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嬉しい知らせ

「いらっしゃいませ、浅香さま。お久しぶりでございます。

今野さまも、ようこそ『秘密の猫かふぇ』へ。」


母が亡くなった夜に来た時には顔を合わせなかった顔なじみのイケメン黒服が、

受付でにこやかに二人を出迎える。

彼はこの店一番の猫好きで、雪見が行くといつも猫談義に花が咲いた。


「こんにちは。まさか今日来れるなんて思わなかったから、すっごく嬉しい!

猫ちゃん達はみんな元気?」


「はい、元気にしてますよ。

あ、ここに置いてた写真集、もう全部売り切れてしまいました。

撮したのが浅香さまだとお分かりになると、皆さま本当に凄い金額を

募金箱に入れて下さって…。

お客様にも、浅香さまにも感謝申し上げます。」


猫思いの彼は深々と頭を下げ、雪見に礼を言った。


「そう!良かったぁ。じゃ、また新しいのを作らなきゃね。

暇見て猫ちゃん、撮しに来ます。

今日は朝ご飯食べる時間しかないんだけど、奥のカフェはもう開いてるかしら?」


「はい。あちらで、みずきオーナーもお待ちかねでございます。」


「うそっ!みずきが来てるの?キャーッ!嬉しいっ!!

今野さん、行こ行こっ!」


「お、おぅ!」


キョロキョロ周りを見回し『またしても場違いなとこに来ちゃったぞ、おい。』

と気後れしてた今野は、雪見がその場から歩き出してくれホッとした。

そんな雪見は、さっき車の中で今野とした会話を思い出しながら先を行く。



今野さん、『秘密の猫かふぇ』って行ったこと…ありましたっけ?


あるわけねぇだろっ!そんな秘密の高級クラブ。

うちの事務所で買い取ったから知ったようなもんで、サラリーマンの俺には 

縁もゆかりもないわ。

 

じゃあ…どうして?

 

頼まれてたんだよ、健人に。


えっ…?


お前が疲れ切ってピンチの時、少しの時間でいいから連れてってくれって、

この前ニューヨークで会員カードを渡されたのさ。


うそ…。

 

本当はよ、本人以外ダメらしいが、健人の留学中は俺が使えるように、

みずきに交渉したんだと。

ひどくねぇか?

マネージャーの俺に、仕事サボって猫かふぇ連れて行けって言うんだぜ?(笑)

あ、会員カードの貸し借りは、事務所にはナイショだからな。



健人の優しさを改めて噛みしめ、 胸が一杯になる。

速度を落とすと涙も落ちそうで、雪見は歩幅を拡げて長いトンネルを

ぐんぐんと突き進んだ。


「ゆーき姉っ♪待ってたよ。」トンネルの出口でみずきは待ち構えてた。


「みずき…。」 


ここにも優しい人が…いた。

その笑顔を見た途端雪見の瞳からは涙が溢れ、みずきに抱き付き声を上げ泣いた。


何も言わなくてもわかってくれてる。

みずきには自分の心を誤魔化さなくていいんだ…。

そう思うだけで、どれほど心が解き放たれることか。


みずきも、雪見の心と身体が弱ってるのは今野からの電話以前に見抜いてたので、

少しでも早く修復してやりたくてギュッと抱き締め、自分のパワーを雪見の中に

注入するイメージで念を送った。


みずきの不思議な力を知らない今野には、抱き合って再会を喜ぶ二人にしか見えないだろう。

そんなに大泣きするほどのことか?と、少々呆れ顔で抱擁が終わるのを待っている。


しばらくして、雪見の心が力を蓄えたのを感じ取ると、みずきはニッコリ微笑み腕を解いた。


「ほらほら、もう泣き止んで。」


「…あ。ああーっ!みずき、お腹に赤ちゃんいるのにギューッてしちゃったぁ!!

