同じ想いを持つ者へ
静かにジャズが流れる、コーヒーの香り漂うラウンジ。
だが向こうのテーブルで打ち合わせ中の3人が、チラチラこっちを見てる。
今入って来た重役らしき紳士2人も、驚きの表情で遠くの席へと着いた。
みんなの注目を集めてるのは、ゴキゲンにワインを飲んで盛り上がる女子二人。
言っておくが、ここは『スミスソニア』米国支社内。
決して街中のパブではない。
「ねぇ、頼むから、もうちょっと小さい声で話してよ。
みんながこっち見てるって。」
健人が小声で隣の雪見に注意する。
が、すぐにブロンド女史が口を挟んだ。
「あら、気にすることなんかないわ。
ここ、夕方からはアルコール片手に打ち合わせしてもいい場所なんだから。
それに私達、今後の仕事に大切なディスカッションしてるのよ。
年下夫を持つ女はどうあるべきか、ってね(笑)」
「はぁ、そうですか…。」
やり手のビジネスウーマン、ステファニーにそう言われてしまったら黙るしかない。
向かいのイケメン部下、いや、夫のアレンがクスッと笑って「乾杯♪」
とビールを突き出したので、健人も苦笑いしながらそれに応じた。
「彼女、相当嬉しいんですよ、ユキミと話せることが。
こんなにはしゃいでる姿を、きっと会社の誰も見たことがないはず。
彼女はみんなが憧れる完璧な女性。我が社が誇る優秀な公告ディレクターなんです。」
そう言いながらアレンは彼女を、愛しそうに誇らしげに眺めた。
「いつ結婚したんですか?
さっき、『私達の関係を見破ったのはあなたが初めて』って…。」
「あぁ(笑)。ユキミの観察眼は鋭いですね。さすがカメラマンの目だけある。
先月結婚したんです。と言っても婚姻届を出しただけで…。
僕たちのこと、会社にはまだ秘密にしてるんです。」
「えっ?じゃあ、あんな声で話してたらバレちゃうんじゃ…。」
「多分…もうバレて楽になりたいってとこ、あるんでしょうね。
結婚した時、僕はみんなに話そうって言ったんですけど、彼女が頑なに拒んで。
会社の中じゃずっと、上司と部下の関係を貫いてました。
僕が好奇の目に晒されるのは耐えられない、って…。
僕は、彼女以外は考えられないから平気なのに。
そんなに年齢って…重要ですかね。」
彼は少し悲しげに笑って言った。
愛しい人を見つめる綺麗な横顔が、健人の胸をギュッと締め付ける。
「僕は…関係ないと思います。」
そう言い切ってしまったが、12歳差と20歳差じゃ、やっぱり違うのかも知れない。
でも、彼女以外考えられないという言葉に心の中で同意し、自分も早く
籍を入れたいな…と少し羨ましく思った。
「君たちは?君が日本で有名な俳優なら、色々と大変なんじゃない?」
「えぇ、まぁそれなりに(笑)。ファンあっての仕事ですからね。
彼女は本当に大変な気遣いをしてくれてると思います。
でも僕は、ファンの人達にも彼女にも嘘はつきたくないから、本心を伝えます。
嘘はきっ と…自分も相手も傷付けてしまうから。」
「いいな…。僕も自分に正直に生きたい…。
彼女が少しでも笑顔でいられるように、ずっとサポートしていきたいんだ。」
はにかみながら笑うアレンを見て、本当に彼女の事が好きなんだな…
と、二人を応援したい気持ちがムクムクと頭をもたげた。
そうだ!いいこと考えたっ♪「ゆき姉、耳貸して。」
健人は、アレンがステファニーと見つめ合って話し出したのを見て、
何やら雪見の耳元でコショコショと内緒話を始めた。
「なに?やだ、くすぐったーい!ひゃははっ!
お願いだから、もう少し離れてしゃべって(笑)
え?うんうん。…そうなの?ふーん。そーいうことか…。
で?健人くんにしては大胆なアイディアだけど、 スリル満点で面白そうじゃん!
