思わぬ再会
健人くん、お疲れ様!
まだ稽古中だよね。
私は無事空港に着きました。
少し早く出過ぎた。
今、ラウンジでお茶するとこ。
しばらく離れ離れになるけど、
いつも健人くんを想ってるよ。
二ヶ月後素敵なロミオに会える
のを楽しみにしています。
だから私のために頑張ってね。
愛してます。てへ♪
by YUKIMI
「キャッ!愛してます、とか文字にすると照れるなぁー。
そうだ、ひろ実ちゃんにもメール入れとかないと。
日本時間は今何時だ?えっと…朝の5時か。まだ寝てるかな?」
おはよー♪
朝っぱらからゴメンね。
突然ですが、予定より早く
これから日本へ帰りまーす♪
NY18:05発、全日空最終便。
成田到着はそっちの今夜9時。
夜遅くなっちゃうけど、成田に
着いたら真っ直ぐ母さんの病院
に直行するよ。
ぐーぐー寝てるだろうが早く顔
見たいから。
私の留守中お世話になりました。
ありがとね!
良いお嫁さんで母さんも幸せだ。
ひろ実ちゃんちにもお土産買った
から今度母さんのお見舞いに来て
くれた時にでも渡すね。
あ、それから私たち結婚したよ♪
雅彦にも
相変わらず絵文字も使わず、長々と義妹のひろ実にメールしてる最中だった。
無言で店員がトンと置いたコーヒーにビックリし、思わず送信ボタンを押してしまった。
「あーっ!途中だったのに送っちゃったぁ!ま、いっか。わかってくれるよね?
母さんには…メールしないでおこ。帰ってくるな!って怒るに決まってるもん。」
空港のラウンジでコーヒーにミルクを入れながら、雪見は誰も聞いてないと思い
ぶつぶつ独り言を言っている。
と、その時だった。今度は誰かに突然肩を叩かれ、またしても飛び上がらんばかりに驚いた。
後ろを振り向くと、なんと!
「学っ!!な、なんでここにいるのっ!?
まさか…また後を付けてきたんじゃないでしょうねっ!」
「ひどい言われようだな、俺も(笑)出張だよ、出張!日本で学会があんの!
雪見こそ、どうしたの?一人?あいつは?」
モデル顔負けに着こなしたスーツ姿で、嬉しそうに雪見の向かいに腰を下ろした学は、
店員に軽く手を挙げコーヒーを注文する。
「ちょっとぉ!ここに座らないでよ!あっち行って!!
あんたと一緒に居ると目立つじゃない!写真でも撮られたら、どーしてくれんの?」
「席が空いてないんだから仕方ないだろっ!お前の大声の方が目立つよ。静かにしてろ。
あ…この前はサンキュ♪雪見のお陰で、ホワイトハウスで恥かかずに済んだわ。」
「それはどーいたしまして。私はあんたが流した動画のお陰で事務所から呼び出し食らって、
これから一人で帰るとこですっ!」
「あれ?バレてた(笑)」
「バレてたじゃないわよ!何て事してくれたのよっ!
お陰でどんな騒ぎになったか知ってんの?」
「シィーッ!だから声がデカイっつーの!
お前ね、帽子被って顔隠してるつもりかもしれんが、頭隠して尻隠さずだよ。」
「学こそ有名人なんだから、もっと変装とかしなさいよ!
もーう!絶対あんたと居ると、ろくな事にならないっ。
私があっち行くから、どうぞごゆっくり!」
雪見は厄介な騒ぎにならないうちに離れなければと、ガタッと席を立つ。
が、その手を学がガシッと掴んだ。
「待てよっ!いいから座れ。」
「なっ、なによっ。」
いきなり手を掴まれて、雪見は思わずドキッとした。
思い出してはいけないシーンが蘇える。
二度目のプロポーズを断った時のこと。あのキスのこと…。
「お前、ロジャーヒューテックと知り合いなのか?」
「えっ…?」
突然学の口から出てきたロジャーの名前に驚いた。
でも、そう言えば今朝…。
「学こそ…ロジャーと知り合いなの?