大丈夫?ねぇ赤ちゃん大丈夫っ!?」


「あははっ!大丈夫よ。心配しないで。

これぐらいでどーにかなる赤ちゃんなら、もうとっくにどーにかなってるわ。

この子のパパはハグが好きだから(笑)」


「そっか、良かったぁ。当麻くんきっと、お母さんと赤ちゃんを二人まとめて

ハグしてる気分なんだよ。

絶対いいお父さんになる!楽しみ。元気な赤ちゃん…産んでね。」


「うん、ありがと。

あ…シェフが腕により掛けて作ってくれた朝ご飯が冷めちゃうわ。

さぁ、早く食べましょ。今野さんもどうぞ。」


みずきは、赤ちゃんのことで雪見に負い目を感じさせたのでは…と心配になり

すぐに心を読んだが、そんなふうでもなくホッとした。


みずきに案内され着いた席には、テーブルいっぱいにお洒落で美味しそうな朝食メニューが

ずらりと並んでた。


「キャーッ!美味しそう♪豪華な朝ご飯!」


「ゆき姉の好きそうなもの、見つくろって作ってもらったのよ。

どう?少しは食欲出てきた?」


「えっ?お前、今まで食欲無かったのか?それで痩せて倒れた…ってわけ?」

今野が初めてそれに気付き、雪見を問い詰める。


みずきは『シマッタ!また余計なこと言っちゃった!』と、慌てながら

今野に飲み物を聞いた。


「今野さんはコーヒーがいいですか?

あ、北海道直送のしぼりたて牛乳も、濃厚でとっても美味しいですよ。」


「おっ!牛乳が美味そうだな。コーヒーは食後にもらうよ。

なんか高級ホテルの朝飯みてぇだ。よし、ご馳走になるか。

…おい、これうめぇぞ!食ってみろ。」


嬉々と食べ出した今野を見て、雪見とみずきがクスッと笑い目配せ。

雪見も「食べよ食べよ♪いただきまーす!」とフワフワのオムレツにナイフを入れた。


いつ以来だろう。食事をこんなに美味しく感じるのは。

帰国して食欲が無くなってからは、サプリメントだけで済ますこともあって…。

健人くんと一緒にいた時は、あんなに食べることが好きで料理も好きだったのに…。


今の自分が情けなく、涙がジュワッと滲む。

だが『いけない、いけないっ!』と急いで焼きたてクロワッサンを頬張り

涙の気をそらした。


せっかくみずきが立て直してくれたのに、また落ちてしまうではないか。

余計なことは考えないでおこう…。



食べながら三人で他愛もない話に大笑いしたり、足元に寄ってきた子猫を抱き上げ

頬ずりしたりするうちに雪見は、細胞の隅々にまでしっかり栄養が行き渡った気がした。


「おっ、もうこんな時間か。そろそろ帰ろう。

お前は家でシャワーして着替えるだろ?俺は事務所でひと仕事してから、

12時前には迎えに行くよ。

みずきも今日はありがとな。うまい朝飯食わしてもらったよ。

雪見も元気になったみたいだし…助かった。」


「いえいえ、ちゃーんと今野さんにツケときますから(笑)」


「嘘だろっ!?俺の給料、全部吹き飛んじまうよぉ!」


みんなで大笑いしてるところに、突然今野のケータイが鳴った。

今野は「おっ、やっと来たか?グッドタイミングだな。」と雪見を見ながらニヤリ。

みずきもその電話が誰からなのか、何の用件なのかを即座に感知したらしく、

雪見をニコニコと見つめてる。


「??? な…に?」


「おぅ、お疲れっ!待ちくたびれたぞ。ずいぶんかかったな。

…うん。うん。……そうかそうか。

よしっ!じゃあー決まりだなっ。おめでとう!

俺はこれから事務所に戻って、常務と諸々手配を進めるよ。

雪見?ここにいるよ。今、例の猫カフェで朝飯食ったとこ。

あぁ心配すんな。午前の仕事が午後に変更になって、時間空いたから来ただけだ。

ちょっと待てよ、今代わるから。」


今野がケータイを突き出し「ほらっ。健人から。」と言うのでビックリ!


「えっ?健人…くん?」


半信半疑で受け取ったケータイの向こうから「もしもし、ゆき姉っ?」

という本物の健人の声がした。

その声がいつもと大きく違うのは、やけに興奮気味だということ。

13回目に吹き込まれた留守電ともまるで違う、明るく弾んだ声なのだ。


「ゆき姉、聞いてっ!俺、映画が決まったよ。

あ…連絡遅くなってゴメン。正式に決まるまでにちょっと手間取ったんだ。

俺、来年公開の…ハリウッド映画に出ることになった。」


「う…そ…。」



それは健人の夢が、またひとつ実現した瞬間だった。











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