これも聞きたい。ドキドキワクワク。

だけどもう時間がない。

取りあえず大まかな話だけ聞いて、あとはいつもの時間に電話し直そう。


「ねぇ、監督は誰?誰?」


『監督は…。』


健人が、ほんの一瞬置いた間で、心臓がドクンドクンと強く打ち出す。

それは期待に高鳴る胸なら良かったが、本能が感じ取ってしまった恐怖感。

次に吐き出される言葉が脅威に思えた。


『監督は…ロジャーヒューテック。』


「……ロジャー?…ロジャーが監督…なの?」


名前を聞いた瞬間、胸騒ぎが当たったと身震いした。

いや、それどころか益々鼓動は速まり、胸騒ぎの震源地がそこではないことを知らせる。


ロジャーヒューテック。

今ハリウッドで最も勢いのある人気俳優。

だがそのビッグスターは…ローラの父親でもあった。


『…そう。ロジャーが初めて監督する作品。主演もロジャー。

俺は…その相棒役に抜擢されたんだ。』


雪見の反応を予測してたかのような、淡々とした声。

最初の弾んだ声はとうに消えてた。


本当は即座に「凄いじゃないの!」と喜ぶべき場面。

あんな大物俳優がメガホンを取る初監督作品に、星の数ほどもいたであろう

選考対象者の中から、日本人若手俳優 斉藤健人が準主役に選ばれたのだ。

これが正式に発表されたなら、日本のマスコミはビッグニュースとして

大々的に取り上げるだろう。


それほどまでに凄い話。

健人の未来を決めるかもしれない、夢に描いてたハリウッドデビュー。

しかし。

雪見には、降って湧いたような話が腑に落ちなかった。

発表会の舞台を観て声が掛かったなら納得できる。

きっと健人演じるロミオは世界を魅了するはずだから。

でも…。なぜ…。


日本での人気と実力を買われての大抜擢、と素直に喜べない自分を嫌悪する。

健人だって、手放しで喜ぶ私の声が聞きたかったろうに…。


だが、胸のざわつきの原因を突き止めねばならない。

意を決して恐る恐る口を開いた。


「共演者…は?あとは…誰が出るの?」


『ホンギもオーディションに合格したよ。あとは◯◯と◯◯と…ローラ。』


健人は何人もの名前を羅列したが、雪見の耳には入ってこなかった。

震源地を突き止め、足がすくんで動けない。

それを素早く察知したみずきが雪見の肩をギュッと抱いたので、辛うじて立ってはいられたが

再び襲ってきためまいは当分治まりそうもなかった。


そのあと自分は、なんと言って電話を切ったのだろう。

どんな顔して次の仕事をこなしたのか。

ただ、最後に健人が「大丈夫だから。」と言った声だけが今も耳に残る。


大丈夫だから…。


私もそう言ってあげれば良かった…。





それから一週間後の6月4日。


母の四十九日を迎え、弟の雅彦は有給を使って妻ひろ実と上京。

雪見もスケジュールの詰まった忙しい中、何とか二時間空けてもらって実家に駆け付け、

菩提寺の僧侶にお経を頂いて、簡素ながらも法要を執り行った。

何も知らない今野には、母の定期検診に付き添いたいから、と嘘をついて…。


「よぅ!姉貴、久しぶりっ!

随分売れて忙しそうだけど、よく時間作れたね。」


「当ったり前でしょ?49日に顔も出さないんじゃ、父さんに叱られるに決まってる。

どう?引っ越し準備は進んでる?ひろ実ちゃん、お腹の赤ちゃんは元気?

荷造りなんて、ぜーんぶ雅彦に任せて、ひろ実ちゃんは赤ちゃんのことだけ考えてね。」


「大丈夫ですって!(笑)それよりお姉さん、また痩せたんじゃ…。

ちゃんとご飯…食べてます?」


ひろ実がそう言うと、雅彦も心配げに目を向けた。


「…私?食べてる食べてる!最近忙しいとすぐ体重落ちちゃうの。

でも痩せ過ぎてモデル首になったら困るから、一生懸命食べてるよ。心配しないで。

それにね、あと十日もしたら、またNYへ行けるから♪

健人くんの発表会があるの。私が出るわけじゃないのに、もう今からドッキドキ(笑)」


姉が嬉しそうにしてるので、二人ともホッとする。

が、発表会ということは、それが終わったら健人は留学を終え帰国。

いよいよ、母が亡くなったという事実を話す時がやってくるのだ。

NYへ行けるからと、単純にウキウキしてる場合じゃない。


「なぁ、姉貴。健ちゃんにお袋のこと…どうやって切り出すつもりだ?

遺言通り、何とか発表会までは隠し通せそうだけど、その先が一番の難関だぞ。

帰国して、どのタイミングで伝えるか…。」


「あぁ、帰国…ね。えーっと…まだ当分帰って来れなくなっちゃった。」


「え?ええーっ!?帰って来れなくなっちゃった、って…。

まさか…犯罪でもっ!?」


「バッカじゃないのぉお!?誰が犯罪者よ?違うからっ!

向こうで映画の撮影があるのっ!

健人くん、ハリウッドデビューが決まったのっ!!」


「う、う、うっそぉぉぉおお!!!健ちゃんがハリウッドデビュー!??」


「あ!言っちゃった…。まだナイショね。マスコミ発表あるまで絶対口外禁止!

まだ帰って来られないの。

母さんはきっと、それなら言っちゃダメ!って思ってる…。

だから…引き続き協力お願いね。いや、お願いしますっ!」



それは必死にフルマラソンを走り、やっとテープが見えたー!と喜んだのも束の間、

ゴールテープをスススッと、まだまだ先へ移動させられたかのような虚脱感。


浅香家の重要機密事項は引き続き厳重に鍵を掛けられ、三人で死守することに。

嘘の延長戦突入に、写真の中の母は少し申し訳なさげな目をしてた。





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