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簡単には取れない蜘蛛の糸

「おいおい、そんなに緊張しなくてもいいよ。同業者じゃないか(笑)

まぁ遠慮せずに飲みなさい。酒は嫌いじゃないだろ?」


「は、はいっ。じゃ…頂きます。」


雲の上の存在であるハリウッドの大スターに恐れ多くも同業者と呼ばれ、

堅くならぬ若造がどこにいる。

仕事について聞いてみたいこと話したいことが山ほどあるのに、

あまりの緊張でスムーズに言葉が出て来ない。

こんな時、ゆき姉が一緒に居てくれたら…。


ゆき姉に話したらビックリするよね、この状況。

まさかローラのお父さんが、あのロジャーだなんて。

ついこの前、二人で映画を観に行ったばっかだもん。

ゆき姉にも会わせてあげたかったな…。


とにかくここに頼りになる雪見はいない。自分でどうにか会話せねば。

まずは少し飲んでこの緊張を和らげようと、ぺこりと頭を下げてから

いかにも高級そうな深紅のワインをゴクッゴクッと二口飲んだ。


が、年代物のワインは濃厚すぎて、何か料理やつまみと合わせなければ

そう飲めるもんじゃない。


「これ…頂いてもいいですか?」


健人は、テーブルの上のオードブルがとても美味しそうだったので

「頂きます!」と、まずはスモークサーモンのマリネに手を伸ばした。


「うまっ♪♪」

マリネを食べてワインを飲むと更に両方の味が引き立ち、思わず顔がほころぶ。


「君は実に美味しそうに物を食べる人だね。見ていてとても気持ちがいいよ。

こっちのスパニッシュオムレツも食べてみてくれ。私の自信作だ !」


「えっ!ロジャーさんが作ったんですか!?もしかして…この料理全部?」


ワインのお陰で気持ちが少しほぐれ、つい意外だという顔して聞くと、

ロジャーは大きな声で笑って健人に質問した。


「アッハッハ!どう見てもキッチンに立つようには見えないだろ?

ところが料理は私にとって一番の息抜きなんだよ。仕事の頭を休ませてくれる。

今日は時間が無かったから簡単な物しか作れなかったが、私の作るビーフシチューは

プロ並みに美味いと自負してるよ(笑)近々君にもご馳走しよう。

そう言う君の方こそ料理はしないのかい?」


「あ…僕はまったく料理はしないです。奥さんが料理の天才だから。」


「奥さんっ!?君は結婚してるのか!」


「はい(笑)まだ籍は入れてませんが、実は昨日式を挙げたばかりで…。」


健人は少し滑らかになってきた会話にホッとして、照れ笑いしながら

ロジャー自慢のスパニッシュオムレツを頬張り「めっちゃ美味いです!」

と、嬉々としてまたワインを飲んだ。


娘が会わせたがってた相手だから、てっきり未婚の彼氏だとばかり思い込んでたロジャーは

『おい、聞いてないぞ。』という顔でローラを見る。

しかし彼女は『それがどうしたの?』という表情で父親を見返した。


「まぁ…な。うちの家訓に、未婚じゃなきゃいけないっておきてはないし…。

そもそも、俺がそんなこと言える立場でもないからなぁ…。」


「…?」


健人は『家訓』とか『おきて』というような単語をまだ知らなくて 、

ロジャーが今言ったことをよく理解出来なかった。

だが、彼の話し方がざっくばらんに砕けてきたのが嬉しかったので、

『話の内容は理解出来なくても取りあえずは笑顔』という、よく日本人がやらかす

間違った態度を取ってしまった。


その笑顔に俄然機嫌が良くなったローラ。

今まであえて口を開かず、黙って父と健人の成り行きを見守ってたが、

父の許しとも取れる言葉とそれを否定しない健人に喜び、急に饒舌に語り出した。


「パパっ!ケントはね、日本ですっごーく人気があって高く評価されてる俳優さんなのよ。

そんな人と一緒にお芝居が出来るなんて素敵でしょ?

