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愛情たっぷりシチューの味

『もしもし、ゆき姉っ?』


「…え?うそっ!?健人くん?

どーしたのっ?まだ稽古中でしょ?だからメールにしたのに。」


健人のケータイを鳴らしたのは、確かに雪見からのメールだったのだが、

健人は中身も読まずにすぐ電話した。

文字をやり取りする時間がもどかしかったし、何より声を聞きたかったから。


『今日は早くに終わったんだ。今、ストレッチしてたとこ。

でね、さっきプレゼント届いたから、お礼言いたかったわけ。』

「プレゼン…ト??…あ、もしかして…今日の写真もう見たの!?」

『うん、見た。みんなで見たよ。

事務員さんがプリントしたのを綴じて、持って来てくれたんだ。』

「ええーっ!?私が勝手に送りつけたのに、そんな事までしてくれたのぉ?

キャーッ!急いでお礼のメールしなきゃ!!」


雪見があたふたしてるので、隣の今野が何事か!?と目を丸くしてる。

と、雪見の耳に突然、健人の『ごめんね。』という言葉が飛び込んできた。


「えっ…?なに…が?」

『ゆき姉…あのために早く帰ったんだよね。それなのに…ゴメン。』


一瞬何のことかと戸惑ったが、すねたことを謝ってるのだとすぐ気付き

胸がキュンとした。

悪いのはいつも私なのに…。


「ううん。私の方こそ、ちゃんと言えばよかったのに…。ごめんねっ。

ほんとは日本に帰ってからにしようと思ったけど、いい写真撮れたのわかってたから、

みんなに早く見せたくなっちゃって…。」

『うん。めちゃくちゃいい写真ばっかだったよ。みんなも喜んでた。

やっぱ、ゆき姉は凄いカメラマンなんだなーって、改めて思った。

俺の自慢の奥さん。最近好き過ぎて困ってる(笑)』

「健人くん…。」


そんなこと、今言わないでよ。

私、奥さんらしいこと、何にもしてあげられないのに…。

今だって、あなたを置いて帰ろうとしてるのに…。


不意に言われる愛の言葉は、そこまでの平常心を一秒で掻き乱す。


会いたい…。

「私も大好きだよ」って、あなたの胸に飛び込みたい。

ずっと一緒に居たいよ…。


今ならまだ…戻れ…る?


本気で今野をまいて引き返そうかと思った時だった。

健人のケータイ越しに、ホンギの大声が聞こえた。


『ゆき姉ーっ!写真ありがとねー!!

勇気と自信がいっぱいいっぱいになったから、今日頑張るよ!

俺もゆき姉が好き過ぎて困ってるー(笑)』

そう言いながらホンギが爆笑してる。


『クッソー!聞かれてたかぁぁ!!

お前、あっちで先生と話してたじゃん。どんだけ地獄耳なの。

てか、いっぱいいっぱいって日本語、使い方間違ってるし(笑)』

『え?なんで?すごーくたくさんって意味じゃないの??

ねーねー、それとさ。地獄耳って日本語、怖くない?

なんで地獄の耳なの?よく聞こえるんだから天国耳じゃダメなの?』

『天国耳とか、そんな日本語ねーし(笑)

