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歩き出してしまった世界

「では、改めて契約内容の確認をさせて頂きます。

契約期間は一年間。

当社のイメージキャラクターモデルとして今後CM、ポスター、雑誌、

コレクションショー、イベント等、当社の規定に従って活動して頂きます。

基本すべての撮影は、イギリス本社かアメリカ支社スタジオでの撮影となりますが、

今回はアジア圏販促強化の為の起用でもあるので、日本での撮影も行われる予定です。

それと、当社との契約期間中は現状を維持して頂きます。

体重の増減やヘアスタイルの勝手な変更等は、契約違反になりますのでご注意を。

あとの細かな契約内容については、こちらを読んで再度ご確認下さい。」


「あっ、あのっ!カメラマンは…カメラマンは本当に続けていいんですよね っ?

それとアーティストも…。このあと世界デビューしちゃうみたいなんですけど…。」


「勿論大丈夫です。ご安心下さい。

当ブランドの一貫したコンセプトは『輝ける女性』

キャラクターモデルは歴代、各方面で活躍し注目を集める職業人を起用致しております。

アジア圏からは初めての起用ですので、どうぞ胸を張ってお仕事をお続け下さい。」


流暢な日本語を操るブロンドヘアの綺麗な女性は、一通りの説明を終えると

細いフレームのメガネをスッと外し、緊張しきった雪見に向かってニッコリと微笑む。

だが雪見は緊張が解けるどころか、その笑顔の意味するところを理解し

益々緊張が高まってしまった。


それって、カメラマンとしてもアーティストとしてもガンガン売 って

もっと有名になれ、ってことでしょ?

だって歴代のモデルを見たら、その年に注目を集めた人ばかりだもん。

世界で大ベストセラーになった新人作家さんとか、才色兼備で新進気鋭の

ジャズピアニストとか…。

私なんて、ただの猫カメラマンなのに…。

注目を集めたって言っても大統領の前で歌った歌が、ちょっと話題になったくらいで…。


果たして自分なんかが、そうそうたる歴代モデルに名を連ねて良いものかどうか。

小野寺と今野に連れられ、のこのことここまでついて来てしまったが、

本当に大丈夫か?自分…という不安で一杯。

なのに両隣りの小野寺と今野は、上機嫌で契約成立の握手をブロンド美人と交わし合った。


「では一年間、雪見をよろしくお願いします !

良かったな!雪見。今日からお前は、あの英国王室御用達ブランドの顔になったんだぞ!

うちの事務所始まって以来の快挙だ!おめでとう!」


小野寺に満面の笑みで握手されても、当の本人のテンションは一向に上がらず、

ただ溜め息をつくばかり。

あまりにもトントン拍子に事が運び過ぎ、自分のこととして捉えきれずにいる。

その上、まだ健人には決めたことを伝えそびれていた。


「はぁぁ…。ほんとに…やるんですね、私…。」


「当ったり前だ!やるんだよ!お前の人生が変わった瞬間だ。もっと喜べ!

さぁ、俺もこうしちゃいられん。常務、お願いがあります!

こいつのマネージャー、俺にやらせてもらえませんか?」


「お、俺に!?って…。お前はもう管理職 だぞ?マネジメント部長だぞ?」


目を見開いて驚く小野寺に対し今野は実に冷静に、すでに考えは固まってるという表情で

小野寺を見た。


「せっかく常務に推して頂いたのに申し訳ないです。

でも管理職なんて仕事は、俺じゃなくても出来るんです。

だけど、こいつのマネジメントは俺にしか出来ない。

俺じゃなきゃ、こいつの良いとこを伸ばしてやれないんです。お願いします!」


突然繰り広げられたやり取りを、雪見はボーっと眺めてた。

今野さんが小野寺常務に頭を下げてる…。

私のために、頭を下げてる…。

思いもしなかった言葉に、胸がジュワッと熱くなった。


私も今野さんが一緒に居てくれたら心強い。

健人くんと私を、誰よりも近くで見守って応援してく れてた今野さんなら、

きっと私達を繋ぎ留めていてくれるはず…。

でも…私からはお願い出来ない。

せっかくの出世コースだろうに、私ごときのマネジメントで大切な人生を

棒に振って欲しくない…。


「今野さん!お気持ちは嬉しいですが…。えっ?」


スッと立ち上がった雪見の腕を、両隣の今野と小野寺が同時に引っぱる。

よろけながらも再びソファーに腰を下ろすと、向かいのブロンド美人が

一連のドタバタ劇に目を丸くしてこっちを見てたので、愛想笑いをして取り繕った。

ところが…。


「やっぱりなぁ…。やっぱり似てるよ、お前と俺。」

小野寺がニヤリと笑いながら身を乗り出し、雪見を飛び越して今野を見る。


「えっ?」


「俺も何度現場に戻りたいと 思ったことか。でも結局は行動に移せずじまいだった…。

お前みたいに心を揺さぶられるアーティストに出会ってたら、違う人生だったかもな。」


知られざる告白の少し寂しげな笑顔に、雪見も今野も胸が詰まった。

若くして出世コースに乗った大企業の有能な管理職にも、多くの葛藤の末に

今があるのだろうな、と…。


「常務…。俺が常務の代わりに、こいつを引き受けます。

まぁ、心を揺さぶられるアーティストって言うのとは、またちょっと違うんですけどね。

放っておけないと言うか、危なっかしくて目が離せないと言うか…。

健人との調整も、俺がした方が上手くいく気がするんです。

二人とも、この先忙しくなるのは目に見えてますから。」


「そうだな…。お前がそ れで構わないのなら、俺からも頼む。

雪見を、うちの事務所の顔に育ててやってくれ!」


深く頭を垂れた小野寺に、今野も雪見も慌てた。


「じょっ、常務!無理ですって!どーして私が事務所の顔に!?

私、そんなつもりでこの仕事、受けた訳じゃありませんっ!」


「じゃ、どんなつもりだ?」


「それは…。」


そんなおおごとに捉えられても困るのだ。

だってモデルもアーティストも、長く続けようなんてこれっぽっちも思っちゃいない。

健人との仲を脅かすローラに対抗するための、慌てて手に取る武器に過ぎないのだから。

でもそんなこと、口が裂けても言えやしない。


「いいか?健人はこれから世界を視野に入れて活動することが決まってる。

お前の立場が 揺るがないためにも、一つでも上に登っといた方がいい。

ブラピとアンジーの関係には、揺るぎがないだろ?」


「ブ、ブラピとアンジー!?」

「ブ、ブラピとアンジー!?」


いきなり小野寺の口から飛び出した、ハリウッドの大スターカップルの名前にビックリ!

雪見も今野も同時に小野寺の顔を見た。


「ワッハッハ!常務!健人がブラピはわかりますけど、雪見のどこがアンジーですか?

彼女の色気の、百分の一も持ち合わせちゃいないでしょ!そりゃアンジーに失礼だ。」


「失礼なのは今野さんですっ!」


「あ、あの…まだお話が続くようでしたら、コーヒーでもお持ちしましょうか?」


契約も済ませたのに帰ろうとせず、いつまでも繰り広げられる三人の茶番劇に 、

少し…いや相当呆れ顔のブロンド美人が微笑んだ。


だがこの事務所が思いやりに溢れた、円満な優良企業であることは充分に理解出来る。

きっと良いパートナーシップで仕事が出来そうだ。



冷や汗に湿った手で再び固い握手を交わし合い、そそくさと外に出た三人に

心地よい涼風が『お疲れ様♪』と優しく頬を撫でて通り過ぎた。


さぁ…健人くんにちゃんと伝えなきゃ…。





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