あなたが私との関係を、ロジャーに話したの?」
まさかたった今、今朝の疑問を解消出来る場面が訪れようとは思いもしなかった。
連れ去られるようにして消えた健人の後ろ姿が鮮明に浮かび上がり、
ドキドキと鼓動が激しくなる。
「前に…ロジャーの番組のゲストに呼ばれて、二回ほど飲みに行ったことがある。
その後ロジャーの自宅にも招待されて、散々飲まされて…多分お前との話を…したと思う。」
「うそ…。ロジャーの…自宅?」
「そう言うお前こそ、ロジャーとどこで知り合った?
昨日の夜中に突然電話が掛かってきて、ホワイトハウス前で一緒にインタビュー受けてたのは、
もしかして前に話してた元カノかって聞かれたから、そうだと返事したんだ。
そしたら…よりを戻す気はないのかと言われた。」
「えっ?なんでそんな事を…。で…なんて答えたの?」
「彼女は…もう結婚したから無理だと答えた。間違ってないだろ?」
なんなの?一体何が目的?
真意のわからないロジャーの質問に悪寒が走った。
でもただ一つ直感でわかるのは、今ここに学と一緒に居てはいけないということ。
「ごめん、学。やっぱ、ここ出るわ。お会計して行くから学はゆっくりしてって。
それから…。この先は私に近づかない方がお互いのためよ。
早く彼女を見つけなさい。じゃあねっ。」
「待てって!雪見っ!!」
風のように目の前から立ち去った雪見に、学は話しそびれたことがあった。
ロジャーが溺愛してやまない娘ローラに、以前求婚されたことがあることを…。
「はぁぁ…やっと着いたぁ…。さすがに14時間の長旅は疲れるわ。
もういいや。お金かかるけど病院までタクシーに乗っちゃお。
…って、こんなに並んでる。また順番待ちか…。」
空港を出て、タクシーを待つ列の最後尾に仕方なく並ぼうとしたその時だった。
スッと一台の黒いワゴン車が雪見の前に止まり窓が開いた。
「よっ!お帰りっ。」
車の中からニコニコと声を掛けたのは、事務所のマネジメント部長に昇格した今野だった。
「今野さんっ!?どーしたんですか?こんな所に。」
「大事な大事なお姫様をお迎えに上がったんだよ。決まってんだろ(笑)
いいから早く乗れっ!こんなとこに停車してたら怒られるわ。」
「は、はいっ!」
雪見が大慌てで荷物を押し込み懐かしい車に乗り込むと、今野は改めて
「お帰り。」と優しい笑顔で雪見を迎え、車を静かに発進させた。
「真っ直ぐお袋さんの病院へ向かうんだろ?送ってくよ。」
「えっ?どうしてわかったんですか?」
「健人から連絡が入ったよ。ゆき姉をよろしく頼みます、って。
すげぇ心配してたよ、お前のこと…。
仕事もお前の望むようにしてやって欲しい、って。
俺のことは気にしなくていいから、お母さんの看病をしっかりするように
って、あいつからの伝言だ。
あいつ、結婚しても『ゆき姉』って呼んでんだな。しょーがない奴だ(笑)」
「いいんですっ!」
雪見は泣きそうになってやっとそれだけを言うと、何も見えない夜の車窓に目をやった。
健人の優しさがジワジワと効いてくる。
会いたい…。今すぐ会いたい…。
会って抱きついて、大好きをいっぱい伝えたい。
渦巻く幾多の不安や恐怖から、健人がひととき解放してくれ た。
心の中で健人を抱き締めた雪見は、いつしかスヤスヤと寝息を立て出す。
これから立ち向かうであろう現実から心を無意識に遮断し、逃避行させるように…。