日本で仕事したいなら、もっと勉強しなさいっ!』


健人とホンギの楽しそうな笑い声。

仲の良い兄弟みたいだな…。

それを耳にして、今すぐ戻りたいという呪縛は緩やかに解けた。


そうだったね。

みんなそれぞれの場所で、自分の頂上を目指すんだった…。

私には私の、健人くんには健人くんのやるべき事があるんだよね。

なんで私は、いくつになってもフラフラしてんだろ。

健人くんの方が、よっぽど大人。

私は年ばっか食って、なにやってんだか…。


いい加減自分自身に呆れかえり、溜め息が出る。

でもそろそろ時間だ。


「ねぇ。話してて大丈夫なの?まだ終わってないんでしょ?」

『え?あ、やっべ!先生から伝言頼まれたんだった。』

「伝言?私…に?」

『いいニュースだよ。ゆき姉が撮した写真を発表会のパンフに使いたいんだって。

アカデミーから正式な依頼だって言ってた。おめでと。』

「えっ?うそっ…。私の写真が発表会のパンフレットに…?」


隣で今野が「でかしたっ!!」とガッツポーズしてる。

それはアメリカのマスメディアに、日本人カメラマン浅香雪見が、

広く紹介されることを意味してた。


アカデミーでは毎年、発表会用に本格的なパンフレットを作成する。

来場者に無料で配られるのだが、このパンフが近年人気で、

ネットオークションでは高値で取引されるほど。

なぜなら。そこには未来のスターが確実に写っているから。


これまでに多くの有名俳優を輩出してきたアカデミー。

過去のパンフには、今やハリウッドを代表するスター達の貴重なデビュー前の姿が。

それを託される新進カメラマンも、スターが誕生すると同時に知名度が上がり、

今では起用されること自体がステータスであり、将来を約束される意味合いを持つ。


そう言えば、アカデミーに来てすぐ言われた事を思い出した。

「あなたカメラマンなの?じゃあ彼同様、あなたにも大きなチャンスが待ってるわ。」と…。


だが、そんな話にはちっとも興味が無かった。

自分は健人に同行したカメラマンであり、次に出す写真集のために最高の仕事をする、

ただそれだけしか頭には無かった。


この先も、ずっと猫と健人くんさえ撮していければそれでいいのに…。


厄介な仕事がまたひとつ増えそうで、嬉しいという感情が湧いてこない。

雪見がしばし考え込んでると、今野がイライラした様子で「貸せっ!」

とケータイを取り上げた。


「健人、勿論OKしとけよっ!

そんな美味そうな棚からぼた餅、受け止めない奴がどこにいる!」

『いや、棚ぼたではないですけど。ゆき姉の才能が正しく評価されただけで…。』

「何だっていいんだよっ!『スミスソニア』といいアカデミーといい、

ビッグチャンスが向こうから転がってきたんだ。

ホワイトハウスの一件から、こんな追い風が吹く時を待ってたのさ。

よしっ!あとは日本に戻ってから正式な契約をしよう。そう伝えといてくれ。

お前も雪見と一緒に世界へ飛べよ。必ず…な。」

『そのつもりです。』


その時、成田行き搭乗開始のアナウンスが流れ、客が一斉に立ち上がり移動を始めた。


「じゃ、時間だから行くぞ。」

『あ、すみません。ちょっとだけゆき姉に代わってもらえますか?』

「おぅ。」

『もしもし、ゆき姉?なんか悩んでんの?俺はゆき姉の仕事、応援してるよ。

てゆーか俺だって世界に出んだから、専属カメラマンも有名じゃないと困るんですけど。』


健人は電話越しに優しく笑ってた。

でも本心なんて読みとることは出来ない。

だって彼は…一流の役者なのだから。




慌ただしく電話を切ったあと、健人は雪見から届いてたメールを開いた。


  健人くん、お疲れ様です。

  私は無事空港に着いてるよ。

  あのね、バタバタ家を出て来たから

  バスタオル出してくるの忘れたぁ!

  夕飯もシチューしか作れなかったの。

  ごめんね。

  でも愛情とブロッコリーだけは山盛

  り入れて作ったよ。へへっ。

  身体に良い野菜の王様なんだから、

  風紀を乱すなんて言わず、ちゃんと

  食べること!

  ホンギくんの分もあります。

  カメラテスト終わったら、ワインで

  乾杯してあげて下さい。

  では、吉報が届くと信じて!

  

         by YUKIMI


「オカンか…。」


そう呟きながら、相変わらず絵文字のないメールをボーっと見つめる。

だが、これ以上見てると自分は泣き出すであろう事に気付き、慌てて文字をパタンと閉じた。


そしてホンギは無事カメラテストに合格。

健人と二人『スミスソニア』のアジア圏イメージモデルに就任した。

雪見から送られてきた写真が後押ししたことを帰り際に聞き、閉じたはずの涙腺が再び緩む。


その夜に食べたシチューのブロッコリーは、初めて『あってもいいかな。』

と思える気がした。




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