心友のために
「あ、あのっ!やっぱり私、クビ…ですか?
カメラ無視して自分の撮影に没頭しちゃったし、規約違反で痩せちゃったし…。」
最後は蚊の鳴くような声だった。
やっぱ、そうだよね…。
世界の頂点を目指すための真剣勝負だもの、私なんかじゃ…と。
ところが彼女は大きな身振りで「Say what?」(なんですって?)と笑い出した。
「どういうこと?私、一言でもそんなこと言ったかしら?
確かにあなた、ホワイトハウスでうちのドレス着た時より痩せたわね。
でもそのお陰で、バストがボリュームアップして見えるわ(笑)」
「…え?」
一瞬の間を置いて、ホッとしたように健人がクスクス笑い出す。
今野も「バストがボリュームアップ」は聴き取れたらしく、健人に小声で
「そうなの?」と聞いて雪見にひじ鉄を食らった。
「もっと自分に自信と誇りを持ちなさい。あなたは我が社が選んだ人なのよ?
私を誰だと思ってるの。私が手掛けた仕事に、一度だって失敗は無いわ。
それが私の自信と誇り。
あなたも胸を張って堂々と『スミスソニア』の顔になってちょうだい。」
にっこり微笑んだ彼女の瞳は、やっと雪見に安堵と少しの自信を与えてくれた。
いいんだ…。
この私が『スミスソニア』のモデルと名乗ってもいいんだ…。
良かった…。
ふと、ローラの顔が頭に浮かぶ。
心がひるみそうになるけれど『負けない…。』と自分に言い聞かせた。
「そうそう、肝心な話をしましょ(笑)
ねぇ、マネージャーさん♪うちの会社と…モデル契約を結ばない?」
「えっ?」
「えっ?」
マネージャーさんと言われ、今野と健人が同時に声を上げた。
が、どう見てもブロンド美人は、またしても健人を向いてる。
部下とおぼしき長身イケメンが、彼女の隣で明らかに失笑したので、
今野は穴があったら入りたかった。
「それって…どういうことですか?僕が『スミスソニア』のモデルに?
あの…今更で申し訳ないんですが、僕、マネージャーではないんです。」
「やっぱりね(笑)じゃあ…プロのモデルさんかしら?
いいえ、職業なんて何だっていいのよ。要はうちと契約さえ結んでくれれば。
これからユキミに続いて、メンズ部門でもアジア強化に乗り出すの。
そのためのオーディションを、アジア三ヶ国で開いて二人選ぶつもりなんだけど、
まさか一人目を今日ここで発見出来るとは思わなかったわ。」
「二人…選ぶんですか?…あ。もし僕がお引き受けしたら…。
推薦したい友人がいるんですけど、会うだけ会ってもらえますか?」
健人は自分がどうこうよりも先に、ある友人の顔を思い浮かべた。
あいつにこの仕事、どうしてもやらせてやりたい…。
「あなたが引き受けてくれるなら喜んで!
でも。採用する、しないは別の話よ。よく見極めさせてもらうわ。
それでいいなら二、三日中に、ここへ連れて来なさい。面接してあげる。
じゃ、あなたは決まりねっ♪早速詳しい話しに移りましょう。
どうぞ、こちらへ。あ、皆さんもご一緒にどうぞ。」
「なになに?どーいう展開だ?今、健人は何て言ったの?」
言葉をよく理解出来ずにいる今野に雪見が通訳してやると、今野は大声を上げて驚いた。
「え?ええーっ!?健人まで『スミスソニア』のモデルにぃ?
そりゃスゲー話だ!けど事務所も通さず勝手に決められても、今後の予定ってもんが…。
いや、こんなでっかい仕事、断る理由はない!まずは事務所に連絡だっ!」
「えっ?ちょっと、どこ行くんですか、今野さん!
日本は今、朝の7時ですよ?まだ誰も出社してませんって!
やだ、一緒に居て下さいよぉー!」
雪見が止めるのも聞かず、今野はその場から立ち去った。
残された健人と雪見は『仕方ないなぁ…。』と思いながら、ブロンド美人と
長身イケメンの後に続き、長い廊下の先にあるラウンジへと移動する。
「お腹が空いたでしょ?ここのローストビーフサンドとビールのセットは
安くてボリュームがあって美味しいのよ♪みんな同じでいいわね?」
そう言うと彼女はウエイターに、セットを4つ注文した。
今野の分は…ない。致し方なし。
程なく運ばれた美味しそうな黒ビールは、緊張で喉がカラカラだった雪見の頬を一瞬で緩め、
ニコニコ顔へと変貌させる。
「あなた、今日一番の笑顔だわ(笑)さ、まずは乾杯しましょ。
『スミスソニア』の新しい仲間に、乾杯♪」
「乾杯!」
まだ契約も交わしてない健人にとってはピンと来ない言葉だったが、
何より雪見が嬉しそうだったので自分も嬉しかった。
まぁ雪見の笑顔は、ビールによる割合がかなり高いだろうが。
「う〜ん、美味しいっ♪久しぶりに心から美味しいビールだぁー!」
ゴクッゴクッゴクッ。
「もう一杯頂いてもいいですか?あ、もちろん自分で払いますから。
このサンドイッチも、めっちゃ美味しい〜♪」
「早っ!どんだけ喉乾いてたの。あと一杯にしておきなよ( 笑)
あ、それで僕の契約の件なんですが…。」
子供みたいにゴキゲンな雪見を『可愛いなぁ。』と横目で見ながら、
健人は安心したように本題に入った。
自分のためじゃなく、友人のために。
もちろん世界の『スミスソニア』の顔に選ばれたことは光栄だ。
雪見と二人、最高峰を目指す手伝いを出来るのだから、こんな名誉なことはない。
だが。
自分が選ばれたことに関しては、不思議なほど冷静でいる。
元々、本業の芝居以外に欲はないのだ。
それよりも何よりも、もう一人選ばれるというアジア人モデルに、
何としてでも彼がなって欲しかった。
だから淡々と自分の契約を済ませた後は、熱く彼のことを語り出した。
『ホンギ…。あとはお前の運と実力だけど、俺は出来る限りの応援をするから…。』
ビールを飲みながら黙ってその様子を見守ってた雪見にも、健人の想いは伝わってくる。
『きっとこの仕事が獲れたら、ホンギくんの未来は拓けるよね…。
そしたら貧しい家族だって…。よーし!』
「あのぅ、お話中突然ですが、お二人って…恋人同士、ですよねっ?」
「は?はぁあ!?いきなりなに言い出すんだよ、ゆき姉っ!失礼だろ。」
健人は慌てた。
どう見ても二十代後半イケメン男と四十代後半ブロンド美人女史は、上司と部下の関係。
なのに雪見ときたら、そんな爆弾発言を。
酔っぱらってんのか?
「あ、ゴメンナサイ!失礼しましたっ!恋人同士じゃなくご夫婦…ですよね♪」
「だーかーらっ!失礼だって。
スミマセン!この人、緊張から解放されて酔いが回ったみたいで。
気にしないで下さい。ほんと、ごめんなさい。」
健人がペコペコと詫びるのを見て、突然のことに目を丸くしてた美人女史が
可笑しそうに笑い出した。
「よくわかったわね!私達の関係を見破ったのは、あなたが初めてよ♪」
「え?ええーっ!?」