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健人の胸騒ぎ

「おーい!着いたぞっ。

でも少し早過ぎたな。こんなスイスイ来れると思わんかったから。

おい、どうした?起きろ。

…ったく、しょーがねぇーなぁ。どんだけ爆睡してんだよ(笑)

ま、ギリギリまで寝かしといてやるか。次の仕事も大変そうだし。

こんだけスケジュール詰まってたら、お疲れモードも仕方ないよな。」


今野はルームミラーでチラッと後ろを見ただけで、そんな脳天気なことを言ってる。

もはや身体を起こす気力も体力も、エンプティランプが点灯してる雪見に気付かずに…。



それから30分後。


「よーし、時間だぞっ!一眠りしてスッキリしただろ。今度こそ起きろ。

顔にヨダレ付いてないか、降りる前に鏡を見とけよ(笑)」



 …………。



「おい…。雪…見?お、おいっ!どうしたっ!?」


何も返答無く静まり返った後部座席の異変に、今野はやっと気付いた。

慌てて運転席を飛び出し、雪見側のスライドドアを急いで開ける。


「どうしたんだっ!!どこか具合悪いのかっ!?」


揺り動かされた雪見は力を振り絞り、やっとの思いで鉛のような体をムクッと起こす。

その瞬間めまいがしたが、しばらく目を閉じてるとそれは治まった。


「すみません…。大丈夫です。さぁ…行きましょう。」


「行きましょう、ってお前なぁ!どう見ても大丈夫じゃねーだろっ!?

大体、顔が真っ青だぞ。まさか…二日酔いだとか?」


「違いますよ…。ほんのちょっと…寝不足で貧血気味なんだと思います。

大丈夫です…気にしないで下さい。さ、急ぎましょう。」


力無く微笑んで雪見は車を降り、ふぅぅ…と大きく肩で息してから歩き出す。

今野にだって本当のことは言えなかった。

帰国してからずっと夜も眠れないことを。

身も心も緊張し続けてクタクタで、だけど気を緩めるとプチンと糸が

切れてしまいそうなことを…。



雪見と今野が訪れたのは、都内の高級ホテル。

18時から大ホールで『スミスソニア』の新作内覧会が行われるのだ。

雪見は19時から催されるミニファッションショーのモデルを務めるのと、

その後に行われるトークショーのゲストとしても呼ばれてた。


シャンデリア煌めく会場には、着飾って招待状を手にした各界のセレブや芸能人、

マスコミ関係者らが続々と到着。

早速新作ドレスを品定めしたり、無料で振る舞われる高級シャンパン片手に談笑したりと

華やかな賑わいを見せている。

その様子を雪見はメイク室の鏡越しに、ぼんやりとモニターテレビで眺めてた。


「顔色悪いですけど…大丈夫ですか?」


『スミスソニア』社員であろうメイクさんが、ファンデーションを塗りながら

心配げに聞いてきた。


「…えっ?あ…大丈夫です。

ごめんなさい。最近お肌の手入れをサボってるから…。」


ピントのずれた返事に聞こえただろう。

でも、吐き気がするほど緊張してるとは言いたくなかった。

空気はたくさんあるのにアップアップと溺れてるような息苦しさ。

冷たくなった指先。ドレスさえも重く感じる身体。


誰にも助けてはもらえないんだ。自分が頑張るしかないんだよ。

でも…。

助けて……健人くん…。




その頃、つぐみは一人ファミレスで、テーブル上のスマホを睨み付けてた。

雪見のことを兄に伝えるべきか否か。

秋人のことを兄に聞こうか否か…。


ウェイトレスは、自分が運んだパスタがいつまで経っても手を付けられないのが気になって、

通り掛かるたびチラチラと様子を伺ってる。


『ダメだ…。やっぱり言えないや。

ゆき姉のこともシュートさんのことも、どっちもムリだ。

だってお兄ちゃん、ゆき姉のことが大好きなんだもん。

離れてるってだけで心配だろうに、もっと心配になるようなこと言えないよ。

…あ。それに今、ニューヨークって何時?』


つぐみはハッと思いつき、スマホでニューヨーク時間を検索する。


『えっと…こっちが5月26日(月)の18時23分でしょ?

で、ニューヨークは今…サマータイム中なの?