私、世界一可愛いジュリエットになってロミオに愛してもらうから、

パパも本番を楽しみにしててねっ♪」


ローラはニコニコしながら隣りに座る健人の腕にしがみつく。

豊かな胸がグイッと腕に食い込むが、それは意図的なのか偶然なのか。

だが、大俳優の前でその娘をぞんざいに扱うことも出来ず、健人はやんわりと

「あの料理も美味そうだから皿に取ってくれる?」とローラに頼んで腕から逃れた。


それから話し込むこと二時間あまり。

ロジャーは酒が進むほどに自分の経験談や役者論を、身振り手振りを交え

ユーモアたっぷりにわかりやすく話してくれた。

それを健人は目を輝かせ身を乗り出して楽しそうに聞き、更に色々な質問を投げかけてくる。

この仕事が好きで好きでたまらなく、もっと上手くなりたい、もっと上を目指したい、と。

そんな健人をロジャーが気に入るのは当然だった。


「君は実にいい青年だ!いや、青年なんて言い方は失礼だな。

きっと君は頭のいい役者だろう。現場でもみんなに好かれるはずだ。

この私が君を好きになるくらいなのだから。

いつか必ずハリウッドを目指しなさい。君と共演出来る日を今から楽しみにしてるよ。」


「ほんとですかっ!?ありがとうございます!」


たとえそれが社交辞令だとしても嬉しかった。早く稽古がしたくてウズウズしてる。

何だか凄いロミオを演じられる気がして、明日が来るのが待ち遠しい。


あ…!でも明日…ゆき姉が帰っちゃうんだった…。

それなのに俺、こんなとこで何してんだろ…。

ゆき姉んとこに帰らなきゃ!


急に夢から覚めたように健人は、家で一人、荷造りしてるであろう雪見を思い出し

ガタッと席を立つ。


「あの…今日はこの辺で失礼します。とても美味しい料理とお酒、ご馳走様でした。

お話もたくさん聞けて嬉しかったです。」


突然帰ると言いだした健人を、ローラは慌てて引き留める。


「まだいいじゃない!同じアパートに住んでるんだから。

もっとケントの話が聞きたい!ケントをいっぱい知りたいの。私達究極の愛を演じるのよ?

早くお互いを理解し合って、本物の恋人同士に見えるくらいにならなくちゃ。

ねっ、いいでしょ?もう少し。」


「そうだよ、ゆっくりして行きなさい。」


「ありがとうございます。でも家で奥さんが待ってるから今日は帰ります。

明日帰国しちゃうんで。」


「えっ!結婚したばかりなのに帰国、って…。ケンカでもしたのかい?」

ロジャーが驚いた顔して健人を見たが、健人は笑ってる。


「違いますよ。僕たち喧嘩なんてしません。凄く仲いいんです。

でも今回はどうしても一旦帰国しないといけない事情があって…。

僕は彼女のいない人生なんて考えられない。

離れていても絶対彼女以外目に入らないだろうなってくらい…愛してます。」


健人はロジャーの目を見てキッパリ言い切った。

隣りで痛いほどの熱い視線を浴びせ続けるローラにも言い聞かせるように。


彼女の表情がどれほど歪んだか、あるいは無表情だったかは

視線を合わせなかったのでわからないが、これだけ伝えたらわかってもらえるだろう。


「…そうか。それは早く帰った方がいい。大事な時間を潰させて悪かったな。

今日は楽しかったよ。今度は是非奥さんも連れて遊びにおいで。

あ…二ヶ月間だけ、娘の相手をよろしく頼む。」


「わかりました。必ず二人で良い舞台を作り上げてみせます。

期待して待ってて下さい。」


健人はロジャーと固く握手を交わし、ローラに「じゃ、また明日。」と

微笑んで玄関を出て行った。


「きっと…お前に勝ち目はないよ。今回は諦めるんだな。」


健人の後ろ姿を見送ったロジャーは、慰めるようにローラの肩を優しくポンと叩き

リビングに戻って後片づけを始める。

だが、そんな父の言葉を娘は鼻で笑った。


あんたにそんなこと言われる筋合いはないよ…と。


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