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自分で決めた道

アメリカから帰国後、わずか十日の間にもたらされた出来事。

愛する母の死。

みずき&当麻夫婦と弟夫婦、二組に宿る初めての赤ちゃん。

モデル浅香雪見とアーティスト『YUKIMI&』の世界デビュー決定。


渡米前、誰がこんな未来を予測しただろう。

消え去る命と新しく生まれる命。新たな道へと踏み出す私。

そして…愛する人に嘘をつく私…。


人間とは、少し先の自分さえも想像の範疇に無いことが間々ある。

私が進むこの道の先に待ってるものは、光なのか闇なのか。

歩き出すのに足がすくむが、ただ一つ言えるのは、その道を選択するのは

いつも自分だと言うこと…。



午前に英国ブランドとモデル契約を交わし、午後は『YUKIMI&』世界デビューの調印と大 忙し。

夜は、今後の打ち合わせを兼ねた祝いの席を小野寺が設けてくれ、今野と三人祝杯を上げて

雪見が実家にたどり着いたのは、すでに深夜1時を過ぎていた。


「ただいま。」と玄関を開けると、朝からずっと留守番していた猫たちが

人恋しそうにいそいそと集まって来る。


「ただいま。ごめんね、遅くなって。

みんな良い子にしてた?お腹空いたでしょ?今、ご飯あげるからね。

母さんもただいま。今日ね、決めてきたよ。母さんの言う通りにしてきた。

これから忙しくなるけど…頑張るから。父さんと見守っててね。」


『頑張るから』と言う言葉は、自分自身に言い聞かせた言葉でもある。

きっかけはローラに対抗するためだとは言え、もう後戻りは出来ない。

今野の 人生さえ巻き込んでしまったのだから最善を尽くさねば。


仏壇に手を合わせ、急いで猫にご飯をあげる。

母の居ない家は静かで空気がひんやりと冷たく、何日経っても慣れることはない。

それは猫たちも同じで、毎日母の帰りを今か今かと待ってるのが切なかった。


健人くんも…私の帰りを待ってくれてるかな…。



今日のことを早く報告しなくちゃ、とケータイを握り締める。

NY時間はランチ時。今なら電話しても大丈夫だが、何て切り出そうかとドキドキ。

程なく、健人の慌てた声が耳に飛び込んできた。


「もしもしっ?ゆき姉?どうしたのっ?お母さんに…なんかあった?」


それはこの前とまったく同じセリフ。

悲しいほどに心配げで、胸が痛いくらいに優しい声 だった。


母さんのこと、ずっと心配し続けてくれてるんだよね…。

ごめんね…。ごめん…。


愛する人を悲しませる嘘が辛くて、こぼしてはいけない涙が一粒落ちる。

だけど…絶対に気付かれるもんか。こうなったら最後まで女優でい続けてやる!

キュッと唇を噛みしめ、そっと涙を拭いて笑って言った。


「あははっ!心配症だなぁ、健人くんは。母さんなら元気にしてるから。

あ、今、話しても大丈夫?お昼休み?」


「うん、今カフェテリアにいる。

何にもないならいいけど、この時間の電話は心臓に悪いよ。だってそっち、夜中じゃん。」


「夜中だっていつだって、健人くんの声が聞きたくなるの。

あ、でも…。稽古場にまで電話しちゃダメだよね。ごめん…。」

「ダメじゃないよ。まぁ、レッスン中はどうしたって出れないけど。

俺だってゆき姉の声聞きたいしさ。つーか、会いたい…。」


ぼそっと呟いた言葉に胸がキュンとしたのだが、健人はすぐに

「うゎ、やっべ!ホンギに笑われてる。」と照れ笑いをして誤魔化した。


彼は少しの疑いもなく笑ってる。

一つ重ねるたびに上達する私の嘘にも気付かずに…。


「ねぇ、ホンギくんとの共同生活は上手くいってる?