よし、それ乗ったー!健人くん、優しいから大好きっ!」
雪見が健人の顔を引き寄せ、ほっぺにチュッ♪
「ヤッベ!もしかして相当酔ってんの?やっぱ無理?」
「この私を誰だと思ってんの?雪見さまに任せなさいっ♪」
四人はラウンジを出て、突き当たりにあるスタジオ方面へとなぜか再び歩き出す。
向こうから人が来て、雪見と健人はドキドキ。
よりによってポスター撮影を担当したカメラマンだ!
「ボス、お疲れ様です。あれ?みんなでどこ行くんですか?
スタジオにはもう誰もいませんよ?」
「あぁ、いいのよ。ちょっとスタジオ借りるわね。
ユキミがケントの宣材写真を撮らせて欲しいって言うから、試しに何枚か撮って
見せてもらうだけ。
ちゃんと片付けて帰るから心配しないで。」
「あ、そうなんですか。
ポスター撮影中にユキミが撮した写真、さっき何気なく見たけど、相当良かったですよ。
あのままボツにするのはもったいないくらい。
ユキミに撮らせるケントの宣材は有りかも知れません。
じゃ、お先に失礼します。お疲れ様でした。」
何の疑いもなく二人がそう会話したので、雪見と健人はホッと胸を撫で下ろす。
「さてと。『ケントを撮らせたら世界一』って豪語した腕前、とくと拝見させてもらうわ。
カメラはさっきユキミが使ったのでいいわね?じゃ、始めてちょうだい。」
酔ってるはずのステファニーが、すっかり仕事モードの真剣な顔になってて健人は焦った。
が、反対に雪見はアルコールのお陰で、大胆にも堂々とシナリオ通りの芝居を演じて見せる。
「あ、その前に。衣装お借りしてもいいですか?
健人くんが私服のままだと、イメージがまったく違うので。
やっぱり『スミスソニア』を身にまとうって事が大事だと思うんです。」
「それもそうね。いいわ。隣の衣装室から好きなの選んで着てらっしゃい。」
「ありがとうございます!健人くん、行こ。私が選んであげる♪」
そう言いながら雪見と健人は、スタジオ内にある大きな衣装室へと消えていく。
ここには今まで『スミスソニア』で発売されたすべての服や装飾品が収蔵され、
さながら『スミスソニア』博物館といったところだ。
その中から二人は似合いそうな物を手早く選び、再びスタジオへと戻って行った。
「えっ?どうして着替えてこなかったの?中に更衣室があったでしょ?
それに、それって…。」
健人と雪見がそれぞれ手にして戻った衣装を見て、ステファニーとアレンが
顔を見合わせた。
どう見ても、ウェディングドレスとタキシード。
これは一体…?
「私、もちろんケントを撮らせたら世界一ですけど、多分今日は世界一の
ブライダルカメラマンです。
だって、新郎新婦の心が手に取るようにわかるから。」
「えっ…?」
「私が二人の結婚写真を撮ってあげます。
籍を入れただけでドレスは着てないんでしょ?話は聞きました。
アレンに素敵なドレス姿を見せてあげて下さい。」
ステファニーは『あなたねぇ!』という顔でアレンを睨み付ける。
が、アレンがいつになく真剣な目で見つめ返すので、フフッと笑って
「負けたわ。」と言った。
「誰かに見つかると恥ずかしいから、スタジオに鍵掛けてくるわね。」
「あ、もうとっくに掛けてあります(笑)こっちも準備しときますから着替えて来て。
ドレスはそれが似合うと思うけど、自分の好きなのに換えていいですよ。」
「『スミスソニア』ウェディングは世界一素敵なドレスなの。
だからどれを着たって世界一の花嫁になれるわ。」
にっこり笑ってステファニーはアレンにキスをした。
ドレスに着替えた妻に見とれる夫の幸せそうな微笑みは、今まで見てきた
どの新郎新婦よりも輝いてる。
健人にしては珍しく大胆なサプライズだった が、その優しさが何よりも嬉しくて
雪見は健人の首にぶら下がり、百万回のキスをした。