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悲しい嘘の始まり始まり

木箱に入った母を自宅に連れ帰り、夕方から三人プラス五匹の猫たちで弔いの宴を開いた。

雅彦夫婦が買い出しに出かけ、母の好きだった鍋の材料を買い込んで来たので

雪見とひろ実が手際よく準備し、みんなで席に着く。


「食べよっか。今夜は母さんのお通夜だよ。

おじいちゃんの故郷の道南の街じゃ、遺骨にしてからお葬式を上げるんだって。」


「えっ?そんな風習の土地もあるんだ。

じゃあ、お義母さんのお通夜が今日でもいいんだね。良かった…。」


ひろ実はホッとした顔をした。

普通の手順を踏まない義母の葬送に、少しでも理由付けが欲しいのだろう。

ごめんね。心苦しい思いさせるよね…。


「あ、でも…今日は母さんのお通夜って言うより、二人の お祝いだな。

きっと母さんなら『私のお通夜なんかより、ひろ実ちゃんと雅彦をお祝いしてやって。』

って言うに決まってる。

今頃父さんと母さんも、天国で初孫に乾杯してるよ。

そーだ、二人にワインを供えてあげよう。」


居間続きの和室の仏壇に、取り分けた寄せ鍋と冷えた白ワインを二人分供える。

線香を上げ手を合わせてから立ち上がると、傍らのタンスの上に目が行った。

母が一度も見ることのなかった雪見、健人、母の三人で写した写真だ。


母が最初で最後、見に来た『YUKIMI&』のライブ。

その楽屋で、元高校写真部だった当麻に撮してもらった記念写真。

アングルも表情も良く、プロとして当麻を大いに褒めたベストショットだったが

母はこの写真を一度も目に することなく逝ってしまった。


退院して家に戻った時に喜ばせようと思ったのにな。

そんなサプライズしないで、早く病院に持って行けば良かった…。

この母さん、めちゃめちゃ可愛い顔して笑ってる。

健人くんのこと、自慢の息子が出来た♪って、飛び切りの笑顔で…。


後悔と共に涙が滲んだ。

考えれば考えるほど後悔なんていくらでも思いついて、思い出せば思い出すほど

母に会いたくなった。

会って後悔を一つ残らず解消したい…。


そう思った時だった。

以前母に言われた言葉がポッと頭に蘇った。


『後悔の多い人生に実りは少ないよ。

だって振り向いて立ち止まってばかりいたら、人生なんてあっという間に過ぎて行くもの。

終わってしまったことをクヨク ヨ考えて、何の得があるの?

それよりも、後悔を振り切って進み続けなさい。

同じ場所で足踏みしてるより、ずっと色んなものを手に入れられるから…。』


大学を出て、取りあえず入った会社で悩んでた時に母が言った言葉…。

この言葉に背中を押され、私はカメラマンへの道に人生の進路を変えた。


そう…後悔なんて何の役にも立たない。

だから前に進まなきゃ…。




飲んで食べて笑って、弟夫婦を祝福しつつ母の思い出話をするという、おかしな通夜。

だがきっと母は、これで満足してくれた事だろう。

私達三人も腹を割って語り合い、やっとスッキリ心が収まった。

最後に納骨の事や猫の世話など今後のことも確認し合って夜7時、宴はお開きに。


「ひろ実ちゃ んも雅彦も疲れたでしょ?

今夜は二人でのんびりしなさい。私はマンションに戻るから。

明日の朝、また来るよ。そしたら二人は神戸に帰っていいからね。」


洗った茶碗を片付けながら雪見が言うと、雅彦はすんなりそれに同意した。


「うん。じゃあ、そうさせてもらう。さすがにこれ以上は休めないや。

引っ越しの準備もしなきゃならないし、会社も引き継ぎ業務があるから。

姉貴の方こそ、用事が済んだらとっとと健ちゃんとこ戻れよ。

母さんが自分で望んだことだ。この家に一人ぼっちにされたって文句は言わないさ(笑)」


「そうだね。きっと私がいつまでもここに居たら、母さんが追い出しに来るかもね(笑)

あ、私がニューヨークに戻った後の猫の世話は、忘れずに友 達に頼んでおくから。

いつも私が撮影旅行中に猫を頼んでる親友だから、合い鍵渡すけど心配しないで。

口が堅い人だし、私の良き理解者なの。

…って今何時?7時半?やばっ!向こうは朝6時半だ!健人くんを起こす時間!