ご飯はちゃんと食べてる?お部屋のお掃除…なんて、する暇もないよね。

どんなになってんのか怖いなぁ(笑)」


「大丈夫大丈夫、掃除しなくたって死なないから(笑)

あ、でもゆき姉が戻って来るまでには綺麗にしとくよ。」


「じゃあ…そろそろ綺麗にしといて 。」


「…え?うそっ!こっちに来れんのっ!?いつ?お母さんはいいの?」


また母さんのこと心配してる。

お願いだから、これ以上私に嘘の上書きをさせないで…。


「あ、あのねっ、報告があるの。私…世界デビューが決まっちゃった!

今日、二つの会社と契約してきた。」


「え…っ?ほんとに…決めたの?

あのブランドのイメージキャラクターと、『YUKIMI&』の世界デビュー…ってこと?」


電話の向こうから健人の声がスッと消える。

自分の思う通りにすればいいよ…とは言っても、やはり思いは複雑なのだろう。

しばしの沈黙がそれを充分に伝えてきた。


あなたは隠し事の出来ない正直な人ね。こんな嘘つきな私と違って…。

なんだか私…自分が嫌いになり そうだよ…。


「健人くん、聞いて。ここからが重要!

早速ブランドのポスター撮りとCM撮影があるんだけど…撮影地がね…。

ニューヨークなんだよっ♪」


「ま、マジ…で?うそっ…やった!それっていつ?いつ撮影すんのっ?」


一転して健人のはしゃぎようが可愛かった。

さっきまでの複雑な気持ちは、雪見が帰って来るという喜びでどこかへ飛んだらしい。

良かった…。


「撮影は一週間後だよ。驚きでしょ?迷ってる暇もなかったの。

で、そっちでレコーディングの打ち合わせとかもあるから、あさっての

最終便でこっちを発つからねっ。」


「あさってぇ!?マジかー!!

ホンギ、ヤバイヤバイ!ゆき姉が帰って来るって!世界デビューが決まったって!

お前 、今日バイト行ってる場合じゃないわ。大掃除しなきゃ(笑)」


『うっそぉ!ほんとの話!?スゲーッ!!おめでとう、ユキミー!!

みんなぁ!ユキミが世界デビューするんだってー!バンザーイ!!

って俺、またボロアパートに戻るのね。グスン(笑)』


電話の向こうでクラスメートとホンギが「おめでとう!」と大騒ぎしてる。

「ありがとう!」と答える健人の声が嬉しそうだったので、ホッと肩の力が抜けた。


私…あなたに恥じない仕事をするね。今、強くそう思ったよ。

自信がないって尻込みするんじゃなく、精一杯の努力をして自信に変えればいいんだ、って。

いつか胸を張って堂々と「斉藤健人の妻です!」と名乗れるように…。


さぁ、お土産をいっぱい買って、愛 しい人の元へ帰る準備をしよう。




雑多な人種でごった返すJFケネディ空港到着ロビー。

13時間以上にも及ぶ拘束から解き放たれた人々が、大きな荷物と共に

一斉に出口から吐き出されると、小柄な雪見はすぐ人混みに紛れて見えなくなった。

だが…。


「ゆきねーっ!」


えっ…?誰か私の名前を呼んだ?今の声…。


「ゆき姉っ!こっちこっち!」


声の方向に振り向くと、人波の向こうに嬉しそうに大きく手を振る人が見えた。

会いたくて会いたくて仕方なかった人、健人だった。


今はまだ稽古中の時間。空港になんているはずもないのに…。

あまりにも不意を付かれて、彼の姿が涙でぼやける。

笑顔で近づいてくる彼を見て、今まで堪えてたものがなし崩 し的に崩壊しそう。

でもダメ!絶対に怪しまれてしまう。泣いちゃ…ダメ。


「どうしてここにいるの?今はまだ稽古中のはず…なのに…。」


顔は上手に笑えてるはずだった。

だけど頬を勝手に涙が滑り落ちた。本人に何の許可もなく。


「ビックリした?って、泣くことないだろ(笑)」


「だってぇ…。」


「お帰り。会いたかったよ。」


そう言って抱き締められた温もりは、きっと一生忘れることはないだろう。

彼の優しさは宇宙一。

彼にかなう人なんて、この世には存在しない。

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