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喜びの涙 哀しみの涙

「健人くん…安心してくれた。でも…最初凄く心配そうな声出して…。

あんなに心配してくれてるのに…私…嘘ついた……。」


言ったそばから後悔してた。

いくら母の最期の頼みとはいえ、健人を思ってのこととはいえ、取り返しのつかない

大嘘をついてしまった…。


後から聞かされた健人はきっとこう言うだろう。

ついて良い嘘と悪い嘘があるよね…と。


「いいのよ、これで。健人くんが稽古に集中できればそれでいいの。

母さんのことなんかで邪魔したくない。

話す時が来たら、母さんの手紙を見せなさい。雪見は何も悪くないから。

あなたも早く用事を済ませて、健人くんの元へお帰り。

あ、その前に…ちゃんと武器を手に入れてから、ね。」


「えっ…? 」


「あなたたち夫婦が世界で活躍する日を、父さんと一緒に楽しみにしてるわ。

身体に気をつけて頑張りなさい…。」


優しく微笑んだみずきがスッと繋いだ右手を離す。

別れ際の握手のように、最後にギュッと力を込めてから…。


「母…さん?母さんっ!行かないで!まだいっぱい話したいことがあるの!

母さんっ!!…私を…一人にしないで……。」


みずきの右手にすがって泣きながら、これが本当の別れなのだと実感した。

愛する父さんも母さんも、もうこの世にはいない…。


いくら泣いても、母は二度とそこへは戻って来てはくれなかった。

みずきが一緒に涙しながら撫でてくれてる背中が、温かくて母のぬくもりのようで。


ありがとう…。もう少しだけ…泣かせてね。



「お母さん…ゆき姉が帰って来るまで頑張れなかったのを、申し訳なく思ってたよ。

でも『健人くんに電話してくれたから安心した。』って…。」


みずきは雪見の背中をトントンしながら、穏やかな声で言って聞かす。


「母親の愛情ってさ、なかなか複雑で…。

自分が子供でいるうちは、理解しがたい事もあるよね。

私もずーっと、わからないことだらけだったなー。

赤ちゃんの時から我が子同然に、今の母さんに育ててもらったのに、

私ったら『血が繋がってないからわからないわよ!』なんて、酷いことも言ったりして…。

でもこれからは子を思う母さんの気持ち…やっと少しはわかってあげられるかな。」


「……えっ?」


ハッと泣き止み顔を上げると、みずきが濡れたままの頬をうっすら染めて

ニッコリと微笑んだ。


「えへへ。私ね…お母さんになるの。」


「うそっ!ホントにっ?赤ちゃんが出来たの!?

みずきがお母さん?当麻くんがお父さんになるなんて!

やったー!おめでとう、みずき!おめでとう!!嬉しい!嬉しい…。」


雪見はみずきに抱きついて、またもや泣いた。

自分のことのように嬉しくて、母への悲しみが一瞬で吹き飛んだ。


「ありがとう。もぅ、やだな。なんでゆき姉がそんなに泣くのよ(笑)

ほらほら、泣きやんで。そろそろ帰らないと弟さんたち心配してるよ。

あ、このことはまだ公表しないからナイショにしといてね。

健人には…きっと当麻が黙ってられなくて電話しちゃうだろうけど(笑 )」


「うん、わかった。私の母さんのことも…ね。」


「わかってるよ。当麻にも言わないから。お互い秘密を握り合おう(笑)

隠し通すの辛いだろうけど…きっと健人もわかってくれるよ。だから頑張って。」


「ありがとう…。みんなを騙すのは心が痛むけど…母さんとの最後の約束、

こうなったら守り通してみせるよ。」


「その意気!お母さんが安心していられるよう、そうしてあげて。

あ、それから…。ローラになんか負けちゃダメよ。

手に入れられるアイテムは全部持ってた方がいい。わかった?」


「あ…!う、うん…。」


みずきはやっぱり何でもお見通しだ。

誰にも相談できない事も、みずきにだけは隠さず話せる。

それを知ってるだけで、なんて心が落ち着くのだろう。

でも…。

私は健人くんの安らぎに…なれてるだろうか…。




「すっかり遅くなってごめんなさい!