悪いっ!じゃあ帰るね。あとはよろしくっ!」


バタバタと玄関を出て行った姉を、弟は「相変わらずだなぁ。」と笑って見送った。

だが、本当に大変なのはこの先だよな…と、姉の平安を祈らずにはいられない。


健ちゃん…。頼むから姉貴の嘘を許してやってくれよ…。



雪見はタクシーを拾って乗り込みながら、急いで健人に電話した。が…。


「あれぇ?お話中だ。珍しいな、こんな朝っぱらから。誰と話してるんだろ…。

まぁ、寝坊しないで起き てるんだから、いいんだけど…。」


って、まさか…ローラ?


「あのぅ、お客さん、どちらまで?」


運転手の声も耳に入らぬほど動悸がしてきた。

健人を信じてる。だけど…。


あーヤダヤダヤダ!

健人くんを疑うのも嫌だし、そんなこと思う自分もイヤっ!

健人くんが悪いんじゃない。自信が持てない自分が悪い。

何者にも心を乱されない、揺るぎない自信を手に入れなくちゃ…。


自分の中で答えが定まった。

そうと決まれば早く事務所へ行って伝えたい。

小野寺常務は出張中だけど、今野さんは今の時間、まだ事務所にいるだろう。

「すみません、桜丘町までお願いします!」


と、その時、健人からの電話が鳴った。


「もしもし、ゆき姉っ?ヤバイよ!ビ ッグニュース、ビッグニュース!

なんと、みずきに赤ちゃん出来たって!当麻が親父になるんだってぇー!!」


いきなり耳に飛び込んできた健人のハイテンションな声に、一瞬言葉が詰まる。

安堵と同時に可笑しさがこみ上げ、思わずクスクスと笑ってしまった。


「ちょっ!なーに笑ってんだよっ!」


「ごめんごめん!健人くんが予想外にテンション高かったから(笑)

あ、おはよ!当麻くんが起こしてくれたのね。良かった♪」


「良かった♪って…それだけっ?何その薄いリアクション。

ふつーはもっと大騒ぎする場面でしょ?

あ、もしかして…もう知ってたのかよっ!みずきから聞いてたんだー!

なんで俺には教えてくんないのさ!

怖いわぁ!他にも聞かされてないこ とがありそうで(笑)」


心臓が止まるかと思った。

笑ってるから気付いてる訳ではないとわかっていても、血の気が引いた。

だが動揺してる場合ではない。雪見、落ち着けっ!


「あ、ごめーん!だってみずきが、健人には当麻が電話すると思うから

って言うから、先に言っちゃ悪いと思って。

ほら、私から先に聞いてたら、絶対リアクションがつまんないじゃない。

当麻くんは健人くんの驚く声を楽しみに電話してきたわけだし、

健人くんだって親友から直接聞いた方が思いっきり嬉しかったでしょ?」


「まぁ…ね。

じゃあさ、お祝いは何あげよっか?男か女かって、いつわかるもんなの?

あ、優や翔平とも話し合わなきゃ。

てか、あいつらから何にも言ってこないとこみ ると、まだ知らないんだな。

うひゃー!言いたい言いたい!」


電話の向こうで健人がはしゃいでる。

その声が明るければ明るいほど、恐怖がつのる。

あなたが私の嘘を知った瞬間、訪れる闇の恐怖に…。



つくのもつかれるのも嫌いな嘘を、まだ私はついている。

一番ついちゃいけない私が、嘘をついてる…。










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