二人の絆
「てか、なに?このでっかい家!しかもこんな都心に。
一体、何者なの?」
健人は、私が真由子に連れてこられた時と同じようなセリフを呟いた。
「やっぱ私と同じこと言った!私たちって、似た者同士だねっ ♪」
「こんな豪邸見たら、みんな言うこと決まってるし。」
「え、そうなの?つまんないの。」
私達は繋いだ手を離し、一呼吸置いてから健人がインターホンを押した。
ピンポーン ♪ 『はい。』
「斎藤です。」
健人が名乗った途端、インターホンの向こうから真由子の大絶叫が飛んできた。
「ほらね。言った通りでしょ?」
「今のはヤバくね?近所に事件かと思われるかも。」
「そりゃマズい!」
健人と私は、慌てて門の中へと飛び込んだ。
玄関先には真由子の母が出迎えてる。
「ようこそいらっしゃいました!お待ちしてましたのよ。
ごめんなさいね、こんな時間にうちの主人がお呼び立てして。」
真由子の母は、健人を前にしても特段騒ぎ立てるでもなく、終始穏やかに微笑んでた。
「いえ、こちらこそ写真集のことでお力になって頂けるそうで。
本当にありがとうございます。」
「さぁさぁ、話は中でゆっくり。どうぞ上がって下さい。」
居間では、ガチガチに緊張してるっぽい真由子と、相変わらず堂々とした父とが待ち構えていた。
「ようこそ健人くん!よく来てくれたね。『ヴィーナス』編集長の吉川です。
いつもうちの編集部がお世話になって。ありがとう。」
真由子の父は立ち上がりながら右手を差し出し、健人と握手を交わした。
「こちらこそ。
今日は僕の写真集のことで、色々と雪見さんがお世話になりました。」
健人は握手をしたまま、隣にいる私のために礼を言った。
「お、お父さんっ!私を紹介して。」
小声で真由子が、父に催促する。
「おぉ、そうだった。健人くん、うちの娘の真由子だ。
さっき初めて聞いたんだが、なんでも君の大ファンらしい。
すまないが、娘と握手してやってくれないか?」
「あ、いいですよ。
ども!斎藤健人です。ドジなゆき姉が、大変お世話になってます。」
「ドジな、って失礼ね(笑)。」
健人は、グラビアでよく見るキラースマイルで真由子に右手を差し出した。
顔を赤らめ、おずおずと手を伸ばす真由子。
その右手を健人が両手で包み込み、握手しながら目を見て仕上げにニコっと微笑んだ。
今にも卒倒しそうな真由子の顔ときたら。
向かいで見ていて、私は笑いをこらえるのに必死だった。
真由子の母が、また例の赤ワインとグラスを持ってきて「お近づきの印しに。」と健人のグラスにワインを注いだ。
「じゃあ、健人くんの写真集の成功を祈って、カンパーイ!」
お互いにグラスを合わせたあと、一口ワインを飲んだ健人。
「うまっ!凄く美味しいですね。これ、どこのワインですか?
僕、最近ワインが凄く好きになって。うん、めっちゃウマい。」
すかさず真由子が、勢いよくソファーから立ち上がる。
「あ、あの、私がカリフォルニアから買い付けたワインなんですっ!
良かったら家にたくさんあるんで、今度雪見に持たせます!飲んで下さい!」
私はさっきタクシーの中で、健人にワインの話をした事を思いだし、さすが!と感心してた。
「さぁ、もう時間も遅いことだし、ここからは本題に入るとしよう。
真由子と母さんは、先に休んでいなさい。
真由子は泊まっていけるんだろ?」
「ええ、明日はお休みだから。でも、雪見の話がまだ終わってないし…。」
真由子が『美人カメラマン計画』について言ってるのがわかった。
が、私は今イチ乗り気じゃなかったので、悪いがその話しはスルーしようと思った。
「真由子、ありがとね。お陰でうまく仕事が出来そうだよ。
私のことならもう大丈夫。健人くんも来てくれたし…。」
隣りの健人と目を見合わせ、お互いニコッと微笑みあった。
「そっか…。そうだよね。じゃ、あとは二人で頑張って。
お父さん。明日は絶対に契約採ってきてよ。採れなきゃ私、怒るからね!
それじゃ雪見、またね。お休みなさい。」
健人が「お休みなさい。」と返したら、真由子は “ひゃあ〜”と変な声をあげ、そそくさと居間を退散した。
いつもは姉御肌のバリバリ真由子なのに、今日は少女のような、ふわふわ真由子であった。
次に会った時、なんて言ってやろうかと密かに楽しみにしてる。
「さてと、健人くん。雪見さんから話は聞きましたか?」
「まぁ、タクシーの中でざっくりとは。」
「今回の話、うまく契約が結べれば、お互いにとって大変有益な話だと思うんですよ。
私としては、何としてでも採りたい仕事だ。
すでに頭の中には、契約後の戦略さえはっきり見えてる。
こんな時間に無理を承知で来てもらったのは、本人の意志をきちんと確認しておきたかったからです。
どうも最初の話だと、真由子と雪見さんが勝手に進めてるような印象を受けたので…。
肝心の本人はどう思っているのかと。」
「この人はいつもそうなんです。
僕の事となると、後先考えずに行動してしまう。
写真集の専属カメラマンを志願した時もそうでした。
けれど、すべて最善のアシストをするためであって、決して自分のためなんかじゃない。
僕は雪見さんに感謝してます。今は仕事が楽しくて仕方ない。
たぶん、今までで一番いい顔して仕事してると思います。
だからきっと写真集も、これまでにない素晴らしい物になると確信してます。
もし吉川さんの所で、この写真集を作ってもらえたら、絶対に売る自信があります!
でもその前に、誰にも邪魔されずに仕事がしたいんです。
もしもゆき姉…いや雪見さんが降ろされることになった時は…。
僕は今回の出版を、無かったことにしてもらうつもりです。」
私は、初めて聞く健人の考えにびっくりした。
もしカメラマンを降ろされたら、写真集も中止になっちゃう!
それはとんでもない話だ、 と。
「お願いしますっ!私たちの力になって下さい!」