この子たちが本当にお世話になりました。ありがとうございます。

私、必ず恩返しさせてもらいます。大好きなこのお店のためにも…。」


店入り口の受付カウンター前で、五つのキャリーバックに入れた猫と共に

待っててくれた支配人は、泣きはらした目の雪見とみずきを見てもそれには触れず、

穏やかに微笑んだ。


「いいえ、雪見さまが撮して下さったパネル写真のお陰で、随分と猫たちが

新しい飼い主様の元へ嫁がれました。

無料の写真集も大変評判が良く、大口の寄付をして下さるお客様も大勢いらっしゃいます。

こちらこそ、窮地を救って下さった雪見さまに心より感謝申し上げます。」


深々と頭を下げた支配人に恐縮した雪見だったが、自分が少しでも店の役に立てたのなら

こんなに嬉しいことはないと、笑みがこぼれた。


「良かった…。元気が出ました。ありがとうございます。

今度はもっと時間をかけて写真を撮らせて下さい。

私に出来るのは、そんなことぐらいしかないけど…。」


「ゆき姉は次に会う時、今よりもっと有名なカメラマンになってるわ。

そしたらきっと今以上にお客様がいらっしゃって、お店も賑わいを取り戻すはず。

…って、えっと私の予想よ、予想!

ゆき姉ならきっとやってくれるだろうって言う、期待を込めてね。あはは!」


みずきの不思議な能力を何も知らない支配人が『え?』とい う顔をしたので

大慌てで取り繕ったみずき。

それが可笑しくて雪見がクスクス笑ったら、みずきも嬉しそうにニッコリ笑った。


「もう大丈夫ね。元通りのゆき姉になった。

私、しばらくはこの店にいるから、またいつでもお喋りしに来て。

お仕事…頑張ってね。」


「うん…ありがと。当麻くんにもよろしくね。健人くんも頑張ってるよって伝えて。

じゃ、また。」


雪見は、タクシーまで猫を台車で運んでくれた支配人に礼を言い、タクシーに乗り込んだ。

さぁ、母さんが待ってるお家に帰ろ。




「こんな時間まで、どこ行ってたんだよ!」


午前三時。案の定、雅彦に叱られた。

ひろ実も疲れ切った顔で玄関先まで出迎える。


「ごめんね!母さんは帰ってる? 」

5匹の猫を放してやりながら思わず口走った言葉に、雅彦が「はぁ?」と小首を傾げた。


「あ…いや…母さんを寝かせてくれてありがとう。

ひろ実ちゃんも疲れたでしょ?このまま私がお線香の番してるから、もう二人は寝て。」


「姉貴…。本当に誰にも知らさないで母さんを葬るのか?それでいいのか?」


「母さんの火葬は明日のお昼だっけ…。

私…今日札幌に飛んで、おじいちゃんとおばあちゃんを連れてくる!」


突然の思いつきだったが、そうしないと一生後悔する気がした。

もう高齢で出歩くこともままならない祖父母だったが、私が迎えに行けば

きっと一緒に来てくれるはず。

だが…。


「おじいちゃんとおばあちゃんは…来ないと思います。」


「 えっ?」ずっと口をつぐんだままだったひろ実がやっと口をきいた。


「お義母さん…札幌にも手紙を書いてました。

自分の状況と、葬儀は上げないから来なくていいという事を…。

そして、おじいちゃんから届いた返事が…これです。」


ひろ実は一枚の葉書を差し出した。

そこに書かれた薄墨の文字に、涙がポタポタ落ちて滲んでしまう。

おじいちゃん、おばあちゃん、ごめんね…。


 

  娘でいてくれてありがとう。

  

   どうせすぐにあの世で会えるよ。


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