じゃあ13時間日本が進んでるってことは…向こうは朝の5時23分だ!

あははっ!そんな時間にお兄ちゃん、起きちゃいないわ。

危ない危ないっ。ただでさえ寝起き悪いのに、叩き起こして怒鳴られるとこだった。

いいや。もうちょっと様子見しよーっと。

あ…パスタが冷めてるぅぅ!』


つぐみが、冷めて固まったカルボナーラをエイヤッ!とフォークに丸め、

パクッと口に頬張った時だった。

テーブル上のスマホが、兄からの電話を知らせるドラマの主題歌を、

とんでもない大声で歌い出してしまったのだ。

しまったーっ!マナーモードが解除されてたぁぁぁ!!


「お、お、お兄ちゃんっ!?」


健人は雪見が心配で嫌な夢を見て、夜明け前に目覚めたらしい。

いつもギリギリまで寝てて、体を揺り動かしても簡単には起きぬほど

朝に弱い兄を知ってるだけに、つぐみはビックリした。


「ちょ、ちょっと待って!あと五分したらまた電話して。」


つぐみは皆の注目を集め、穴があったら入りたいほど恥ずかしかったのだが、

食べ物を残すのは作ってくれた人に対して失礼!と母に躾られて育ったので

大急ぎでパスタを完食し「ご馳走様でしたぁ!」と会計を済ませファミレスを飛び出した。


そこへ再び兄からの電話。

地下鉄駅へと歩きながら、取りあえずは相手の出方を見ることにする。


「あ、おはよ。さっきはごめんねっ。ファミレスに居たから。

しっかし早起きだねぇー。そっちはまだ朝の5時半過ぎでしょ?

ビックリしちゃった(笑)」


「ゆき姉んとこ行って来たんだろ?どうだった?ゆき姉。」


しまったぁー!出方を見るも何も、いきなり本題かよぉ!?

まさかこんな事態になるなんて思わなかったから、お兄ちゃんに

『これからゆき姉んとこ行ってくるよ♪』なんてメール、しちゃってたんだぁぁ!


つぐみは頭がクラクラした。

授業中先生に突然当てられ、しどろもどろに答えを探す午前の自分が蘇った。


「えーっとぉ…。どう…って?」


「ゆき姉の様子を見てきてくれたんだろっ!?

元気だったの?変わりなかったか?体調は崩してなかった?」


こんな心配げな兄の声を、つぐみは今まで聞いたことがなかった。

本当に心配してるんだ…。

そう思った途端、ポロッと涙が一粒落ちた。


「お兄ちゃん…。ゆき姉、可哀想だよ…。

お兄ちゃんに心配かけないように…一生懸命ひとりで戦ってるよ…。」


「なんだよ、可哀想って…。ひとりで戦ってるって何だよ…。

ゆき姉になんかあったのかよっ!つぐみーっ!!」





「このたび我が社は、アジア圏に新たな旋風を巻き起こします。

その象徴として選ばれたのが人気カメラマンであり、アーティストとして

世界デビューも決まった今もっとも輝いてる女性、浅香雪見さんです!

どうぞ盛大なる拍手でお迎え下さい!」


新作ドレスに身を包み、にこやかに登場した彼女の美しさに場内はどよめき、

すぐさま大きな拍手と歓声が贈られる。


だがステージ横の今野はドキドキ。

着慣れないドレスにハイヒール、最も苦手なトークにその上体調不良、

と三拍子揃った雪見をハラハラ見てる。


そんな心配をよそにトークショーの席に着いた雪見は、精一杯の笑顔とおしゃべりで

場を盛り上げ華を添え、ドレスの売り上げにも大きく貢献して内覧会の成功に一役買った。



「はぁぁ…無事終わった…。ありがとうございました。」


ねぎらいの言葉をあちこちからかけられ、お礼を言って控え室に戻る途中のこと。

雪見は突然、足元から崩れるように廊下に倒れ込んだ。


「お、おいっ!雪見っ!しっかりしろーっ!!誰か早く救急車をっ!!」




控え室で雪見のケータイがピコピコと点滅してる。

着信が12回と、心配を隠した優しい声の留守電が、戻って来ない持ち主を待っている。


胸騒ぎが当たったことを、10900㎞ほど先の健人はまだ知らない。


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