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溢れる想い

「ねぇ。健人くんは…赤ちゃん欲しい?」


「えっ…?」


「…って、やだ、ゴメン!私、なに言ってんだろ!あははっ!

今のは忘れて。少し酔ってるから。」


自分の口からいきなり飛び出た言葉に、自分自身が一番慌てた。

つき通さなければならない嘘から遠ざけるためにしても、なんてことを口にしたのか。

それは健人に対してタブーとしてきた領域。

たとえ年齢的に自分のタイムリミットが迫ってたとしても、相手は12歳も若い

今をときめく人気俳優。


子持ちの斉藤健人なんて…きっとファンが離れちゃうよね。

私は健人くんさえいれば充分だと思ってるよ。あなたが輝いていてくれればそれでいい。

お母さんになれなくたって…平気だから…。


改めて自 分の意志を確認してみた。

そう。それでいいんだ。

私には、斉藤健人が斉藤健人らしくあることがすべて…。


「ごめんねっ!健人くんはこれから稽古に向かうのに、私は酔っぱらってまーす!

あのね、雅彦夫婦にも赤ちゃんが出来たの!それで三人で祝杯上げたんだ。」


「うそっ!?」


「当麻くんといい雅彦といい、おめでた続きだったから、つい嬉しくなって飲み過ぎたかも。

朝から不謹慎でスミマセーン!」


酔ってるフリして笑って誤魔化した。

だが彼は、酔っぱらいの戯言とは思ってはくれなかった。

どんな時でも、どんな言葉でも、誰の発言でも彼は真剣にその言葉と向き合う。

真面目に。真摯に。誠心誠意。

ゆえに全ての言葉を、全力でキャッチしてしまうの を知っているのに…。


「…欲しいよ、赤ちゃん。

俺とゆき姉の子供だもん、めっちゃ可愛いに決まってるし(笑)

自分が父親になる姿なんて想像できないけど、でもいつかは欲しい。」


いつかは…という正直な言葉に少しホッとした。

ゆき姉の年を考えたら早くに!とか言い出さなくて良かった。


そう、いつかでいい。

今はそんなこと考えなくていい。

たとえその「いつか」がやって来た時にタイムオーバーだったとしても、

私は健人くんのそばにいれるだけで幸せだから…。


「どーか、健人くん似でありますように(笑)

って、朝っぱらから長電話してる場合じゃないよ!早く準備しないと遅刻しちゃう。」


「やっべ!もうこんな時間!ホンギに怒られる(笑)

じゃ、また電話するね。お母さんとまぁちゃんによろしく!行ってきます。」


健人の柔らかで優しい声が、いつまでもいつまでも耳に残ってる。

お母さんとまぁちゃんによろしく、か…。


私達はずっとこの先も…一緒にいられるのだろうか。

すべての嘘が明かされた日の、先の未来も…。




「お疲れ様です!今野部長はいらっしゃいますか?」


「わ、雪見さん♪お帰りなさい!」

突然の訪問者に、事務所の受付嬢は驚きつつも喜んだ。


「今野部長でしたら、まだデスクにいらっしゃいますよ。

あ、この前のホワイトハウス、凄かったですねぇ!みんなで見ました。

雪見さん、ハリウッド女優に一つも負けてなかった。

それにアメリカ大統領を前にして、あんなに堂々 とアカペラで歌っちゃうんだから、

世界が大騒ぎして当然ですっ!」


鼻高々!というふうに胸を張ってる彼女に雪見は恐縮した。


「ごめんねぇ!事務所のみんなに迷惑かけたんでしょ?

これ、お土産。良かったらみんなで食べてね。

じゃ、部長が帰らないうちに挨拶して来ます。」


デスクがたくさん並ぶ大きなフロアを今野を目指して進んで行くと、

その途中であちこちから声が掛かった。


「おっ雪見ちゃん!やっと日本に凱旋してくれたか!

もう健人にかまってる場合じゃないよ(笑)

もしかしたら雪見ちゃんの方が忙しくなるかも。」


「この前の大騒動を、ムービーに撮っときゃ良かったなぁー!

事務所の電話があんなに鳴り続けたのって、俺初めて見た。」


「雪見さん!もちろん仕事受けますよねっ?

あのブランドのアジア人初モデルがうちの事務所から出るなんて、

私、友達にいっぱい自慢しちゃう♪」


「『YUKIMI&』が世界デビューとなったら当分は奥さん業も休業だろうけど、

健人は健人で忙しいから…まっ、いいよね?(笑)」


最初はニコニコと聞いてたはずだが、一つ二つと現実を背負い出すと笑えなくなり

足にブレーキが掛かった。


ローラに対する武器…なんて考えは甘かった。

ダメだ、もっとよく考えてからにしよう…。


くるりと回れ右をし、退散しようとした時だった。


「おーい!どこ行くんだ?俺のデスクはここだぞ。」

残念なことに、足はすでに今野付近まで到達していたのだ。


「あ…いや、日 にちを間違えました!会議は明日ですよね。

私ってまだ時差ボケしてるんだなぁ、きっと(笑)

てことで、今日のところは帰りまーす!お疲れ様でしたぁ!」


「嘘つけ。決めたから来たんだろ?」


「えっ…?」


今野に小芝居は通用しなかった。

ニコリともせず、雪見の瞳を射抜くような眼差しで身動きを封じた。


「お前が突然現れる時、中途半端な思いでここに来たことがあるか?

いつもイノシシみたいに、真っ直ぐ突進してきただろ。

足がこっちへ向かった瞬間、もう気持ちは固まってんだよ。

お前のしてきた決断に今まで間違いはない。そうだろ?」


間違いは…ない?今野さんはそう思ってくれてるんだ。

じゃあ今回も…私の背中を押してくれますか?


「健 人くんの…。健人くんにとってのプラスになれますか? 

私、彼の…何かの力になれます…か…?」


泣くつもりはひとつもなかった。

なのに瞳から転がり落ちた涙がポトンと床に落ちた瞬間、幾千もの健人を想う気持ちが

パンドラの箱を開けたごとく、うわっと飛び出し涙が止まらなくなった。


「お、おいっ!なんで泣くんだよっ!今、泣く場面だったか?

俺が泣かせたみたいだろ?一体どうしちゃったんだよ。」




涙の理由はぼんやりと知っている。

この決断がプラスにもなりマイナスにもなることを、自分で薄々感づいているのだ。


無限大の愛は、己の身を燃やして燃え尽きたとしても永遠に消えることはない。








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